葡萄酒と運命10


血のような真っ赤な髪に琥珀色の瞳、車掌の制服。
そんな男性に抱えられている。言わばお姫様抱っこというやつで。

「あ、あの……」

思わぬ状況に緊張して震えた声を発すると、抱えていた猫が腕の中から飛び出した。

「あっ」

そのまま振り返りもせずに歩いていく。
助けた人に対して無愛想な子だなと思うが相手は猫なのでしょうがない。
私を抱えている赤毛の男性に様子を伺うように目を向けると、猫に向いていた彼の視線が戻って私と目が合う。
咄嗟に目を逸らした。

「あの、すいません、受け止めてもらって。ありがとうございます」

お姫様抱っこの状態から降りようと重心を彼の身体から離すが、抑え込むように抱え込まれた。

「お前、瑞樹・西園寺だろ」

当てられた私の名前に身構える。
東洋人であることとヒューイが用意してくれた寄付金のおかげで、この会社で私のことを知らない人はいなかった。
だから私の名前を知っていることに不思議は無いのだが、物言いがどうにも好奇心に満ちている気がした。
こういう場合、最終的に不愉快な気分になることが多い。

「そうですが……」

「猫を助ける為にわざわざ木に登ったのか?」

赤毛の男性の問いにどこから見られていたのだろうかと気になった。
今着ている事務員の制服はスカートで、そのスカートで木に登るはしたない姿を見られたくなくて、周りに人がいないのを確認してから木に登ったはずなのに。
しかし今はそれよりも抱えられている状態から逃れたかった。

「木から降りられなくなっていたようだったので。すいません、離してください」

ぐっと胸板を押してみるがびくともしなかった。
性別による力の差はあるかもしれないが、それにしても彼の身体は微動だにしない。護身術をシャーネに教えてもらう際に、多少筋力は付いたはずなのだが。
焦っていると、そっと赤毛の男性は私を降ろしてくれた。

「自分が木から落ちた時のことは考えなかったのか?」

実際落ちただろう?と聞かれる。
少し馬鹿にされているような声色にむっとなる。
アメリカ人は基本的に外国人を見下している。時代的に露骨な人種差別も仕方ないとは割り切ってはいるものの、やはり直接その態度を取られると不愉快に感じることは避けられない。
赤毛の男を真っ直ぐ見上げた。

「私が木から落ちても痣になるくらいですし、必要があれば病院に行けます。けど、猫は違いますから」

あの高さから落ちたらいくら身軽な猫といえど、負傷は免れない。足を骨折する可能性も充分にあった。そして骨折した猫は自分で動物病院に行くことはないのだ。自然治癒はするだろうが、それも元通りというのは難しいだろう。後遺症の残った足で生きていけるほど野良の世界も甘くはない。だったら、私が青痣の一つ作った方が良いし、何より気付いたのに知らぬふりをするのは忍びなかった。
たかが猫、と言われるかもしれないが、私がそうしたかったのだ。その考えが間違っているとは思わない。

「助けて頂いてありがとうございました。失礼します」

再度お礼を述べてさっさと赤毛の男に背を向ける。同じ事務室で働く女性社員ですら、私を腫れ物に触るように接してくる人が多い。まして男性社員とは話していてもいい思いをしたことがない。会話を続けるだけ気分が悪くなるだろうと見切りをつけてさっさと立ち去ろうとすると、腕を掴まれた。

「待てよ」

振りほどこうかとも一瞬考えたが、助けてもらった身でそれは失礼だろうと思い直して赤毛の男性と向き直る。こういう態度が同僚から「嫌ならはっきりNOと言っていいのよ!」と怒られる要因なのだと分かっていたが、生来の性分はなかなか直らない。
向き直った赤毛の男性は相変わらず好奇の目をしていたが、それはどこか楽しげにも見えた。

