tori


孤高の狼


生徒会室にて、ほとりは書類を提出していた。
昨日貰った、居室移動申請書だ。

「…部屋の物はそんなに多くない。明け方の内に荷物は移した…」

結愛がほとりの部屋をノックした時には、既に新しい居室へ移動した直後だった。
実は部屋を去る前に声をかけようとしたが、戸惑いが強く、結愛の居室の前で数分止まってしまったのだ。
何と言えば良いのか、口下手なほとりには思い付かなかった。
それに何より、見たくなかったのかもしれない。
結愛の悲しむ顔を。
失望されたくなかったのかもしれない。
あの正義感が強く、気さくで優しい少年に。
やっと仲良くなれたのにと、その言葉を聞きたくなかったのかもしれない。
だから、何も言わずに去る事を選んだ。
あの御子神ほとり程の人物が、少し共に生活した平凡を気にかけ、情がわいたのだから驚き以外の何ものでもない。
認めざる得ない衝動が昨日の風紀室で起きた。
自分と全く同じものがついてる男に、しかも女顔でもない、可愛い訳でもない結愛に、恋愛感情を抱いたと同時に、性的欲求も芽生えたのある。
今まで色んな女を抱いて来た。
だが、あれ程に理性が奪われる事も、心の底から欲しいと感じた事もなかったのだ。
こう言ってはなんだが、ほとりの周りには多くの女が勝手に寄って来る。
その内の後腐れない、適当な女を選んでは抱く。
一夜でも良いと、自らの体を差し出す女ばかりしかいない。
目を見ればわかる、自分なんかに本気で恋をしている事を。
だが、それを知ったからと言えど、何かが変わる事はなかった。
きっと、その中のひとりと恋に落ちて、結婚して、子供が生まれたりすれば幸せな人生を歩む事が出来るだろう。
なのに、どうしても気持ちが動かない。
幼少期のトラウマが原因だと言う事は容易に想像出来た。
貞操観念などとうの昔に追いやり、学外へ出れば好きなだけ女を抱く。
そして男ばかりの隔離された空間では味わえない、性欲も発散してきた。
だからあの日、溜まっているから結愛を抱こうとした訳でない。
それは自分自身が一番良くわかっていた。
セックスなど、ただの性欲処理だ。
女の膣を使ったオナニーだとも思っていたのに、キス一つがあんなに気持ち良いものだと生まれて初めて知った。
結愛から洩れる吐息に、蕩けた顔に、見つめる瞳に、自身が痛い程に反応したのは生きてきた中で初めての感覚で、あのまま永久が来なければ、確実に最後までしていただろう。
残念な気持ちと、何故かほっとした気持ちが同時に押し寄せたのは忘れられない。
同意ではない行為に、何の意味もない。
自分がそうだったから、わかる。
セックスしたからと言って、結愛が自分を好きになるかと言われれば、答えはノーだ。
今更、純情ぶるつもりはないが、結愛がほとりを認めてくれてるように、その期待を裏切りたくないのも確かだし、何より彼の心が欲しかった。

「そうか、明日でも良かったんだが…」

咲雨が面食らったようにほとりを見上げる。

「…風紀で呼び出しかかるかもしれない…。…それに、午後には転校生が来るんだろ…」

ほとりはそれだけを伝えて、その場を去った。
その後ろ姿を咲雨が溜め息混じりに見送る。

「やっと人間らしい表情するようになったと思ったら、また能面みたいに戻ってやがる…」

咲雨でも何となく気づいていた。
ほとりが結愛に対して、過保護と言うか、同居人以上の感情を持っている事に。
その証拠に、この場に飛鳥がいるにも関わらず、喧嘩にも発展しないとは余程居室移動がショックだったに違いない。

「おん、あないほとりちゃん見るん、初めてや」

飛鳥も感じていたのだろう。
ほとりに声をかけても反応はするものの、いつものような挑発的な返しはなかった。
それだけで、彼が結愛から物理的な意味で離れる事を恐れているのがわかる。

「ずっと結愛ちゃんにベッタリやってん。あの一匹狼と言われたほとりちゃんが…。そりゃ、あぁなるわな」

飛鳥も少しだけ眉を下げ、苦笑いする。

「俺からしたら、好都合なんやけどなぁ」

飛鳥がボソリと小さな声で呟いた。

「ん?何か言ったか?」

咲雨が不思議そうに見つめる。

「何もあらへん。ただの独り言や」

ニコニコと飛鳥は微笑む。
咲雨はそうか、と言って気にせずにほとりの持って来た書類に印鑑を押した。

「……あない無防備な子を野放しにしたらアカンで。俺みたいな、悪い狐に食べられてしまうん。まぁ、ほとりちゃんがどう動こうが、どのみち結愛ちゃんは美味しく頂かせてもらうんやけどな」

飛鳥は一人クスクスと笑う。
それを咲雨は気にも止めず、また何かろくでもない事を考えてるなと呆れるのだった。


狼と狐の攻防戦。


2024.09.17

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