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「本郷、少しいいか?」
意味がわからない結愛をこのままにしておけない。
このままでは危険だろう。
周りのクラスメイト達の反応もあまり褒められたものではない為、篠は教室を出る事を考えた。
ギャラリーが多すぎる為、ここにいても話したい事も話せない。
逆を言えば、誰がどう聞いて、どう話の内容がうわさとして間違った解釈で広がるかも心配である。
だから、篠は結愛の手首をそっと掴み、教室の後ろのドアの方へ歩いて行った。
「…え?あ、おぉ…?」
篠に掴まれた手首と、クラスメイト達を交互に見て、結愛は連れて行かれる方向へ足を進めた。
何度見ても、周りの空気は歓迎と言うよりは、戸惑っている、または好ましく思っていない、に近い。
それを踏まえた上で、結愛自身も同じく戸惑いを隠せなかった。
初対面で、こんなに悪意と言うか、あまりよろしくない視線は初めてだったからだ。
篠に目を向けても、振り返る事なく教室から出て行ってしまう。
もちろん、結愛の手を掴んだままなのだから、自然と追うような形になった。
そんな二人を見ていたクラスメイト達は、互いに顔を見合わせる者や、小声で話し始める者、更には頬を染める者や、微笑んでいる者までいたのでたある。
一方、廊下をずんずん歩く篠の後をこれまた小走りで追いかける結愛。
すれ違う生徒達からも様々な視線を送られた。
非常口の近くにある、あまり使われてないであ…う視聴覚室に二人は入った。
辺りを見回して、篠はそのドアをぴしゃりと閉めて振り返る。
「夜蔵…?」
先程から一切こちらを見ない彼に、自然と不安が過る。
もしかして、さっきの言動で地雷に触れたのか、または怒らせてしまったのか、そんな考えが結愛の中でぐるぐると巡っていたのだ。
「すまない、こんな所まで…」
そう何事もなかったように向き合う彼に、結愛は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。
それを見て、また篠がふっと鼻で笑ったのだ。
結愛はそれを見て、何だ怒ってなかったのか、と安心するのと同時に、この鼻で笑うのは彼の癖なのかとしれないと結論付けた。
「ちょっと教室では話せなくもないが、…後に様々な憶測が飛び交うかもしれないから、ここに避難してきた」
そう言って、まるで自分達にとって不利な状況になるかもしれない事を案じているのがわかった。
41歳にもなると、空気で何となく言わんとする事がわかるし、今、確実に篠は困っているんだとも理解する事が出来る。
「…いや、大丈夫。何となく、…クラスの空気でわかったし、…でも何でみんなあんな風に過敏と言うか、俺たちを見てたんだ?」
結愛の言葉に、篠はやはりそうかと確信に至る。
一見平凡で、どん臭くて空気が読めなそうに見えるも、頭の回転が早い事と、そして物事をよく見ている事に感心しかない。
篠自身、自分で言うのも何だが、頭は相当キレる方だし、先回りも得意で、常に何手も先を予想して動くが、結愛もかなりそう言うタイプなんだろうと言う事がわかる。
「話がわかって、助かる。…その、さっき言っただろ?ここは恋愛対象が男だと…」
篠が落ち着いた声で、淡々と話し始めた。
それを一語一句逃さぬよう、結愛は真剣に聞いていく。
そんな姿でさえ、篠からしたら好感度高く、今までの外部生と違って見えた。
見た目が平凡に見えがちだが、中身は大したものだと再び感心したのである。
「それで、俺自身は大した事はないんだが、長くここにいるせいでそこそこ注目されている」
篠は自分の事を話す事に抵抗はない。
でも、折角気に入った外部生に真実を話して、嫌われたくない気持ちも微かに混ざっていた。
だからだろう、いつもよりも言葉が慎重になってしまう。
こんなのらしくない、とも思うが目の前の人物を見ると、この数分なのに手離したくないとまで感じてしまっていた。
「…あ〜、そっか、そう言う事か」
結愛が自らの首を指でかき、一人納得したような声を出す。
それに篠は、ピクリと体が微かに反応した。
「何か、またわかってきたわ。夜蔵の言いたい事って、こうか?…外見的な事とその落ち着いた姿勢は15にしては大人びてるから、それを慕ってる人間や、あまり言いたくはないけど…恋心抱いてる人間がいるって事なんだよな?」
聞くのも嫌かもしれないだろうが、言う方がもっと嫌なんだろうな、と結愛自らが口に出した。
それにより、夜蔵はやはり意外そうに、でも次には納得したように頷く。
何故、目の前の外部生はこんなにも言いたい事を理解してるのか。
エスカレーター式でずっとこの学園にいるが、篠の事を慕ってはいても、考えまで理解してくれた人間は何人いただろうか。
いや、彼が知る限りでは、誰もいなかった。
だから、いつも教室の窓際で一人グランドを見て、黄昏ていた。
そんな姿ですら、黄昏の君、などと言う訳のわからないあだ名までつけられて。
なのに、何で今日会ったばかりの少年に、しかもこれと言った特化した部分が一切無さそうなのに、篠は脳内を覗かれたような感覚に陥る。
それは考えるまでもないだろう。
自分達が長年こだわり続けていたくだらないものを捨て去れば、すぐに見えた。
見た目ではわからない、それら結愛自身の魅力の一つなのだろう。
そう思うだけで、篠の胸は今までの霧が嘘のように晴れていったのだった。
2024.08.09
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