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「俺が咲雨の事好きなん、何でお前なんかに決めつけられなアカンねん」
明らかに飛鳥の様子がおかしい。
もしかしたら、今まで隠していたものを本人の許可なく、晒してしまったのだろう。
いずれにしろ、結愛は地雷を踏んでしまったらしい。
「なぁ、結愛ちゃん。どない想うても報われん気持ち、お前なんかにわかるん?」
口調もいつもの優しいものとはかけ離れ、冷たくそこら辺の石ころを見るような感じで放っていた。
「側におられるだけでえぇ、気持ち伝えたら全部オジャンになる恐怖、その小さい頭で考えた事あるんか?」
飛鳥の瞳がすっと細められ、その奥が何も映していないような暗い色を宿す。
間違いなく、怒らせてしまった。
そう思った時にはもう遅い。
飛鳥の勢いが止まらない。
禍々しいオーラが部屋全体を包み込んだ。
「ここでお前を犯かせば、あの糞犬のすました顔、どないして歪むんやろな?ホンマ見物やわぁ。処女を俺みとうな奴に奪われたら、結愛ちゃんもようやく人並みの絶望味わえるやろ?」
その言葉に、結愛の瞳が驚きに見開かれる。
決して飛鳥は普段から口が良いとは言えない。
だけど、ここまで悪いのも聞いた事がながなかった。
出会ってまだ日が浅いが、こんな話し方をする人間ではない。
それが結愛からする大友飛鳥と言う人間だった。
「なぁ、多少空気読めるからって、何でも人の心を簡単に覗いたらアカンよ?取り返しつかなくなるで、ホンマ」
飛鳥の目が据わっており、結愛はどう切り抜けようか必死に考える。
「わ…、ごめんなさい…、確かに土足で入るような真似をした俺が悪かった…!でもな、会長と一緒にいるあんた、凄く幸せそうなんだよ。こんな俺にでもわかるくらい、本当に心の底から笑ってるあんたが素敵だと思ったから…だから、こんな事して欲しくなくて…」
結愛は真剣な目で飛鳥を見つめる。
先程まではどう逸らすかしか考えてなかったのに、今はその瞳を逸らされないよう一瞬たりとも目を離したくなかった。
「俺に手なんか出したって、余計にムシャクシャするだけだろ。それでもわかんないなら、この場ではっ倒してやる。その腐った根性叩きのめすからな。まぁ、どう足掻いても返り討ちにあってヤバイのは俺の方だけど…」
結愛は思った。
もうゲームオーバーでも何でも構わない。
元の世界に帰る事ばかり考えてたけど、今生きてる世界はここだ。
これで最悪なシナリオになったとしても、お互い悔いなく終わらそう。
飛鳥の行動は全く意味わからないが、それでも彼なりに考えてるのだ。
自分の回避だけじゃなくて、この目の前のわからず屋をしっかりと更正させたい、その思いが強かった。
「ぷっ…!」
突然、飛鳥から聞こえる妙な音。
「ぷ?」
結愛は反射的に繰り返した。
「あはは!アカンっ!!結愛ちゃん、ホンマ面白いんやけど!!」
飛鳥は腹を抱えて笑った。
結愛は意味がわからず、首を傾げる。
「そない震える体で偉い威勢えぇけど、今にも泣き出しそうやん、自分」
結愛は言われて初めて、自分の体が震えている事に気づく。
そしてはらりと一筋の涙が落ちた。
「わぁ、堪忍な…。面と向こうて、ストレートに言われたん初めてやん。ビックリしたわぁ。ホンマ度胸あんな、自分」
結愛の涙を自らの制服の裾で拭いてあげる。
「でも心に響いたわぁ。はっ倒したる、腐った根性叩きのめしたる、そない言われたの咲ちゃんぶりやん。しかもオチも最高と来たもんやから、笑い堪えるの必死やってん」
今まで言われた事あるが、どれもバカにしたような言い方であって、結愛のように必死で心に訴えかけるものではなかった。
あの場面で流されて終わると思ってただけに、飛鳥は面白いものが見られたとご満悦である。
「ちょっと待て、もしかして本気で俺を犯そうとしたんじゃないのか…?」
結愛が信じられないとばかりに飛鳥を見上げる。
本当は先程までそのつもりだった。
咲雨が結愛の存在を気にかけ始め、興味を持った昨日の生徒会室での出来事は、飛鳥にとって心底胸くそ悪かったからだ。
あの努力の天才が他人を気にかけるなど、今まで一度たりともなかった。
それがたったパソコン能力にたけているからと言う理由で、咲雨の頭の片隅に存在する結愛が許せなかったのは事実。
自分以外の人間など見えなくなってしまえば良い。
自分だけに興味を示し、隣にいる権利は他へなど与えたくなかった。
だが、どうだろう。
潰して叩きのめすつもりで接触したのに、逆に気に入ってしまったのだ。
咲雨から遠ざける為だけに、結愛の懐に入ってボロ雑巾のように捨ててやるつりだったのに。
咲雨以外の人間に初めて、側にいたいと思ってしまった。
これには参る。
結愛を前にして、計算や駆け引き、罠なんか無意味に等しい事がわかってしまった。
それに気づいた時、今まで必死で咲雨の側に近づく者達を蹴落として来た自分が、滑稽に見えてしまったのだ。
何をムキになっていたんだ、自分は。
咲雨を理由に、本当は恐れていたのは己自身だった。
ずっと二人でここまで来たから、このまま大人になってもそうでいられる事が幸せだと思い込んでいたのだ。
でも実際どうだろう。
咲雨以外の人間に興味を持つ事は、自分が思っていたよりも案外悪いものではなかった。
そう思えたのは結愛だからなのか、それともたまたまなのか、それは飛鳥自身まだわからない。
2024.09.09
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