恐怖
「やぁやぁやぁ!待っていたよ!環くん、優勝おめでとう!!」
両手広げて盛大に抱きついて来たのは、この会社の社長である百瀬だった。
相変わらず熱烈だなと思いながら、好きなようにさせる環。
もう慣れたものだ。
「やっと環くんと会社で会えた!私は嬉しいぞ!!」
百瀬はとても美人なのに、男勝りの話し方と言うか、独特な性格をしていた。
黙ってればモテるだろうに、口を開けば残念。
「百瀬くん、再会はとても嬉しいだろうけど、僕にも彼を紹介してくれないかな?」
物腰の柔らかい低い声が聞こえ、この場にいるのが社長だけでない事に気づく。
「…あぁっ、すまない!そうだった、甲斐と会わせるのが目的だった」
廻された腕の力が弱まり、環は百瀬の体から距離をとった。
「環くん、こちらは我が社と専属契約しているs-netの社長兼プロデューサーの甲斐涼介だ。今日は取材しに来たらしくてな、急な呼び出し申し訳なかったな」
そう言われて視線を向ければ、優しそうで紳士的な涼介と目が合う。
「初めまして、環くん。s-netで君の特集を組みたくて、少しばかりつきあってくれないかな?」
ふふっと優しい微笑みを浮かべ、口元に手を宛て、首を少しだけ傾ける。
見た目は格好良いのに、何故かその仕草が中性的に感じてしまう。
「悪い大人だから、くれぐれもスキを与えるんじゃないぞ?気をつけないと、ぱくっと食べられてしまうからな!」
そう言って百瀬がソファーに腰掛けようとすれば、秘書のひとりが慌てて部屋へ入って来た。
「社長!!大変です!!」
そう血相を変えて秘書は百瀬に耳打ちすれば、先程までの笑みが消え、恐ろしい形相へと変化する。
「どう言う事だ!?すぐ行く!!」
環に涼介には気をつけるよう再度言いきかせ、物凄い勢いで去ってしまった。
「慌ただしいね。百瀬くんはどれだけ僕を信頼してないんだろうね…」
困った顔をする涼介を見て、とてもじゃないが百瀬の言うような要注意人物には見えなかった。
「環くん、君の歌はとても良かったよ」
涼介は環にソファーへ座るよう促す。
「っ…!ありがとうございます」
優しく褒められて、あまりにも嬉しく、環の頬が赤く染まる。
それをとても眩しそうに涼介は見つめた。
まるで自分にはもう失われてないものを見るかのように。
「うん…本当に良いね」
小さく呟き、環の隣にゆっくりと腰掛ける。
ふわっと香る香水の匂い。
環は少しだけどきっと胸が鼓動するのを感じた。
「…?」
何でどきっとしたのかわからず、首を傾げた。
そして改めて涼介へと視線を向けると、想像してた以上に近い距離。
大人の余裕な笑みに、自分とは創りが全く違うんだなと痛感するのだった。
だが、何故敢えてそこに座ったのか疑問である。
向かいに空いてるソファーがあると言うのに。
環のソファーは2人掛け用で、向かいのソファーは3人掛けと広々しており、そちらに座った方が絶対伸び伸び出来る筈だ。
涼介の身長も高いし、ゆったり出来る筈なのにと疑問符が浮かぶ。
「取材なんて口実で、環くんの事をとても気に入ってしまったんだ。良かったら、僕と仲良くしてくれるかな?」
互いの肩が触れ合う程の距離で見つめられ、環は微かに戸惑う。
近くで見てわかった。
この人は優しく微笑んでいるのに、何故か瞳の奥が笑ってないのだ。
まるで能面のような顔に、先程までの自分を悔やむ。
これのどこが優しそうなんだと。
一気に恐怖が押し寄せて来て、何か得体の知れない者を相手にしてるかのように思えてならなかったのだった。
2025.02.03
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