tori


2


目をゆっくり開ければ、視界いっぱいに青い空と、眩しい太陽が広がった。
頬に明らかに自分の黒髪とは違う色髪の毛がかかっており、それがほとりのものだとすぐに気づく。
その綺麗な髪は銀色に染められており、太陽に反射しキラキラと光り輝いていた。
ウルフヘアな彼の髪の毛が結愛の頬に掛かると言う事は、かなり密着している事を現すのだ。
鼻腔に香る上品な匂いは、今朝ほとりが部屋に入って来たときと、共有スペースへ行くと必ず充満していた物と一緒であった。
やはり良い男は良い香りがするものなんだな、とどこかおかしな事を考える結愛である。
それはそうと、何故自分はほとりに押し倒されるような形になっているのか。
そう言えば、最近の流行りなのかもしれない。
保健室でも真琴に押し倒されるような感じになったし、この世界の高校生は何かある度に床ドン、いや、草ドンをするのかもしれないと結愛は思った。
そんな言葉は存在しないだろうが、現実世界で大層壁ドンと言うのが女子たちの間で流行ったそうだ。
そんな事を考えていたから、結愛はほとりの様子を伺う事を忘れていた。
まだ口元を手で覆われており、別に息をする分には苦しくないから気にしてなかったが、この体勢は結構きわどいのではないだろうか。
そう思って、ほとりへ視線を向けると、美しいくらいの横顔と、何とも色っぽい目尻と口元が目についてしまった。

「…まだ、しゃべるな…」

結愛からの視線に気づいたほとりが、耳元で再び囁く。
くすぐったいのと、ゾクゾクするくらい良い声に、正直、結愛は勘弁してくれと思うのだった。
別に男を綺麗だとか、格好良いと思うのは悪い事ではない。
それでもほとりの外見は美形と言う枠を越えるくらいに、男前なのに神秘的な美しさがあった。
そんな風に思ってしまった自分を、結愛は情けなく思う。
まだゲームの世界に来て初日なのに、もう感化されてしまったのではないかと、不安にかられた。

「御子神ィィ!」

急にどこからともなく、相手をバカにするような声が裏庭全体に響く。
結愛の体がびくりと怖がり、ほとりが小さな舌打ちをした。

「チッ…、ここにいると思ったのによぅぅ…。あの犬っころ、どこにいきやがったァァ!!」

ガンっと手当たり次第、近くの物を蹴る音が聞こえる。
少しでもその相手を見ようものなら、見つかってしまうのは容易にわかった。
ほとりが何故、自分を押し倒したのか理解し、息さえするのを戸惑う程だ。
目の前の最強と言われる男ですら隠れるくらいの相手なら、結愛が見つかったらひとたまりもない。
情けない事に、喧嘩もした経験もなければ、そんな現場にすら出くわした記憶もなかった。
現実世界でもかなり平和な部類だったと思う。
仕事に殺されるかもしれないと思った事はあっても、リアルな意味とはまた違った。
だから、この世界ではそんな生温い場所で生きてきた結愛にとって、デンジャラスゾーンでしかなく、確実にゲームオーバーだ。
いくら、高校生の彼らが守られる存在である事をわたかっていても、人によるのだ。
どこかのヒューマンドラマのように、どんな人間でも救いはあるとは思えない。
41年生きてこれたのは、そこら辺を避けるように先読みして来たからだ。
それで変に嗅覚と言うか、察知能力が高くなってしまった。
突然、スマホの音が鳴り響く。
まさか、自分のだろうか、と慌てて手の感触を探るも、両手にそれがない。
そう言えば、ほとりが彼女、いや、彼氏と良いムードの時に落としたっきりである事を思い出し、一気に顔色が青くなる。
考えろ、どうにかしなけらば、と思っていたら、柄の悪い男が先に動いてしまった。

「イイもん見つけたぜェェ、御子神のかもなァァ!!」

結愛はもう全てが終わったと確信した。
あんな人間破綻者に渡ったら、最悪拷問されるかもしれない。
だが、今見つかる方がもっとヤバイ事はわかっていた。
だから、もうスマホは諦めよう、犠牲にする事にしたのだ。
着信音が鳴り響く中、柄の悪い男は面白い玩具でもみつけたかのように、上機嫌でこの場を去って行った。

(あぁ、俺のバカっ!何であの時にスマホを拾わなかったんだ!もう、終わった、全てが終わった…。俺はゲームオーバーになって、またコンティニューする事になるんだ…)


2024.08.11

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