変化
風紀室では咲雨が取調を受けていた。
千尋は恭介の付き添いで保健室へ。
アキラは構内のパトロール。
ほとりは目撃者の話を一人残らず聞いていたのだった。
「桜花くんが暴力事件とは、珍しい事もありますね」
永久はクスクスとおかしいとばかりに笑った。
それを咲雨は少しだけ眉をつり上げて見ている。
結愛はと言うと、記録係としてパソコンを操作していたのだった。
「では、始めます。何故、阿曽沼くんと喧嘩をしていたのですか?周りの生徒達からも話は伺ってますが、公平を得る為あなたの口から是非聞かせて下さい」
永久と咲雨は黒いソファーに座って、対面するように向かい合っていた。
「事の始まりは、俺が単独で阿曽沼恭介に会いに行った事が原因かもしれないな。会話らしい会話もないまま、何故か話をする前に向こうから急に殴りかかってきた。これ以外、俺には理由らしい理由はない」
咲雨はハァっと大きな溜め息を吐いた。
「何故でしょうか?」
永久の質問に、一番疑問を感じているのは咲雨だった。
何故、話もしていないのに殴りかかってきたのか。
その理由を知りたいのは咲雨の方だったのだ。
「それはよくわからない。奴とは初対面の筈なんだがな…」
そう冷静に呟く咲雨と、先程教室で暴れていた人物が一緒だとは想像もつかない結愛だったのだ。
あの時、目にした咲雨は獣のような鋭い目付きで、近寄ろうものならば殺しかねない剣幕たった。
結愛は直ぐに動く事が出来ず、固まってしまったのである。
そんな結愛に気づいたのは幼馴染みの真琴と、その親衛隊隊長の玄心だった。
まるで咲雨から自分を守るように、二人は背中に隠してくれたのだ。
いつも冷静で常識のある咲雨の、狂気的な部分を見て、二人が結愛を隠して立ってくれた事に安堵したのは記憶に新しい。
「そうですか。やはり他の生徒達と一緒ですね。これは阿曽沼くんが意識を回復してから、じっくり聞く必要がありますので、僕はそれまで目撃情報を呼びかけます。右京くん達にも聞きたい事がありますから」
そう言って、永久は風紀室から出て行こうとする。
その手を咄嗟に取ったのは結愛だった。
「本郷くん?」
すがるように永久へ視線を向ければ、微かにグレーの瞳が見開く。
「……、どうか、しましたか?」
まるで何事もなかったかのように、永久は笑顔を取り繕い、結愛の頭を撫でる。
見上げる瞳は捨てられた仔犬のようで、何とも言えない庇護欲が永久の中で巣くう。
「あ…っ…、…何でもない、です…」
そう言って、ゆっくりとその手を離した。
何でもないと言う顔をしていない結愛に、永久は咲雨の顔を見つめる。
その瞳は随分と険しいものだった。
「そう怒るなよ。…俺も反省してるんだ。多分、本郷は俺と二人になるのを怖がっているんだろうな…」
そう言って、申し訳ない顔をする。
そんな様子を永久は呆れたように睨みつけた。
彼にしては珍しい行動に、咲雨は小さな溜め息を吐く。
いつもの仮面が剥がれている、そう思ったのだ。
「桜花くん、少しだけ席を外しますね」
その言葉を聞き、結愛の顔に落胆の色が出る。
行ってしまうのだ、自分を置いて。
「本郷くん、大丈夫ですよ。僕と一緒に保健室へ行きましょう」
そう言って返事する間もなく、永久に肩を支えられ廊下へ出たのだ。
そしてスマホを操作するとほとりへと電話をかけた。
「ああ、御子神くん、すみません。今から風紀室へ来れますか?」
その言葉に、結愛は驚きを隠せなかった。
待機組として咲雨と二人にさせられると思っていたが、まさか永久と共に保健室へ行く事になるとは。
「ええ、そうです。今、会長がいますから、僕が戻るまでは見張っといて下さいね」
そう伝えて、電話を切る。
そして結愛へ優しい笑みを浮かべたのだった。
「さぁ、一緒に行きましょうか」
その声がとても優しく、結愛の胸がトクンと高鳴ったのである。
「っ…はい!」
結愛は安心しきった、満面の笑顔を浮かべて見上げたのだった。
その笑顔を見て、永久は眩しそうに目を細める。
先程の不安そうな顔がなくなった事に、人知れず安堵したのだ。
(君が不安なら、僕がいつまでも側にいますよ。だから、そんな悲しい顔をしないで下さいね。)
2024.10.24
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