tori


20


天音は巻き付いてくる龍に一瞬だけ驚き、狼狽えたが指で十字を切り、口を動かした。
淡々とした言葉の数々、耳に響くそれは異国のものなのだろうと容易に想像する事が出来、まるで自分のそれとは違う呪文に、スイレンの瞳が動揺から揺れ動く。
次の瞬間、パリンと音を立て、龍が粉々に消え去ったのだった。

「っ…!!!?」

それに驚いたのはスイレンである。
かなりの魔力があり、この国では自分に適う者など居ないくらい、魔法は完璧な筈だった。
それをいとも簡単に解いたのだから、驚かずにはいられないだろう。

(そんな…馬鹿な…)

見た所によると姫乃がこちらに来た時と同じような服を着ている事に気づく。
あまりに突然だったから冷静さに欠けたが、彼は刺客でも敵でもないのかもしれない。
いや、違う。
そう思いたいだけなのだ。
もし、仮に天音が刺客であるなら、スイレン達に勝ち目などない。
姫乃を守りながら戦うなんて出来る筈もないし、
例えひとりであっても分が悪かった。
色々な事を頭で考え、いかにこの場を切り抜けるかで必死だったスイレンを冷静な目で天音は見ている。

(まるであの物語と一緒なんだな…)

ふーっと大きな溜息をついて、天音はゆっくりと警戒態勢を解く。

「この古書は作り物じゃなかった訳か…」

背中に背負ったリュックの中にある、昔祖母から貰った分厚くて古い本。
そちらへ視線を向けた。

「……古書?」

スイレンが何を言っているんだと天音を見つめた。


よく読むようにと言い聞かされ、大切な場所にとの事で鍵つきの勉強机の中にしまっていた。
かなり古い物らしく、色は変色し黄色み帯び、外側は所々破れている。
勉強が好きな天音にとって、この本を読む事はとても楽しく、夢中になって辞書を引きながら読んだのは今でも記憶に新しい。


今朝方、何年かぶりに覚の夢を見た。
当時の記憶のまま酷く懐かしく、そして同時に愛しさに溢れたのだ。
それでも現実は残酷で。
目が覚めるとやはり彼の姿はどこにもなく、愕然としたのは何度目だろうか。
何年待てば覚に会えるのか、絶望と失意の中をずっとぐるぐると彷徨う日々。
こんな事なら、出会わなければ良かった。
そう思っていれば、机の中が突然光り輝く。
そこにあるのは祖母から渡された古書だった。
眩い光を放ち、黄色く輝いているではないか。
何年も触れてないそれを手にした瞬間、何とも言えない感覚に陥ったのは気のせいではないと思う。
その証拠に中身を確認してページを適当に捲っていたら、挟んだ記憶のないしおり。
不思議に思いそこを開けば、どうやら読み残しがあったようだった。
だが、おかしい。
確かにかなり昔ではあるが、天音は全て読破した筈だった。
それだけは覚えている。
それなのに読んだ記憶がないページが追加されていたのだ。
まるでそこから読めと教えるようにしおりと言う目印をつけまで。
全て覚えてるなんて事はないが、こんな展開あっただろうかと首を傾げるレベルだ。
再び読み始めている内にわかった事は、物語がまだ先へと続いていると言う事。
あれで全て完結したと思っていたが、まだ続きがあったのだ。


(この本の世界にとてもよく似ている…。着ている服もだけど登場人物の特徴も全て…)

今朝読んだから話の内容が鮮明に頭に浮かんでくる。
まだ追加分、そう言って良いのかわからないが、続きを少ししか読めてないが、きっと異世界へ来たであろう2人の少年少女のうちのひとりが彼なのだと確信めいたものがあった。
密かにひとり納得する天音。

(なら、このばにいないもうひとりがこの物語でキーパーソンになる男と言う訳か…)

「…お前は、何者なんだ…?」

目の前にいる青年がとても恐ろしかった。
スイレンは目の前で起きた事が信じられず、すぐに受け入れられない。
自惚れでも過信でもないが魔力には相当な自信があり、どんな相手でも負ける気はなかった。
竜也の妊娠検査をしてから膨大な魔力が体に送り込まれる感覚があり、より強くなった事でナイトとしての誇りなんかも生まれていったのも事実。
珠里達と戦った時に感じたのは以前よりも更に力が強くなり、制御可能だと言う事。
姫乃が治癒の神子なら、竜也は魔力、いや、能力の神子なのだろう。
そう勝手に捉えていた。
だから衝撃的だったのだ。
自分の魔法が簡単に解かれ、何事もなかったかのように平然とした3人目の異国民の姿に。

(神子は2人だけじゃなかった…?)


2025.10.11

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