tori


企み


seyco entertainment社長室にて、百瀬が頭を抱え項垂れていた。
全ての闇を背負うかの勢いで。

「……百瀬くん、大丈夫かな?」

百瀬の座るソファーの隣に涼介も座り、心配そうに眉を下げる。

「…甲斐…、嘘だと言ってくれ!!まさかioriが引退なんて…っ!!私が見つけた原石!!何にも変えられないくらい男として惚れ込んだioriがぁぁ!!!」
(惚れ込んでたんだね…)

涼介は若干呆れた笑みを浮かべる。

「引退だけでもショックなのにぃい!!私の秘書をやってくれる話もお流れになってしまったではないかぁぁぁあ!!!一体どこのどいつだ!!ioriを誑かした馬の骨は!?あんなに純粋だった子が私に逆らうなんて!!どこの女なんだーーーー!!!」

だばーっと滝のように流れる涙を流し、怒り狂い、涼介の胸ぐらを掴みぶんぶんと揺さぶった。
両手を頭の横におき、百瀬からそうされるのに慣れてますよと言わんばかりにがくんがくんと頭を前後に揺らす。
女性としても平均身長であり、標準体重の百瀬が涼介程の巨体を意のままに操れるのは、彼が完全に無抵抗だからだ。
涼介は人に対して優しいが、それはどうでも良いから優しいだけ。
だが、百瀬に対しては絶大な信頼をしている為、彼女がこうなった時はとことん聞き役に徹し、慰めると決めているのだ。
それは涼介の本当の優しさであり、百瀬と言う人間が特別だからだ。

「女性…なのかな?」

涼介の脳内に浮かぶ、ひとりの男。
庵を口説き落とそうとしても何度だって邪魔され、牽制され、つけ入るスキすら与えてもらえなかった忌々しい相手を思い浮かべる。
初めて受ける敗北に、珍しく悔しいと思ったのは秘密だ。

「は…?」

一体何を言っているのかと涼介を揺さぶる手を止めた。

「女性の影なんて一度もなかったのに、不思議だよねぇ…?」

涼介の言葉にぴたりと百瀬が止まった。
ギギギギっとブリキの玩具のような動きで涼介から手を離す。

「……甲斐。まさかお前同様にioriもそっちの趣味があるなんて、言わないよな?」

だらだらと汗を流す百瀬に対し、涼介はにこやかな笑みを浮かべた。

「ふふ…、何の事かな?僕には全く心当たりないんだけどね」

友人である百瀬からしても格好良い程の笑み。
何年つき合っても外見の美しさは変わらない。
百瀬は思った。
心当たりならたくさんあるだろうと。
男色の性癖だよ、と思わず口にしなかったのは褒めてもらいたい。
涼介はのらりくらりとかわし、いつも本音をどこかに隠している。
そんなゲスい本性を知っていても尚、甲斐涼介は見惚れる程に良い男なのである。

「っ!!顔だけは本当良いな!!きみは!!!」

苛つきを抑えもせず、目の前のローテーブルをばしばしと叩く。

「百瀬くんに褒めてもらえるなんて、夢のようだよ。ありがとう」
「かーーー!!!本当、何なんだ!?このゲス野郎が!!!褒めてないのだよ!!わかれよ、いい加減っ!!!」

むしゃくしゃすると言いながらも本気で怒ってる訳ではない事を涼介も理解しており、この2人はこのコントのような言い合いが通常なのだった。

「今回のセッション次第で、ioriを超える逸材をデビューさせたいと思っているんだ」

急に真面目なトーンになった百瀬に、涼介は顔色ひとつ変えずににこやかに頷いた。

「その感じだと…大体の目安はついているんだね。百瀬くんが候補に挙げている子と僕の番組で特集したい子は…きっと一緒だろうね」

涼介は長い脚を組み直して、百瀬をじーっと見つめた。

「やはりきみもそうか…。彼しかいないだろうね…。どんなセッションになるか、今から楽しみでならんな」

案外落ち込んでいない事に安堵し、涼介は今後育っていく果実を思い浮かべ、目をゆっくりと細めたのだった。

「もう少し…育つまで、摘み取らないでおこうかな…」


2025.04.03

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