一匹狼1
ほとりが教室から離れ、一人裏庭でおにぎりを食べていた。
ここは穴場と言って良い程に、誰も通らず、来ない為、落ち着いて過ごせるのだ。
ただ一つ注意しなきゃならない点は、治安が悪いと言うか、特別棟にあるから普通の人間はあまり近寄らないのである。
ほとりが一人で何故来れるかと言えば、それは一年の中で恐れられる存在であり、喧嘩で負けた事がないからだ。
だから、相当な馬鹿じゃない限りは彼に手を出そうと思う人間はまずいない。
特別棟とは、専門教室と最低ランクのF組がある、いわば学園の危険区域の事である。
S、A、B、C、D、E組は本館にあるのだが、素行の悪い問題児の集まりであるF組だけは隔離と言うか、本館や寮からも少し離れていた。
そこにF組以外の生徒はほぼ近寄らないし、当のF組でも近寄るものは限られる。
腕に自信がある者だけが来れる、穴場スポットなのだ。
そんな所で今日もほとりは一人、誰に付き纏われる事もなく、ウザいくらいの視線も浴びず、絡んでくる輩もいない静かな一時を過ごしていたのだった。
「…ん?…美味しい、か?」
今まで聞いた事のない、優しい口調と大切な人を見るような目をして、隣の存在に声をかける。
「…今日は特製のランチ、だからな…。…焼き加減、調整した…。……、気に入ってくれたなら、それで…良い……」
そんなほとりの声だけを聞き、結愛は慌てて物陰に隠れた。
あれは本当に、同室のほとりなのだろうか。
あんなに優しい声を出し、女の子が聞いたら蕩けそうなくらい、甘い色を放っているのだから。
結愛が驚くのも仕方ない。
(な ん だ と !?御子神特製の手作り弁当って!めちゃくちゃ尽くすじゃねぇかっ!!御子神に恋人がいたのか、…まぁ、あれだけ格好良いんだから当たり前だよな。え、いや…、うん、そうじゃないんだ…、ここは学校の敷地内なんだから、女子は入れないだろう。…え、じゃあ、相手は男か…?御子神は男とにゃんにゃんしてるのかよっ!!)
結愛はダラダラと噴き出る汗を拭う為に、ポケットに手を入れた。
するとスマホも入っており、ハンカチを手に取った瞬間にドサリと音を立ててそれが落ちてしまう。
「!?」
ヤバイ、そう思った瞬間、バレてないかほとりの方へ視線を向けた。
すると先程までいたその場所はもぬけの殻となっており、全身から汗が一気に噴き出たのだ。
(あ、もう、ダメだ…。この後ろから感じる殺気、御子神だよな…?)
そう思って振り返ると、黒い影が太陽を遮るように立っていた。
結愛自身が草むらにしゃがんでいるからか、またはほとりの身長が高いからなのか、物凄く上から見下ろされている。
「…おい、糞野郎…、…何で、…テメェがここにいるんだよ…」
威圧感たっぷりのこの場が凍る程の低い声と、相手を殺さんばかりの鋭い目をしてガン見していた。
先程の甘い声との差が激しくて、結愛の背筋に悪寒が走る。
「あ〜、まぁ、これには深い事情があってな…」
結愛が自らの首を手で掻きながら、部が悪そうに目を反らす。
(…あれだよな、にゃんにゃんしてる所を見られるのは、思春期のこいつには恥ずかしいんだよな…。…うん、まぁ、気づかない振りで逃れるのも無理だし、正直に話すか。御子神は良い奴だから、殴ったりしないだろうからな。)
「何か良い所を邪魔したな…、まさか御子神に良い人がいるとは知らなかったから、…ごめん」
結愛はもう居ないであろう場所を見て、両手を合わせて謝罪する。
すると、ほとりが何の話だ、と言わんばかりに眉をつり上げた。
「あ、うん、そうだよな…、怒って当然だと思うけど、わざと隠れて見てた訳じゃねぇんだ。ただ、俺は…」
その続きを言おうとすると、急に口元を大きな物で塞がれた。
そして素早い動きで体ごと引きずられ、何が起きたのかわからず、目を見開いた。
視界が反転するような、ひっくり返るような感覚に、思わず結愛は目を閉じる。
「…声を…出すな…」
ドスの聞いた声が耳元に響き、体に重みがかかり動けない。
そして、背中が微かに柔らかい感触で覆われていた。
正確に言えば、頭の後ろから踵までなのだが。
2024.08.11
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