チェンジ
環は意を決して、律に向きあった。
「あのさ、質問に答えてないけど、律は歌手希望なんだよね?そんな簡単に専攻変えて良いの?あと他に…何が出来るの?」
少し考える素振りをし、律は首を少しだけ横に傾ける。
まるで不思議そうな顔をして。
「……俺、別にヴォーカルになりたくてここに来た訳じゃないけど。…勝手に書類送られて来て、気づけばここにいた」
「いやいやいや、さすがにそれはないだろ…」
知之が顔の前で手をぶんぶんと振り、否定する。
「…まぁ、信じなくてもいいけど。デビューなんて興味ないし、途中で退学するつもりだから…」
ちらっと環を見て、口角を上げた。
無表情以外の初めての顔に、環と知之の心臓がどきりと反応する。
いつも無気力で何の輝きもない瞳が、きらっと光り輝いたのだ。
その美しい表情と言ったら、言葉を失う程で。
「けど、気が変わった。佐野と一緒にてっぺんっての?とってみたくなった。やった事ないけど、多分…俺なら何でも出来るでしょ…」
先程の表情が嘘のように、いつもの顔に戻っていた。
酷く淡々とした話し方だったが、一瞬だけ垣間見えた律の心。
何だか本当に極めてしまいそうで怖くなってしまう。
もし、他の専攻で成功したら、スター誕生なんじゃないだろうか。
「ねぇ、佐野は連城とあのメッシュ男と組むんでしょ?あの2人の専攻は?」
環をじーっと見つめながら、何を考えてるかわからない瞳を向ける。
メッシュ男とは泉水の事だろうか。
やはり本気でクラスチェンジしてまで環とセッションしたらしい。
「あ、うん。…海向はギターで、メッシュ…じゃなかった、泉水はドラムだよ」
「その2人とだけ組むつもり?」
「…うん、多分……?」
「ふーん…なら、俺は弦楽器と打楽器以外から選べば良いのか。……ねぇ、佐野は何なら嬉しい?」
能面のような顔を近づけ、そのあまりにも美しさに海向とは違った美形なんだなと思わず見惚れてしまう。
「佐野?」
「ぇ…あっ!…その、ピアノかトランペット…かな?その2つは音の響きが好きだなって…」
「ふーん…そうなんだ。じゃあ、どっちもやるから、セッション必ず同じチームに入れてよ…」
そう言うと律は急に立ち上がり、何処かへ行ってしまった。
「ちょ…、え…?ヤバくないか?…あれ、本気で佐野と組む気だぞ!?」
知之の言葉に、環の顔が見る見る青くなっていく。
「………、だよねぇ…。えぇ…どうしよう。海向、許してくれるかなぁ…?」
(律の事は何も知らない。でも多分だけど…やれちゃうような気がするんだよね。初めて会った時から思ってたけど纏う空気が何か天才っぽい。……俺とは違う。歌をとったら…本当に…何も残らない俺とは……)
環は自らの手のひらを見つめ、ぐっと唇を噛んだ。
もう後がない。
ここでデビュー出来なければ、田舎に帰って両親の店を継ぐしかないのだ。
(もっと歌いたいな…。歌ってる時が1番幸せ…。海向ともっも一緒にいたい。……離れたくないよ)
環は気づいていなかった。
彼の存在がひとりの男の人生を変えた瞬間だと言う事を。
唯一無二の天才を生み出すきっかけを作った人物であり、これから先の人生に大きく関わる等と夢にも思わなかったのだった。
2025.05.26
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