tori


もう隠せない


結愛と篠は出来る限りの力を振りしぼって、走っていた。
背後に迫るであろう男から逃げるよう、決して早くもない足を最大限動かして。
そして、ようやくその姿が見えなくなったので、近くにある空き教室へと転がり込むように入った。

「はぁ、はぁっ…、本郷、大丈夫か?」

二人はその場に座り込むと、教室の隅まで這って歩く。

「お、おぅ…、凄い、ハードだったな…。足がもげるかと思った…」

もう撃沈とばかりに、その場に寝転ぶと呼吸が整うまでお互いに一言もしゃべらなかった。
いや、正確にはしゃべれなかったなのだが。
ようやく呼吸が落ち着いた頃、結愛がむくりと起き上がる。
それに続くよう、篠も起き上がった。

「あのさ、あいつら何なんだ?」

結愛はずっと疑問だった言葉を口にした。
篠は暫く考えた後、制裁と呟く。

「制裁?」

結愛が何の事だと頭に疑問符を並べた。

「本郷には申し訳ないが…右京の親衛隊が動いた可能性が高い」
「え、真琴?いや、でも、今日隊長の織田が来て…」
「あの織田が来たのか!?」

篠は突然起き上がり、寝ている結愛の両肩を掴んだ。
鬼気迫る目の前の男に、ビクッと体を揺らす。

「何かされなかったか!?」

真上から見下ろすような体勢は、自然と篠が結愛を押し倒しているようにも見える。

「え、いや…、何か、変な事は言ってたが…」

結愛は話の内容を曖昧にしつつ、口に出すのは抵抗あるとばかりに視線を逸らした。

「どんな事を言われたんだ!?詳しく話してみるんだ」
「あ、本当に大した事なくて…」

しどろもどろになってしまう言い方をすれば、より篠が勘違いするのはわかっていたが、あの内容をどう話せば良いのか考えあぐねていた。

「織田は右京の為なら、どんな事もするような男だ…!俺は本郷が心配なんだ、頼むから隠さないでくれっ…」

切羽詰まったような言い方に、結愛の胸が苦しくなる。
ここまで自分を心配してくれる友がいる、何て幸せなんだろうか。
会ったばかりとか、そんなの関係なかった。
結愛の中で、確実に篠への信頼は強くなっていたのだ。

「夜蔵、ありがとな。俺はお前に出会えて、友達になれて、本当に幸せ者だ」

結愛が凄く嬉しそうに微笑む。
それが何とも美しく、言葉を失う程の威力があった。

「その、何て言えば良いのか…織田が来たのは真琴のゆ、め…」

結愛がそう言いかけた瞬間、ゆっくりと篠の顔が近づいている事に気づく。
不思議に思い、近い距離の彼を見上げるように見つめた。
自然と上目遣いのような感じとなり、普段は平凡だの、どこにでもいる顔だの言われている結愛だが、篠の目には飛びきり可愛く映ったのだ。

「や、ぐら…?」

自分を呼ぶその唇の動きを視界に捉えると、篠は吸い寄せられるように口づけをした。

「ん…」

結愛の目が大きく見開かれ、微かに瞳が揺れ動く。
それをスローモーションのように篠の目が捉えた。
互いの瞳が合わさり、唇同士が触れ合ったのを確認するとあまりの柔らかさに篠の胸がとくとくと鼓動を打つ。
何度もその感触を確かめるよう、角度を変えてキスをする。
甘い蜜を吸っているような、癖になりそうな感触に夢中になった。

「んっ、ふ…」

結愛から洩れる吐息がとても甘く耳を刺激する。
それだけで何とも言えない高揚感した気持ちになった。
抵抗がない事を良い事に、更に篠の口づけは激しくなる。
結愛の唇をぺろりと舐めると開いてと言わんばかりに何度も舌でノックした。
まるで促されるように、ごく自然に結愛は唇を開く。
篠のあまりの優しい口づけに、まるで答えるような動きをしてる事にまだ気づいていない。
結愛の唇が開いた隙間から、ゆっくりと舌を入れれば、そこからはもう何もかもが早かった。

「んっ…はっ、ん」

結愛の甘い吐息が篠をより興奮へと導く。
もっと聞きたくて、もっと近くに行きたくて仕方ない。

「はあっ」

どちらともとれない甘ったるい呼吸に、酔いしれる。
篠の舌が結愛の舌を探り、絡めとるように動き回った。
静かな教室には二人が放つ水音がやけに大きく響く。

「んっ」

互いの唾液が結愛の口角から一筋溢れる。
それを篠は舌で掬い取ると、再びキスをした。
もう抑える事など出来なかったのだ。
初めて会ったあの日から、篠の中で結愛は特別だった。
目の前の彼が欲しい、好きだ、それしか今はなかったのだ。


(もう気のせいだなんて思えない。この気持ちを隠すなんて、無理だ)


2024.08.21

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