師匠
「本郷くん、護身術を習いませんか?」
さっきからずっと視線を感じると思ってたら、急に永久からそんな言葉をかけられた。
「は…?」
思わずすっとんきょんな声を出してしたまま、パソコンの手は止めずに固まる。
「僕が見る限りでは最低三回」
永久はニコニコしながら、己の指を三本立てた。
「性的な意味で、襲われてますよ」
にっこり、にっこり、永久の微笑みが強くなった。
「…っ!?」
その言葉の意味を理解した瞬間、結愛の顔が真っ赤に染まる。
そして、目をしどろもどろにして狼狽えた。
「ふふっ、自覚はあるんですね?自分が襲われてるって。なら話は早いです」
そう言って、あれよ、あれよと流されて、気づいたら道場にいたのだった。
現在の時刻は午後6時。
目の前に一人の生徒が正座をして座っていた。
そしてその対角線上に結愛も正座をしていたのだ。
(え、…え??…何これ、記憶が全くないんだけどっ!俺、さっきまで委員長と風紀室で話てたよな?…え、怖っ!!つか、誰だよっ!!)
結愛が目の前の人物を驚きながら見ている。
その人物は目を閉じ、まるで精神統一しているように見えた。
「名は本郷と言ったな。俺は二年C組の高屋敷八束だ。犬神から全て聞いた。まずは心を鎮めよ」
目も開けずに挨拶をし、結愛は内心タジタジである。
この状況を理解出来ない、俺がおかしいのか、と無限のループに入るくらいだ。
何だろう、この年よりじみた話し方は。
どう見ても若く、そして自分と背格好が似ており、護身術を教える事が出来そうには見えなかった。
「待たせた。…では始めようぞ」
何度聞いてもちぐはぐなしゃべり方に、結愛の視界と耳が混乱する。
八束は好青年と言った風貌ではあるが、至って普通の少年だ。
短髪に男性ホルモンがやや強いのか全体的に体毛が濃いが、一般的な男子高生はこんな感じが多いのだろう。
このゲームの登場人物がやけに美形揃いなだけなのだ。
「では好きな所から、俺を襲ってみろ」
そう言われて素直に行動出来る人間がいるのだろうか。
それくらい、結愛の体は固まっていた。
「何、気にするでない。お前に怪我などさせる訳がなかろう」
(いや、そうじゃないんだよ。あんた、俺とそんなに体格変わらないんだから、襲ったらダメだろ。もっとガッチリしてたら、遠慮なく行くけど…)
「何を戸惑っているのだ。今時の男子たるもの、度胸が足りないのだっ!!」
何故か、八束は目をカッと見開き、ご立腹だ。
「男に言い寄られて流されるお前なんぞに、この俺が負ける訳がなかろうっ!男色の気でもあるのか、けしからんっ!」
(はい、カッチーン!まるで俺が喜んでるみたいな言い方しやがったよ、コイツ…!いや、マジでぶざけんなよ、俺がホモみたいな言いがかりしたよな?あぁ、したなっ!)
「あんた、先輩だか何だかしらないけど、本気でムカツクんだけど」
結愛の顔が怒りに染まる。
一応年上だと言う事も、永久からの紹介である事も全て吹っ飛んで、敬語にするのを忘れてしまっていた。
「…むっ?先輩に向かってタメ語とは聞き捨てならんな。その生意気な口、今から黙らせてやろうではないか」
八束が意地の悪い笑みを浮かべ、挑発するように手招きする。
「……やっべぇ、こいつマジで腹立つわ」
結愛がそう一言呟くと、八束目掛けて手を伸ばす。
するとその手を八束が掴み、その力を利用して自らの方へと引き寄せる。
そして気づいた時には床の上に仰向けで倒れていた。
「はっ!?……え!?」
しかも背中も痛くなければ、衝撃もない。
「これが護身術と言うものだ。身を持って体験したであろう?」
そう言って真上から覗き込む八束は、爽やかな笑みを浮かべた。
「へ…?」
全くこの状況を理解してない結愛を起き上がらせ、その場に座らせた。
「手荒な真似をして、すまなかった。あぁでも言わないと、本郷は俺に襲いかかったりしなかったであろう?わざと挑発したとは言え、怒らせるような言葉の数々、許してくれ…」
八束が申し訳ないとばかりに頭を下げる。
やっと彼の伝えたい言葉を理解し、結愛は慌てて頭を上げるよう促した。
「俺の方こそ、そうとは知らず…ムキになってすみません」
結愛は自分が情けない気持ちにかられる。
かかって来いと言われてもあのままずっと平行線だった筈。
そんな思いを見越して、わざと悪役をかって出てくれたのだ。
「俺のポリシーは、自分も相手も怪我をしない護身術なのだ。喧嘩をしたいのではない、相手に力を示し、戦意喪失させるのが目的である」
その言葉に、結愛の目が少年のように輝く。
そして、改めて八束の凄さを知ったのだった。
(尊敬する師匠に出会いました。)
2024.09.04
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