起きない
結局、環は未だに誤解したまま、後ろにいる律を自分と同じ佐野だと思い込んでいる様子であった。
知之と話してる最中にもちらちらと気にしており、きっと話しかけたいのだろうなと言うのが伝わって来る。
あのマイペースさは独特であり、仲良くなるにしても環にとって面倒臭い事になるのは確実なのだが、それを知之の口から伝えて良いものか迷う。
そして、遠くの方から物凄く視線を感じていた。
ずっと気づかないふりをしてきたが、さすがに見過ごせないレベルの強さである。
環を見れば気づいていないのだろう。
ぽやぽやした顔で油断しきった笑顔を向けているではないか。
本当にオーディション優勝した人間と同一人物なのか疑いたくなるような平凡ぶりに、あれは夢だったんじゃないかと思って仕方ない。
どこをどう見ても普通なのだ。
もっととっつきにくい性格であったり、無口だったり、クールなイメージをあの瞬間もったのに、こんなへにゃへにゃして、穏やかな性格だとは思わなかった。
そして何より鈍いし、スルースキルが斜め上なのだ。
知之は先程から感じていた強い視線の方向へと振り返った。
すると真っ直ぐこちらを食い入るように見ている黒髪ショートヘアでがっちりした筋肉質な少年と目が合ってしまう。
まさか知之が振り返るなんて思ってもなかったのか、物凄く驚いた顔をしているではないか。
互いに目線を合わせ、数秒程固まった。
そして、筋肉質な少年が慌てて目線を逸らし、知之はほっと胸を撫で下ろす。
睨まれていた訳でも、喧嘩売られていた訳でもなかったので、とりあえず一先ず安心だろう。
知之が再び環へと向き直るとすぐさま視線を感じるのだった。
(うわ…、本当何なんだよ…。何でまたこっち見てんだよ…)
知之が呆れつつ、若干疲れていると環も後ろに何かあるのかと不思議そうに見つめる。
「あのさ、佐野。あそこでこっちをじーっと見てる奴いるじゃん?知り合いだっりする?」
知之の言葉に最初は誰の事を言っているのかわからなかった環だったが、物凄くこちらを凝視している少年とばちりと目が合い、この人の事かと納得する。
ぼんっと効果音が付くほどに顔を真っ赤にした筋肉質の少年が口をぱくぱく動かし、明らかに動揺していた。
環は初めて見る顔に、首をふるふると振り否定する。
「多分、知り合いじゃないと思うけど…何で?」
真っ赤になっている少年が恥ずかしそうに環をちらちらと見ては、目が合えば下を伏く。
誰か他の人間を見ているのかなと思えば、後ろの律はマイペースに寝ており、知之はこちらに向かって話しかけている。
周りに至っては席についてない者が多く、環の周りには人があまりいなかった。
不思議には思ったが、知之からの言葉に耳を傾ける。
「なぁ、知ってるか?学期ごとにセッションってのがあって、必ず誰かとグループ組まなきゃならないんだって。しかも成績にプラスされるから、良い結果を出せばデビューに近づけるらしいぜ!むしろ、それでデビューしちゃったりもありとか!」
「セッション?それって昔からある中間、期末テストみたいなものなのか?」
環は不思議そうに首を傾げた。
「そそ、ここでは初期、中間、期末って呼ばれてるらしくて、ioriが引退した事でうちの会社から大手新人デビューでイメージアップする〜とか、何とか?これもスマホで相手を決めるらしくて、互いに選んだ者同士で色々やってくらしくてさ、s-netの投票プラス俺ら生徒の票で順位決められるみたいでさ。上位に選ばれたグループは全国ネットだけじゃなく、デビューの資格まで貰える〜とかで、朝からみんな騒いでんぞ!本当かどうかわからないけどさ…」
その話を聞いて、先程の美男子もだが、あの少年もこちらに絡んだり、見たりしていたのかと納得する。
「もちろん、誰と組んでも良いらしいぜ!テーマがあって、それに沿った人選や選曲とか必要らしいけどな!けど、学期毎ってしんどいよなぁ…、1年に1回とかでも大変なのに…。俺みたいなギリギリ組には厳しい現実だせ…」
参ったと言わんばかりの知之に、環も同感だと頷くのだった。
「あのさっきの奴、悪目立ちしてたけど、大丈夫なんかねぇ…。有名とは言え、素人にあんな風に絡んでたら、嫌煙されちまうだろうに…」
あの美男子は何がしたかったのだろうかと知之が呆れた様子で語れば、担任が教室へやって来てた。
「あ…、起こさないと!」
そう言ってくるっと振り返り、律の肩をとんとんと叩く。
「さのくん、先生来たよ」
それに対し、知之が面白そうに噴き出した。
「ぶはっ…!?ちょ、まっ…!それ、違っ!!」
どうやらツボに入ったのだろう。
絶対、佐野ではない彼に対し、凄く必死に名前を呼び、起こそうとしてる環が面白くて堪らないのだ。
バンバンと机を叩いて、目に涙を溜めて爆笑していた。
「すー…」
起こしてと言った本人は、未だ爆睡である。
「え、ちょっと、本当、起きてってば!!」
慌てる環に対し、爆睡の律、そして爆笑する知之という謎のコントがしばらく続いたのは言うまでもない。
2025.04.10
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