ファーストキス
海向とじゃれ合うように抱き締めあっていれば、廊下から鋭い視線を感じた。
「佐野っ!!!」
びりりっと窓が揺れる程の大声に、その場にいる生徒達の耳がキーンと鳴った。
「え…?」
名前を急に呼ばれ、その声に心当たりがなく、不思議そうに海向から離れようとする。
「環、そのままや」
海向が背後を睨みつけるように、環の体を離さないとばかりに強く抱き締めた。
「貴様ぁぁ!!!佐野から離れろ!!」
大きな声に再び耳を塞ぎたくなる。
こんなはっきりとした通る声は誰なのかと振り向こうとするが、それを海向が許さない。
「見んでええ」
触れる手は優しく、環の後頭部を優しく撫でる。
さらさらとした黒髪が手を梳く度に、海向がうっとりした表情をしているのを環は知らない。
「そこの男、佐野に厭らしく触るな!!」
バタバタと走って来る音が聞こえ、周りの生徒達が何事だとざわめき始める。
昂輝と一葉もぽかんと口を開け、声の主を見ていた。
「かな…」
名前を呼ぼうとすれば、海向により唇を塞がれる。
ちゅっと触れるだけの口付け。
環は何が起こったのか理解出来なかった。
「貴様っ…!!!!?」
背後から迫り来る男の声が怒号へと変わる。
「海向っ…?」
互いの唇が離れると、海向が申し訳なさそうな顔をし、堪忍な、と謝る。
意味がわからない環が狼狽えていれば、顎をくいっと持たれ、壁際へと追いやられた。
とんと背中に壁らしき冷たい感触がしたかと思えば、目の前の海向がゆっくりと近付いて来る。
「やめろっ…!!!」
再び男の怒号が聞こえたかと思った瞬間、壁際に縫い付けられるようにキスされた。
「ん…」
何度も角度を変えて、触れるだけの口付け。
「かな…」
名前を呼ぼうとすれば、ぎらりとした雄の目を宿した海向の瞳とぶつかる。
綺麗な顔をしているのに、とても男前に見えるのは何でなんだろう。
ふにふにと想像よりも柔らかな感触。
リップの甘い匂いと味が口の中に入って来る。
とくりと胸が高鳴った。
(ん?味…?)
環がぽかんとしてれば、ぬるりと唇の隙間から舌が侵入しているではないか。
いつの間に、そう思った瞬間、互いの体が引き離される。
「っ…」
突然開放された唇と体。
環が少し息を荒げ、瞳を揺らしていれば、目の前の海向が自らの唇をぺろりと舐めた。
その色っぽい動きに、環の顔が真っ赤に染まる。
そして周りの生徒達も同時に赤くなっていった。
昂輝の顔が驚愕に染まり、頭の中は真っ白になっていく。
そして引き離された体を支えるような分厚い壁が背後にあり、手首を強く掴まれている事に気付いた。
それが壁などではなく人の体だと気付くのに、そう時間はかからなかったのだ。
「……?」
目の前に海向が居る事から、この手の持ち主が彼でない事を悟る。
一体誰なんだろうと視線を辿れば、環を食い入るように見つめる熱く強い瞳。
遥か上から覗かれており、互いの視線が交り合った。
恐ろしい程に目力のある瞳に、一瞬慄く。
環が目線を外せないでいれば、相手の男が映画のワンシーンのように瞳を揺らすのだった。
その一瞬の出来事がスローモーションのようになったかと思えば、ある筈のない赤い薔薇が舞ったような気がするのは何故なのだろうか。
まるで2人だけの世界のような雰囲気をたったひとりで作り、環含め周りが唖然としていたのだった。
2025.04.13
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