tori


天才ピアニスト


昂輝と別れ、海向が教室へ着けば半数以上の人間が既に来ていた。
予め記憶していた席に向かおうとするととても強い視線を感じ、そちらへ目を向ける。
ばちりと互いの瞳が合えば、高い位置から睨みつけられたのだった。
昨日自分達に絡んで来た環の同室者である中国人の姿に、海向も顔を上げて睨みつける。

(初めからガンつけよって…)

猫目の鋭い視線は族グループのそれとは全く異なり、人種の違いなのだろうか。
本当に殺意のこもったものである。
日本人ならば威圧的な睨みになるが、そうではなく命の危険を感じる程に危ういものだった。
だからだろう。
周りの生徒達が彼に怯え、目を合わせる事もせず、半径2m程の距離を空けると言う異様な光景が広がっていた。
背筋をぴんと伸ばし、姿勢が正しい所を見ると良い所のお坊ちゃんなのかもしれない。
同じ制服を着ているにも関わらず、全ての着こなしがお手本のように美しい。
海向もアイロンをかけ直したりしているが、こちらを睨みつけている青年はワイシャツから、ネクタイ、更には胸ポケットに入れられたハンカチすら綺麗に折り畳まれ、靴下にすらアイロンをかけているのだろう。
しわが一切みられないのだ。
サラサラのボブウルフヘアはワックスでさらに綺麗にまとめ、唇はリップを塗っており、爪先はキラリと光り輝き、お手入れが行き届いているのが伺える。
海向も完璧主義者だが、その上を行く完璧主義者なのだろうと予想したのだ。

「見んなや」

喧嘩慣れしてる海向からしたら、殺意が籠ろうがなんだろうが関係ない。

『……やはりお前か。こんなオカマに俺が劣るだと?この国も大した事ないのか…?』

水面のように静かに話す中国語、何を言っているのか全くわからいがその音ですら良い所の出だとわかる雰囲気を放っていた。
だが、直感で理解する。
馬鹿にされた事だけは言語が通じなくても空気や紡がれた音の重さでわかった。

「せやから、日本語で話せ言うとるやろが、この中国人が!」

チッと海向が舌打ちすれば、更に青年の目が鋭くなった。

『お前らなんぞ、俺の足元にも及ばないんだよ。身分を弁えろ。糞野郎共が…』

フンと鼻で笑い、興が冷めたのか教室を出て行ったのだった。
急に喧嘩売ってきたかと思えば、勝手に自己完結し、消えてく姿に海向のイライラが募る。
青年が見えなくなるまで睨みつけ、自分の席へ向かった。

「…君、大丈夫だった?」

心配そうに声をかけてくるのは、気弱そうな小柄な少年だった。

「おん」

海向が少し驚いた顔で返事すれば、周りのクラスメイト達が一斉に2人の元に駆け寄って来た。

「お前凄いな!よくあんなヤベェ奴と渡りあるけたな!!」

尊敬の眼差しを向ける短髪少年。

「マジ殺されるかと思ったぜ!急に入って来たかと思えば、中国語話すんだもんな。全然わからねぇけど、物騒な事を言ってんのだけはわかったからさ…」
「そうそう、俺なんかちびったもん」
「うわ、汚ねぇ!!」

次々と話しかけられ、海向はその都度相手を確認し、静かに傾聴する。

「あれだよね、何か噂になってなかった?わん財閥のお坊ちゃんが合格したって…」

気弱そうな少年が伝えると、短髪少年がすかさず驚く。

「マジかよ!!王って言ったら、中国で知らない人はいないくらいの大金持ちだよな!?何でそのお坊ちゃんがここに!?」
「確か、裏でヤバい奴らと繋がってるとか聞いた事あるよな!?あの気迫、素人じゃねぇって!!」

(俺の睨みに怯まない人間…初めて見たわ…。マフィアでもいるのか?バックに…)

一人の生徒がスマホで何か調べ始めた。

「うわっ…マジで、王財閥の跡取り息子だぜ!!」

そう言ってスマホの画面を見せて来る。
そこには先程の青年がピアノを演奏している画像が記事にあがっていた。

「王…せ、青蘭せいらん?」

天才ピアニストと特集されており、この学園来た目的を理解する。

「え、オーディションにいたか…?こんな天才を語るくらいなら、演奏してた記憶あっても良いはずなのに…」

その一言に海向も同感だった。
全く記憶にないのだ。
天才と言われるくらいなら、上位にいても良いはずなのに。
名前はおろか、姿さえも見なかったのはどう言う事なのだろうか。
全部を集中して見てたかと聞かれればノーだろう。
あれだけの人数のオーディションだ。
相当時間がかかったし、スマホをいじってた時間もあった。

「何でわざわざ日本まで来たんだろ…。こんな凄い人が…」

周りで憶測が飛び交う中、海向は環を思う。
あのほんわかし、ぽやぽやした友人は大丈夫なのだろうか。
青蘭と同室でこれからやっていけるのだろうかと、心配するのだった。


2025.04.10

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