tori


半端なくやべぇ奴


「こいつを凹るんは、後や。先に環を俺の部屋に連れて帰るわ…」

海向は今すぐ礼貴を殴り飛ばしたい気持ちを抑え、前回同様に環をお姫様抱っこする。
綺麗な顔からは想像出来ない程の力はどこから来るのだろうか。
海向よりも少しだけ身長があり、細身だとしても同じくらいの体重だろうに。
それを表情すら変えずに、簡単そうに抱えるのだから、さすが元総長としか言いようがない。
昂輝は見慣れた光景とは言え、胸が傷まない筈はなかった。
好きだと認識した途端、失恋なのだからたまったもんじゃない。
そもそもこの2人の間に入ろう等と思える筈もなかった。
既に出来上がっており、互いに無自覚だろうがあれは両片想いである。
くっつくのは時間の問題だろうが、本人達が意識してないのが質が悪い。
こうして昂輝や礼貴も含め、あの2人に惹かれているではないか。
多分だがこれからもそうだろう。
きっと本人達が意識しなければ、更なる想いの交差が続くのは目に見えていた。

「女王様…ここは俺に任せろ」

昂輝がすっと背後から歩き出し、今にも海向から環を奪おうとする礼貴を思い切り踏み付けた。

「貴様っ!!?」

踏み付けられた礼貴は怒りを海向から昂輝へと向け、思い切り脚を払い除けた。
予想していたとばかりにひょいっと後ろへジャンプし、上から見下すようににやりと人の悪い笑みを浮かべる。
それにかちんと来た礼貴はターゲットを海向から完全に昂輝へと変えたのだった。

「ちょっと遊んでから帰るから、あいつの説得頼むぜ?」

ニヒルな笑みに、海向だけではなく、新までもがほぅっとする男前さだった。

「おおきに。後は頼んだで」

そう言って海向は環を抱え、自らの居室へと向かった。
残されたのは礼貴含む昂輝と当然ながら同室者の新である。

「ええぇぇ!!?これどうするのぉお!!?」

海向に着いてく訳にもいかず、残ったものの、自分の居室なのだから残る以外ないのだが。
この今にも始まりますよって具合の空気に卒倒しそうなのであった。

「てめぇ、環に何しやがった」

びきびきと青筋を立て、礼貴めかげ拳を振り下ろした。
それを何の躊躇もなく、涼しい顔をしてすっと避ける身のこなしに、最初感じた通り、訓練されてるなと心の中で昂輝が舌打ちする。

「貴様如きが気安く名前で呼ぶな!」

殴られそうになった事に怒るのではなく、名前呼びにブチ切れるってどうなんだよと思う昂輝だった。

「佐野は俺の恋人だ!邪魔する者は何人てりとも許さぬ!」
「はぁ!?」

言われた意味が解らず、昂輝は本気でハテナマークを浮かべる。
恋人って何だ。
誰と誰の事を言っている。
そんな混乱が見える中、新でさえも意味がわからないでいた。

「佐野から入学式の後に告白してくれたんだ、あの桜の樹の下で」

煌々と頬を染め、回想に浸る礼貴。
その気持ち悪さと言ったら、一言では言い表せられないものだった。

「桜…?入学式?」

この敷地内にそんな物、存在したのかと考える昂輝と新の2人。
そもそも今日、入学式など存在せず、普通に登校して、出席簿を担任が確認するたけの簡単な作業だった筈である。

「ああ、そうだ!体育館での入学式の後に、桜の樹の下で佐野が俺を待っててくれて、好きだと告げられたのだ!もちろん答えはイエス以外にない!俺もずっと佐野を見ていたからな!」

更に2人の頭にハテナマークが浮かぶ。
昂輝と新は互いに顔を見合わせ、首を傾けた。

「とても儚く可憐だった…!佐野は本当に天使なんだと思う程に奥ゆかしい!!今日、キスして欲しいとねだられ、俺の愚息が爆発するかと思ったくらいだ!!俺の手を引いて、2人きりになりたい。早くいちゃいちゃしたい等、可愛い恋人にお願いされたら、興奮しない筈ないだろ!?」

物凄い力説しているが、2人は全くその熱量に着いて行けてない。

「授業中もずっと俺の事だけを見て、物欲しそうな視線を向けられ、何度その唇にむしゃぶりついて、犯したいと思った事か!俺は一生懸命、誘惑に耐えた!剣道部元主将だからな!」

環から聞いていた話と食い違う。
どちらかと言えば一方的に見ていたのは礼貴の方だったのではないだろうか。
更には海向とのキスシーンに酷く動揺しており、あの時の環の怯えようは尋常ではなかった。
この事から推測するに、礼貴の言動は全て妄想であり、本当に起こっている事実とは異なると言う事だ。

「……え、わかってたけど、お前…マジ、やっべぇな…。環に同情するぜ…」

昂輝、ドン引きである。

「はっ!?まさか…これはてっしーの妄想って事ぉぉぉ!!!?え、嘘でしょ…??これって俗に言うストーカーだよねぇぇぇぇ!???」

昂輝の発言により、海向の言動や、礼貴の暴走気味な性格を捉えてひとつの仮設が浮かんだ。

「あの男女か!」
「いや、てめぇの事だよ」
「あ?」
「あぁ?」

メンチ切り合う2人の男。
果たして勝敗はいかに。

「誰か助けてぇぇぇ!!!めっちゃ怖いよぉぉぉ!!!俺ひとりで無理だよぉぉぉ…!!!」

新の声が木霊したのだった。


2025.04.28

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