tori


動き出す


こちらも結愛が特別棟へ行ってから、数十分後の出来事である。
篠が時計を見ながら、教室の中をぐるぐると徘徊するように歩いていた。
その姿は異様で、周りのクラスメイト達は不思議に思う。
結愛がほとりに会いに行ってから、30分以上経つが未だ連絡はない。
部屋に戻ったら、ラインするよう伝えた筈なのにおかしい。
やはりどんなに否定されても着いて行くべきだった。
そう思い、自分の行動に後悔する。
結愛が余りにも大丈夫だ、と言うから、ついそこで引き下がってしまったのだ。
外部生で、右も左もわからない彼を行かせるべきではなかった。
かと行って、篠が着いて行ったとしても何か出来る訳ではないが、盾くらいにはなったかもしれないのに。
そんな思いが頭を駆け巡った。
こんな時に頼りになる友達なんていない、いるのは結愛だけなのにその彼を自分は虎の檻に放り込んだも同然なのだ。
居ても立ってもいられず、非常口の近くの視聴覚室まで走った。
そして室内に入ると、ドアを閉めてスマホを取り出したのだ。
先程、連絡先は交換し合った。
だから、大丈夫、そう自分に言い聞かせて。

「本郷、頼む」

それを操作すると、電話をかけた。
だが、何度かけても聞こえるのは呼び出し音だけ。
嫌な予感が頭を駆け巡る。

「まさか、F組の誰かに…」

捕まったのかもしれない、その言葉は口に出したくなかった。

「本郷っ」

篠は視聴覚室から出ると、出来る限りの力を絞って走った。
そして向かう先はC組。
普段、涼しい顔をしている篠が、微かに表情を変えて走る様に、周りの生徒達は珍しい物を見るような感覚だった。
そして目的地へ着くと、これまた物凄い勢いで教室へと入って行ったのだ。
ドアの入口付近にいた生徒が驚きの声を上げようが、篠に気づいた生徒達からどよめきが聞こえようが、気にしなかった。
ただ目的の人物の前へ勢いよく行き着いたのだ。

「え…、夜蔵!?」

その生徒はちょうど食堂から帰って来たばかりなのか、椅子に座ろうとしている瞬間だった。

「っ、…はぁ、はぁ、っ」

篠が声を出そうとするも息が苦しくて、とてもじゃないが話せない。
だが、早く伝えたくて仕方がなかった。

「お、おい…、大丈夫か!?」

その生徒は慌てて近寄り、何事かと篠の顔を下から覗く。
彼の方が明らかに身長が高いせいか、中腰になって苦しそうな体勢だ。
だが、それすらも気にならないとばかりに、篠の様子がおかしい事を心配していた。

「っ、悪い…来てくれないか」

やっとの事で、言葉を出す事に成功した。
目の前の男は、驚きつつも頷いたのだ。
まだ昼休み中なので、そのまま二人は風紀室へ向かう。
本館とは違う、別館にある為、移動中は互いに無言だった。

「悪いな、時間を取らせてもらって」

目の前の男を見て、少しだけ安心したのだ。
彼ならどうにかしてくれるかもしれない、そんな一縷の願いを込めて。
ノックを鳴らし、風紀室へ入ると誰もいないガランとした空間が広がる。

「今は委員長も他のメンバーもいないが、座ってくれ」

そう言って、目の前の大きなソファーに腰を掛けた。
何故二人が風紀室へ来たのかと言えば、この生徒は風紀委員に所属する、小林こばやし千尋せんじゅ
筋肉質のガッチリした体型と九州男児を思わせる風情で、わりとクラスに一人はいそうな顔をしている。
そして堅物にしか見られないような黒渕眼鏡を愛用。
中等部時代は風紀委員長をつとめ、高等部ではまだ平だが、期待されているエースなのだ。
そして、去年、強姦未遂事件があり、その被害者が篠な為、護衛をしてくれたのが千尋なのである。
それ故に、篠は千尋しか頼る相手がおらず、彼に会いに来たのだった。

「着いて早々、悪いが本題に入らせて欲しい」

篠の言葉に、千尋は頷いた。

「俺の友達が特別棟へ行ったきり、連絡が取れない」

その言葉を聞き、千尋の顔色がひきつる。
それもその筈だ、この男ですら警戒する地域なのだから、一筋縄ではいかない場所なのだ。

「詳しい事は後で説明するが、外部生と言えばわかるか?もしかしたら、連中に捕まってるかもしれない。助けてくれないか?」

篠は自らの手を膝の上で握りしめ、そこに額をつけて懇願した。
そんな姿を見るのは初めてで、彼が強姦未遂の時ですら、涼しい顔をしていたと言うのに、さすがのこれには千尋も驚きを隠せなかった。
人に一切の関心をもたない篠が、今日来たばかりの外部生に入れ込んでいるのも、あの事件の時よりも真剣な態度に、どれ程大切な存在なのか聞くまでもなかったのだ。


2024.08.13

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