剥がれ落ちる仮面
結愛は昨日から、八束に護身術の稽古を習っていた。
そして、朝練も個人的にしてくれると言うので、早朝から道場へ出向く事になった。
その前に、ほとりに一言告げようとドア越しから声をかけるも返答はない。
昨日あんなキスをしたり、色々された後だから、会うのは気まずいと思ってただけに拍子抜けである。
寝ているのか、それとも永久に呼び出されてるのか、どちらかだろうと思い冷蔵庫を開けた。
すると結愛の分の朝食と弁当が用意されており、避けられてる訳でない事に少なからず嬉しさをかみしめたのだ。
そのまま食事をし、弁当を持って道場へ向かう。
「おはようございます」
そう言って中に入るが、八束の姿が見えず。
更衣室へ行く。
だが、ここでも姿がない事に疑問を覚えるが、とりあえず着替える事にした。
上着を脱いで、Tシャツを着て、制服のズボンを脱いだ瞬間にドアが開く音が聞こえる。
結愛はすぐさま振り返り、満面の笑みで挨拶をした。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
そう言ってドアの人物を見て、結愛は絶句したのだった。
「おはようさん。そない、俺が来るん楽しみにしてたん?何や、照れてまうやん」
ニコリと満面の笑みを浮かべて、飛鳥が室内へ入って来た。
「え…、あれ、俺、場所間違え、ました!?」
結愛が慌てて辺りを見回す。
その姿を面白そうに飛鳥が見つめ、間違うてないんよ、と答えた。
「結愛ちゃん、えぇ眺めやわぁ。何や、朝から誘うてるん?偉い積極的やわぁ」
そう言って、女子が見たら卒倒しそうな色気ある笑みを浮かべた。
「………は?」
結愛は意味がわからないと、間抜け面で飛鳥を見上げた。
更衣室のドアを閉めて、カチリと鍵を掛ける音が響く。
結愛は慌ててズボンを手繰り寄せ、後ずさった。
何故かわからないが、とても嫌な予感がしてならないからだ。
頭に警告音が流れる。
何故、飛鳥は今内側から鍵を閉めたのか。
この道場の更衣室はカードキーではなく、古い手動タイプの鍵式だった。
その為、関係者以外立入禁止で、鍵を持っている者も限られる。
「もしかして、俺の愛のこもった熱いキス…忘れられんかったんか?」
色気溢れる低い声で囁き、結愛の目の前で立ち止まる。
「はぁ…!?んな訳ないだろっ、あんたおかしいんじゃねぇの…!」
結愛は昨日のキスを思い出し、更に後ずさる。
だが、背中にトンと衝撃を感じ、振り向くと一面壁で覆われており、それ以上下がる事が出来ずにいた。
「そないしても昨日、偉い気持ち良さそうやったんは誰や?」
結愛がこれ以上下がれないのを良い事に、飛鳥は壁に手を宛て、顔を近づけた。
すると飛鳥の愛用している香水、ムスクの匂いがふわっと香る。
それだけなのに、何故か頭がクラっとした目眩に襲われたのだった。
そして二人の距離が近くなり、目と目を合わせた瞬間にゆっくりと瞳を開く。
いつも笑っているから見えないが、眼力のある強い眼差しが結愛を捉えた。
そして、その目が微かに細まる瞬間を間近で目の当たりにしてしまう。
それだけで何たる色気だろうか。
同性である結愛ですら、全身にゾゾゾっと得体の知れない衝撃が走った。
「犬神の所のワンちゃんとは付き合うてるん?」
結愛から目を逸らさずに、甘い声で囁いた。
一瞬誰の事かわからなかったが、それが昨日挑発した時に発したほとりに対する愛称であると理解する。
「ちょ、ちょっと待て…!何でそこで御子神が出て来るんだよっ…」
結愛は意味がわからないと、飛鳥から視線を逸らす。
「ん…?そりゃ、あのほとりちゃんが熱心に守ってるなん、結愛ちゃんの事、特別や言うてんのと同じやからなぁ」
腰に響くような良い声をし、結愛の鼓膜が男によって犯される。
「いやいやいや…、俺と御子神はそんなんじゃないから…」
結愛は飛鳥の顔を見ないよう、必死で否定し、視線を下へ向ける。
何故か、今、目を合わせてはいけないと頭の片隅に浮かんだからだ。
そして紛らわすように、床の木目の数を数えた。
「あんま余所見、せんといて?嫉妬してまうやん」
結愛の顎を掴むと、自分の方へ戻した。
そして蕩けんばかりの笑みを浮かべる。
「いやいやいや。…そんな風にされてもあんたが俺を好きじゃない事もわかってるから」
結愛はその手を振り払い、飛鳥を見上げる。
その瞳は先程のような動揺は見られず、はっきりとした意思を持っていた。
「あんたが好きなの、俺じゃないだろ?言う相手が違う。会長の事が好きなのに、こんな事してどうするんだよ」
結愛の言葉に、飛鳥の目が微かに見開く。
狐の仮面が剥がされた瞬間だった。
「はっ…、結愛ちゃんはホンマ面白いわぁ」
先程とは違って、無表情で何の感情もない瞳で見下ろす。
人形のような顔を見て、結愛はぎょっとした。
能面のような、だけど何度も見たすました表情とら全く違ったものに驚きを隠せない。
「……お前なんかに、何がわかんのや」
飛鳥の冷たく責めるような声に、結愛の頭は真っ白になった。
2024.09.09
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