tori


2


気がついたら、保健室のベッドの上で寝ていた。
薬品の匂いと、体に感じる温もり。

「……ん?温もり?」

疑問に思い、起き上がろうとするも体が動かない。
何が起きたのかと、慌てて周囲を見渡した。
すると、真琴が自分を抱き締めるようにして一緒のベッドに入っているではないか。

「いやいやいや…、これは無いだろ」

結愛が否定の言葉を言うやいなや、突然真琴の目がパチリと開く。
そして、アイスブルーの綺麗な瞳を間近で感じた。
あ、と声をあげようとすると同時に、押し倒すように体の上から見下ろされる。
再び、あの甘い香りが全身を支配した。
下から見た角度でも、真琴は美しく、何をしても様になるな、などと他人事のように思ってしまう。
自分の今の状況を理解しているが、現実世界では41歳な為、動揺する程にお子様でもなかった。
どうせ、また自分をからかって遊んでいる、そう感じてならないからだ。

「ねぇ、どうして会いに来てくれなかったの?僕、ずっと待ってたのに」

耳元で甘く囁かれ、結愛の体がビクっと震える。
吐息が耳に直接かかり、真琴の唇が当たっていた。
それはキスなんじゃないだろうか、そう思える程に。
ここまでくると内緒話や、声が小さいとか以前の問題で、質の悪いセクハラである。
どうしてこうも真琴は自分を困らせるのか。
子供が親に構ってもらいたくて必死で悪戯する感情と似てるんだろうな、そんな考えが脳裏を過った。
だからだろう、彼を突き放せないのは。
自分に甘えているのだ、こんな閉鎖空間でしか思春期を過ごせなかったから。

「はぁ…、ごめんな?色々あって、連絡出来なかったんだ」

真琴を自分から引き剥がすと、この通り許してくれ、とばかりに両手を合わせて許しを請う。

「許してあげる、でも今夜は僕の部屋でいつもみたいに寝よう。ね、良いでしょ?」

美人な顔を少しだけ悪戯な笑みを浮かべた。
それだけで絵になるのだから、凄いものだ。
間違っても男に恋愛感情はないものの、こんなに可愛く小悪魔でこられたら、この学園の連中は夢中になるだろうな、と素直にそう感じた。
返事をしようとしたら、バタバタと床を走る音がすると同時に、保健室のドアが勢いよく開く。
そして、あのポーカーフェイスがこれでもかってくらい崩れるような汗をかき、篠が慌てて室内に入って来た。
結愛を目にした途端、安堵の表情をする。
必死で走って来ただろう、苦しそうに呼吸を整えていた。

「本郷っ…、はっ、…良かった」

あのまま講堂へ行く手前で、意識を失った結愛の事をとても心配していたのだが、偶然通りかかった教師から入学式に出るよう促され、側にいる事を許されなかった。
だから、余計に心配で堪らなかったのである。
やっと出来た大切な友達が苦しんでるのに、何も出来ない自分にも、寄りそう立場がない事にも悔しくて仕方がなかった。
本当に慌てて駆け寄って来たのだとわかるくらいに、篠の息は整っておらず、ポタポタと汗が顎から床へ垂れているではないか。

「夜蔵、心配して来てくれたんだな、ありがとう」

結愛が心から感謝し、笑顔を向ける。
それを膝に手を添えながら、未だ息を弾ませてる篠が目線だけを上げて、そして嬉しそうに微笑んだ。
そんな二人の雰囲気を面白くないと無表情で見つめる視線に、まだ誰も気づかない。
真琴は舌打ちしたいのをどうにか堪え、必死で黒い感情を押し殺す。
少し前まで、確かに結愛はこちらだけを見ていた。
でも篠が来てからはまるで、先程の事が何も無かったかのように振る舞い、しまいには彼の方ばかり見てるのが気に入らない。
同じ小学校、中学校に通わない間に、結愛は別人のように変わり、更には真琴など必要ないとでも言うように関わりを持たなくなった。
昔は泣き虫で、真琴の後ばかりを追いかけていた結愛だが、今はもうその影すらない。
考え方も大人になり、堂々とし、外部初日にも関わらず、こんなに仲良くなれる友達まで作っていた。
自分だけの幼馴染みだと思っていたのに。
こんな平凡な結愛を誰も相手になんかしない、だから思う存分独り占め出来る、そうつい最近まで思っていた。
だが実際はどうだろうか。
いつの間にか、真琴など眼中にないとばかりに、周りばかりを優先させて、友達を作っているではないか。
そんなの許せない。
結愛は誰にも渡さない。
そんな感情が真琴の中に渦巻き、そして不快感ばかりが生まれたのだった。


2024.08.10

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