後悔
バタバタと足音がし、誰かを探してる様子が伺えた。
結愛は放心したまま、その音をどこか遠くで聞いていいるような感覚に陥る。
何かを忘れているような、でも先程のショッキングな出来事に完全に頭が回らなかった。
ガラリと実験室のドアが開く。
すると焦りながら、中をキョロキョロと見回す永久の姿を目にする。
結愛に気づいた彼は、その姿を見て息を飲んだ。
「本郷くんっ!?」
永久らしくもない慌てた様子に、まだ現実味のない結愛が何の反応もなしに駆け寄る彼をただ見つめていた。
「っ…、何でこんな事に…!?」
まるで何者かに襲われたような制服の乱れよう。
しまいには結愛の頬と唇、上半身にびっしりと付いている血痕。
それを見て、永久の顔が酷く歪んだ。
目の前まで来て、反応を示さない結愛の頬を恐る恐る触れる。
「っ、…すみません、僕が目を離したばかりに…」
結愛の顔を見つめるも、その瞳は上の空で余計に永久は誤解する事となったのだ。
「誰、ですか…!?……君にこんな酷い事をしたのは…っ…」
永久は結愛を自らの腕の中へ抱き締め、宝物に触れるように優しく包み込む。
永久の心情は後悔に押し潰されてていた。
油断していたのだ、結愛が風紀に入ったから牽制できたと。
だが、それはあまりにも無力で、認識が甘かった事だと今更ながら思い知らされる。
それくらいでは結愛を守るにはガードが緩すぎたのだ。
そして現に、彼の体は血だらけでショックからだろう、口すら開けないでいたのだから。
「……この責任は僕が全力を持って償います。君をこんな目に合わせた人間を許しません」
そう言って、結愛の手元へと視線を落とし、永久は息を飲んだ。
「っ!?」
まさか、そんな筈は、そう呟いたのだった。
「本郷くん、この指輪はどうしたのですか!?」
結愛の薬指に嵌められた、皇帝のものである証。
先程までは確かに存在していなかった。
なのに、目を離したほんの数分で結愛は彼の寵愛を受けたのだ。
永久が結愛の両肩を掴み、問いただせばやっと正気に戻ったのか、結愛の瞳が普段の色へと戻っていく。
「え、あれ
?委員長…?」
目の前に永久がおり、必死な形相をしている事に結愛は驚いていた。
「!!?本郷くん、大丈夫ですか?無事なんですね…っ!」
永久は安堵し、結愛の体を再び抱き締めた。
もうどこにも行かないように、誰にも拐われないよう強く。
「え、無事って?……、あっ…、これは俺の血じゃないんですよ」
結愛は慌てて、制服に付いた血液を手で拭った。
「え?」
永久はキョトンとした顔をして、結愛を凝視する。
「廊下に垂れてる血を辿ったら、ここに踞ってる人がいて、その時に付いただけなんです」
お騒がせしてすみません、と言う結愛に対し、永久は何とも言えない表情で見ていた。
そして結愛の動く唇を親指で触れ、他の指を顎へ添える。
「え…?」
永久のグレーの瞳が灰の暗い色を宿し、結愛の唇をじっと見つめ続けた。
「この頬と唇についた血…」
そう言って、褐色肌の指が結愛の柔らかい唇を優しく撫でた。
その仕草一つに洗礼された美しさがあり、結愛の心臓がドクリと音を立てる。
「直接触らないと付きませんよね…?」
そう言って、永久の顔がどんどん近づいて来る。
結愛はそれをスローモーションでも見てるかのように見つめた。
互いの鼻先か触れそうな位置まで近寄り、永久はじっと結愛の瞳を見つめる。
その視線から逃れられず、同じように返してしまうのだった。
決して中性的でも女顔でもない永久だが、本当に綺麗でミステリアスな雰囲気を醸し出している。
出会った時から、結愛の中で彼は色んな意味で特別だった。
一生関わる事がない人種だとも感じていた為に、こうして目の前にいて、自分を見つめて、触っている事が不思議で仕方ないのである。
2024.11.02
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