tori


ストーカー


「環、大丈夫か?」

優しく宥めるような声に、環は顔を合わせてこくんと頷く。
海向からのキスは環にとってファーストキスであり、同じ男にされた筈なのに嫌じゃなかったのだ。
海向が初めての友達だからだろうか。
触れ合った唇が気持ち良くて、頭がふわふわ蕩けるようで、まるで甘えるような視線を送ってしまうのだ。
自分でも不思議である。
ましてや人前でなんて普通だったら卒倒ものなのに、安心するのはどうしてなのだろうか。


「キス…してええか?」

その言葉に顔を真っ赤にして、こくんと頷く。
またふわふわした気持ちになり、海向がキラキラと光り輝いて見える。
自分はどうしてしまったのだろうか。
恋愛経験のない環は何を考えても答えは出なかった。
変わりといっては何だが、これはあくまで自分をたすける為の行為なんだろうと思い始める。
先程謝っていた事から察するに、これは海向なりのパフォーマンスなんだ。
何故か知らないが、礼貴が自分に対して変な感情を抱いている事はわかった。
あの視線の意味がようやくわかり、ぞくりと悪寒が走る。

「怖くないで…、俺がおるやろ」

環の唇にちゅっとキスをする。
海向の愛しそうに見つめる視線で、誰もが気づく。
本気で環に惚れているのだと。

「っ…んっ…」

環は頬を真っ赤に染め、ふるふると目を潤ませる様は平凡な成りを潜め、扇情的でとても色っぽい。
ごくりと誰ともなく唾を飲み込む音がし、2人のキスシーンが終わるまで見惚れていたのだった。

「佐野っ…佐野…!」

納得してない男がひとり、悔しそうに唇を噛み締め、忌々しいとばかりに海向を睨みつける。
その唇は自分のものだ、佐野は俺のものだ、そう言うかのように。

「ん…」

互いの唇が離れると銀の糸がつーっと2人の間を繋いで、ぷつりと途中で切れた。
まるで映画のワンシーンのような美しさに、誰もが言葉を失う。
礼貴以外は。

「佐野は渡さないっ!お前なんぞにその体を好きになどさせんっ…!触るなっ!そんな厭らしい目で見るな!!佐野に…き、きすなどするなんてっ…破廉恥だっ!!!!」

礼貴が何を言っているのかまるでわからない。
今日だってまともに話した事がないのに、何故こんなにも自分に執着するのか理解出来なかった。

「うーん…ヤンキーくん、彼はストーカーなのかなぁ〜?」

その一言に周りの人間もやっと理解する。
あいつはストーカーなのかと。
そう思えば、環の怯えようや海向の言葉が点と点で繋がる。

「…いや、俺もよくわかんねぇけど、すっげぇヤバい奴なんだろな…。環への心酔具合が半端ねぇわ…」

こほんと咳払いをし、礼貴が立ち上がる。
尻もちからの立ち上がりにより、身長の高さとがたいの良さに周りからどよめきが聞こえた。

「今日の所は引き下がろう。だが、そこの男女…お前に佐野は任せられん。佐野にいかがわしい事などして良い筈がない!次は俺が勝つ!!」

海向を睨みつける目力の強さと言ったら、凄まじいものである。
そして環を見つめる目は飴玉のように甘く、だが目の奥にギラギラとした獣が垣間見えた。

「環はものやないで…」

はぁっと心底呆れながらも愛しい存在を見つめる。
海向と声にならない音で名前を呼ばれ、その愛らしさにうっとりと微笑む。

「あのガチムチくんってさぁ〜、平凡くんを神聖なものみたいな言い方してるけど〜…自分が1番厭らしい目で見てたよねぇ〜」

同じ男だからわかる。
あれは心酔していると言うよりも狂愛じみた完全なる支配者の目だ。
環を我がものにしようと。
己の下に組み敷き、欲望のまま抱こうとしているのをひしひしと感じる。
あんな性欲魔の毒牙にかかったら、この細くて幼い体は上書きされてしまうだろう。
セックス好きに。
礼貴から感じるのは環への欲望のみ。
他の男など、人間など興味ない。
環にだけ欲情するのだ。
あぁ、本当に恐ろしい。
人の愛情が狂った時こそ、飢え、本能のままむしゃぶりつくのだろう。
一葉は何故だがわからないが、あのお日様のような笑顔のおじさんを思い浮かべた。
南と話した時に感じた安心感と包容力。
花達に囲まれて話す、あの空間に自然と目を細めた。

「会いたいなぁ〜」

無意識に出た言葉に昂輝は不思議そうに首を傾げ、一葉は目をぱちくりさせて驚いていたのだった。

(何が?誰に…?)


2025.04.14

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