不良って優しい
結愛が朝起きて、顔を洗いに行くとキッチンから魚を焼く良い匂いがする。
それに誘われるよう、そこへ向かうとほとりが朝食の準備をしていた。
長い襟足をゴムで束ね、黒いエプロンをしてる姿は絵になるものだ。
「御子神、おはよう。昨日はありがとな」
結愛がキッチン入口でそう声をかけると、ほとりはそれに答えるように視線を向けた。
そして共有スペースに箸を二膳持っていくように渡される。
「…お前も食え…」
「え、良いのか?」
予想もしてなかった事に、嬉しそうに笑う結愛にほとりは頷いて見せた。
そしてテーブルには二人分の食事が既に用意されており、受け取った箸を並べる。
本日のメニューは鮭の塩焼き、キュウリとワカメの酢の物、豆腐と油揚げの味噌汁に白いご飯、そして納豆が添えられていた。
あまりの美味しそうな出来と匂いに、自然と喉が鳴る。
そしてワクワクしながら顔を洗いに行ったのだ。
「美味い!御子神、鮭めちゃくちゃ美味しいぞ」
結愛が口に白いご飯をかきこんで、もぐもぐと咀嚼しながら言った。
それを良かったな、と言わんばかりに口許を少しだけ緩ませ笑う。
その格好良さと言ったら、雷に撃たれるくらいの衝撃だった。
睨んでるか、目を細めてるか、視線を逸らしてるかのいずれかなのに微笑んだのだから、結愛がおったまげるのも頷ける。
だが、すぐにいつもの表情となり、もくもくと食事を食べ始めた。
(わ、笑った顔がイケメン過ぎて、朝からビビるわ…。男前が笑うと更に格好良いとか、どうなってるんだよ!少し俺に分けて欲しいよな。それに昨日も思ったけど、御子神って怖くないし、しっかりしてるよ。…俺なんか41にもなって、ご飯すら炊けないんだから…あ〜…、完璧な男ってこう言う奴の事を言うのか。そりゃ、俺が結婚出来ない訳だわ…。ウーバーイーツ最高とか思ってた自分が悲しい…)
食事が終わるとシンクに食べ終わった食器を浸ける。
すると横のスペースに小さなタッパーに詰められ、ほぐされた鮭が蓋をしてない状態で置いてあり、その横におにぎりが4つ用意されていた。
何かに気づいた結愛は、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。
(ははぁ〜ん、これはこれは、愛しの恋人とのランチ用だな。昼はおにぎりと鮭だけなのか。でも凄いよな、ちゃんと手作りするだけでも偉いのに、相手の子にも尽くして。出来る男は違うわぁ…。)
ほとりが食器をつけようと隣に来た事に気づかず、頬を緩ませニヤニヤしてるのを怪訝そうに視界に入れた。
だが、別に結愛の様子を気にせずに食器を浸けると、おにぎり2つとタッパーを手に取る。
そして蓋をして、共有スペースのテーブルの上に置いた。
「御子神、これは持って行かないのか?」
おにぎり2つを手にし、そこまで持って行くと、お前の分だ、と声がした。
「え、あ、俺の事よりも昼用を用意してくれてたのか!?ありがとう!」
結愛はこれまた意外だと驚くも、自分の昼まで考えてくれた事に喜ぶ。
「…一人も二人も変わらないからな…」
そう言ってエプロンを外し、束ねていた髪の毛のゴムを外すと、首を左右に振った。
それが大型犬が水浴びした時に、ブルブルと体の水分を落とすような光景に見えた事は誰にも秘密だ。
だが、ふとした疑問が残る。
昨日にゃんにゃんしてた相手の分の食事は持ってかないのかと。
「俺がもらったら、御子神達の分が足りないんじゃないのか?」
「…俺達はこれで充分だ…」
ネクタイを絞め、ブレザーを着ながら言う姿は様になっていた。
「二人とも、そんなに食べないのか」
その言葉に、カバンにおにぎりを入れようとした手を止めると、何を言ってるんだと言うように見られた。
「え、あっ、その、昨日はたまたま見ちゃったと言うか、聞いちゃったからさ…。その、御子神が恋人と一緒にいる所を邪魔したゃったから、ごめんな」
「…俺は一人で食べてた…」
その返答に、結愛は驚く。
それに対し、ほとりが怪訝さを増すかのよう眉をひそめる。
「え、じゃあ、友達…とか?」
不機嫌になって来てるような気がして、しどろもどろだが質問をする手を緩めない。
横から溜め息をつく音が聞こえ、ヤバイかなと冷や汗が出た。
「…何か勘違いしてるだろ…。あれは猫だ…」
(は?…はぁ??…はあぁぁ!!?)
「…ここに住み着いてるから、毎日餌をあげてるだけだ…」
もう開いた口が塞がらないとは、この事を言うのだろう。
あれだけ甘い声を出してたのが、恋人でも友達でもなく、猫とは。
不良は猫や動物に優しいと聞くが、本当なんだなと思った。
「…くだらない詮索はやめろ…。……俺は男を恋人にする趣味はねぇ…」
淡々と話す声に怒りがない事から、気分は害してないと伺える。
それにほっとする結愛だったのだ。
尽くしてた相手は猫でした。
2024.08.15
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