tori


記者会見


用務員の色生に連れて来られた先は、彼専用の部屋だった。
環達の住む本館から歩いて五分程の距離にひっそりと佇む平屋。
木々に覆われていて、案内されなければ見落としてしまう程だ。
そこに入るとひとり暮らしにしては快適な空間が広がっていた。

「俺はまだ仕事の途中だから、戻るな。この部屋、好きに使ってくれ。多分誰も来ないし、安全だから」

そう言われて今に至る。
環は精液や唾液だらけになって気持ち悪い体をシャワーで洗い流していた。
あれだけムラムラしていた気持ちはいつの間にか治まり、色生の人柄に癒やされたのだろう。
本当に不思議な人だ。
自分が言うのもあれだが、一見平凡に見える彼だけど、よく見れば見目麗しい程に整っていた。
男前に見える容姿だが、連れて来られた際に触れた体の線は想像よりも遥かに細くて驚いたのは記憶に新しい。
顔を見れば綺麗な肌をしており、目元はすっとし、中性的にも見える美人系だ。
カーキ色の作業着用つなぎを着て、頭に白いタオルを巻いていたから、ガサツで男前なイメージをもってしまっていたが、色生は相当な美貌の持ち主だろう事が伺える。

「良かった…最初に見つけてくれたのが中川さんで…」

ふうっと湯船に浸かり、暖かな温度に酔いしれる。
ぐるりと辺りを見渡せば全体的にひのきを使用しており、和そのものでとても贅沢な造りだ。

(中川さん、どれくらい仕事するんだろ。帰って来るまで俺がいたら、さすがにびっくりするかな…)

色生の事を考え、少しだけ胸が温かくなった。
あんな姿を見られたのに、何故か落ち着いていられる。
もっと動揺するかと思っていたが、色生の雰囲気なのだろうか。
自分の事のように心配し、だけど過保護にならない過度に引いてくれる。
環が言葉にするまで待っていてくれ、初対面とは思えないくらいの優しい瞳で見てくるから、胸がどきどきして弾んでしまった。
彼に対するこの感情が何なのか全くわからないが、もっと一緒にいたい。
この人と離れたくない。
そんな思いにかられたのだ。
色生の事を考えるだけで、また胸が暖かくなって、幸せな気分になる。
身も心も暖まった所で、湯船から出て脱衣所へ向かう。
すると予め用意してくれていたのだろう。
環が着るパジャマとバスタオル、そして新品であろうパッケージに入っているボクサーパンツが置いてあった。
出て行く前に置いて行ってくれたのだ。
何と言う気遣いだろうか。
バスタオルで顔を拭けば色生と同じ香りがした。
石鹸の匂いなのだろう、環の心が更に癒やされていく。

「好き、だな…」

自然と出た言葉。
とても無意識だった為、環は気づいてない。
ioriを初めて見た時のように瞳に熱が籠もっている事に。

「って、……ええ!?何でパジャマのズボンないの!?」

パジャマの上はあるものの、どうやら下に履くであろうズボンがなかった。
とりあえずボクサーパンツを履いてからパジャマの上を着てみる。
きっとこれだけなのだとしたら、ロングタイプに違いない。
そう願いを込めたが、見事裏切られる。
申し訳程度にしか太腿を隠しておらず、前屈みになったり、お辞儀をすれば下着が見えてしまうのだ。
まぁ、自分は男だから別に良いのかもしれないが、こんな露出した寝間着ってどうなのよと少しだけ色生の神経を心配するのだった。
春だし、そこまで寒くはないにしろ、自分で言うのもあれだが、何だかやけに生々しい。
足元がスースーしてしまい、全国の女子高校生達は偉いなと思ってしまう。
考えても仕方ない、そのうち慣れるだろうとスルーし、リビングへと向えばテレビがついていた。
髪の毛をバスタオルで拭きながら、近くのソファーに腰掛ける。
そしてチャンネルは有料配信サービスs-netだったのだ。
緊急記者会見なのだろう。
白いテーブルにひとりの男性が座っていた。
何気なく見ていた環が思わず手を止める。
何故ならば、そこに映っていたのは自分がこの世界を目指すきっかけとなった人物がいたからだ。

『この度は私事ですが皆様にお集まりして頂き、ありがとうございます。誠に勝手ながら、私、ioriは本日をもって、芸能界を引退します。長年支えて下さったファンの皆様、そして会社の方々には感謝しかございません。短い間ではありますが、とても素敵な人生でした。突然の事と思われますが、社会人として新たな一歩を踏み、一般常識や専門知識を学ばさせて頂き、第二の人生をひとりの人間として歩みたいと思います。自分なりにこの世界でするべき事は全て成し遂げたと思い、兼ねてからの夢でした社長の下で働かせて頂きます』

深々とお辞儀をし、ioriの記者会見は終了した。
記者達の質問には答えず、颯爽と笑みを浮かべて去って行く。
あまりのスピーディさにその場にいる者達の動揺が画面越しからも伝わって来る。

「………、嘘…でしょ…?ioriが引退…?」

環の目から涙が溢れ、ioriが去った後も映し出される映像を見つめていた。
いつかioriと共演する事を夢見て、ここまで来たのに。
それがもう叶わないなんて、そんな事があるのだろうか。
もう二度とioriには会えないのだ。
そう思うと足元から地面ががらがらと崩れていくような感覚に陥った。

「中川さん…」

早く帰って来て欲しい。
少年のような優しい笑顔を思い浮かべ、環はそっと目を閉じたのだった。


緊急引退記者会見。


2025.03.12

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