22
天音が言った瞬間、姫乃の雰囲気が変わった。
どう変わったのかと言えば、握り潰されていた頭の痛みに暴れていたのがぴたりとやみ、代わりに目の瞳孔を開き、天音を見上げているではないか。
その凄まじいオーラといったら、先程までのふざけた様子は一切感じられず、視線ひとつで殺人をおかしそうな程に殺気だっていたのだった。
「…………あ?」
天音の手首を掴み、思い切り引き離したのだ。
あれだけ姫乃が暴れても離れなかった手が一瞬にして空を描いたかと思えば、手首に感じる握り潰す勢いの激痛にみまわれた。
(副会長の雰囲気が変わった…?)
未だに掴まれたままの手首。
ぎりっと骨が軋み、天音の顔が痛みに歪む。
(……こんな顔、初めてだ…)
姫乃の何も映さない瞳にゾッとする。
同じ生徒会役員として共に過ごした中で、ここまで感情を欠落させた事があっただろうか。
(この人も怒ったりするのか。それにしても何に対して怒ってるのか、全くわからないな…)
腕を動かそうとしてもびくともしない。
それ所か更に指が食い込んでくるではないか。
「もう1回、言ってみろよ」
いつもの陽気で単細胞な顔は成りを潜め、舌打ちしながら天音を睨みつける。
その瞳はゾッとする程に冷たかった。
まるで闇、そのものだ。
スイレンは背中に冷汗が流れ、恐る恐る天音へと視線を向けた。
「……あぁ、納得しました。あなたが怒ってるの理由は覚くんか。へぇ…覚くん?なら言わせてもらいます。岸部覚は俺の大切な…」
その続きを伝えようとしたが姫乃の感情のない声により言葉を遮られる。
「おい、クソガキ。……気安く名前呼んでんじゃねぇよ。……てめぇ、ワシの覚に何の用だ?何もかも知ってるみたいな空気出しやがって、気持ち悪い…」
美人な上に目を鋭く細める姿は貫禄があり、本当にあの姫乃と同一人物かと疑わずにはいられなかった。
よくスイレンは姫乃と喧嘩をしたが、こんな姿を見るのは初めてで戸惑いしかない。
姫乃は覚をいたく気に入っているのを知ってるだけに、これはもしかして想像絶する程に危険な三角関係なのではないかと生唾を飲み込んだのだった。
「……副会長、雰囲気変わりましたね。それともそっちが地でしたか?」
ふっと笑い、挑発するような笑みを浮かべる天音を姫乃は睨みつける。
その瞳はどす黒く、据わっているではないか。
ほんの少ししか姫乃と共に過ごしてないが、ここまで敵意をあらわにするのは非常に珍しい。
どんな事があってものらりくらりとかわし、相手の戦意を喪失させる程のキングオブ馬鹿だ。
それくらい姫乃と言う人間は人に諦めさせ、懐に入るのが上手い。
気づいたら姫乃のペースに巻き込まれ、抵抗したり、拒絶するのが馬鹿らしく思える程だ。
そんな人間がここまで敵意をあらわにし、攻撃するなんてあり得なかった。
からかったり、遊んだり、適当な言葉を言って相手を混乱させたりする事はあっても。
敵と認識する脳がある事に驚きが隠せなかった。
「……お前、覚の何だ?」
瞳孔を開いたまま、体からおびただしい程の殺気が放たれる。
びりりっと空気が凍てつき、息するのが精一杯だった。
それをスイレンは息を飲んで見る事しか出来なかったのだ。
「人の言葉を遮ったあなたに言う必要ありますか?」
馬鹿にしたように笑い、天音は首を横に傾け言葉を続けようとする。
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、とっとと言えよ」
虫唾が走ると言わんばかりに眉間にしわを寄せ、真顔のまま見上げた。
かつてここまで本能を剥き出しにし、殺気すら隠さずに自分にはむかって来た人はいたのだろうか。
いや、いない。
いつも顔の表情を上げ、にこりと微笑めば大抵の事はクリア出来た。
だが、今の姫乃にはそれが全く通用しない事を天音は悟る。
「仕方ないですね。今回だけは特別ですよ。俺と覚くんは切っても切れない…深い所で繋がってるんですよ。副会長が手も足も出せないくらいの絆でね…」
「……あ??」
低くドスの効いた声で姫乃は青筋を立てて、天音を睨みつける。
互いに戦いのゴングが鳴った瞬間であった。
2025.10.18
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