「俺と結婚してくれないか?」

「………………は?」





***





『改装の為、臨時休業中』という張り紙を見つめる。
クレアに教えてもらったガンドールファミリーの事務所に来たはずだが、間違えただろうかと首をひねる。まぁ、新年早々ジャズホールに来るお客も少ないと思うので、それを踏まえての休業中なのかもしれない。マフィアだって年末年始くらい休みたいだろう。
しかし、クレアに教えてもらった住所はここだけだ。荷物もここに送っている。ここ以外に行く宛もない。どうしたものかと考え込む。戸を叩いてみようか。中に人が居るかもしれない。もし、人が居たらクレアが今どこに居るか聞いてみればいい。

だけど、それでいいのだろうか。

昨日まであんなにクレアに会いたかったのに、一夜明けた今、私は不安に襲われていた。

私はこのままクレアに会っていいのだろうか。
私はこのままクレアと結婚していいのだろうか。
クレアと結婚するのは私でいいのだろうか。

「あの、」

「はい!」

悶々と考えに没頭し始めた私の背後から突然声をかけられてびくつく。
振り向くとベリアム夫人達に負けず劣らず上等な身なりをした少女と顔色の悪い青年が立っていた。

「あ、あの、私達、ガンドールさんに会いたくて、その」

「あ、いや、私はここの関係者じゃなくて」

「え、そうなんですか?」

「え、いや、まぁ、関係あると言えばあるんですけど……」

「えっと……」

咄嗟のことにしどろもどろになる私に目の前の少女が困ったような顔をする。咄嗟の質問に弱いのはなかなか直らない。
この子は誰だろうかと考えたがふと心当たりを思い出した。アニメの記憶を引っ張り出す。もしかして、この子は兄のダラスを探しに来る少女イブではないだろうか。目の前の少女はアニメで見るよりも身なりの良さが際立ち、正にイブお嬢様、という感じだ。イブ・ジェノアードがガンドールを訪ねてくるのはこんな新年早々だっただろうかと首をひねる。いや、アニメでは何年という情報があっても何月という情報までは無かったか。しかし、今ガンドールはルノラータと揉めているので、一般人はこのタイミングで関わらない方が良い。忠告すべきだろうか。だけど、彼女とは初対面なので彼女がどこの誰でどんな事情があるかを私が知っているというのもおかしい。目の前の少女にいきなり「イブ・ジェノアードさんですか?」と聞くわけにもいかない。
どうしたものかと沈黙している私につられた様にイブ・ジェノアードと思しき目の前の少女も沈黙した。
しばらく二人して視線を彷徨わせる。

「「あのっ」」

同時に顔上げて同時に言葉を発する。
そして同時に言葉を切って同時に互いの相手の言葉を待った。
沈黙が再び訪れる。

キィ

張り紙の扉が急に開き、路地に金具の軋む音が響き渡る。

「あら。ここに何か御用ですか?ごめんなさい。残念ですけど、ここには今チックさんしかいないみたいです」

そこに立っていたのは、三十路前ぐらいの美しい婦人だった。
私と少女の顔を交互に見る。
婦人はおよそマフィアと無縁そうな女性だった。ジャズホールのウェイトレスか何かだろうか。それにしても似合わないが。

「私達、ガンドールさんに会いたくて……」

少女が先程私に言った言葉を繰り返す。この状況だと「私達」の中に私も入ってしまうことに気付いたが、間違っているわけではないので黙って婦人の返答を待った。

「ここにはガンドールって名前の人は三人おりますわ。私や義妹も入れれば五人ですけれど」

三人と五人。
ガンドールは三人兄弟だとクレアから聞いているからそのガンドールで間違いないだろう。そして、義妹という言葉から、おそらくこの優雅な雰囲気を纏ったおそよマフィアと無縁そうな人は……。

「あの、貴女は?」

「私はケイトと申します。三兄弟の長男……キース・ガンドールの家内です」





「さあ、どうぞ食べていって下さい。本当は夫と食べるつもりだったんですけれど、あの人、また何か忙しくなってるみたいですから」

半ば自棄にも聞こえる台詞と一緒に並べられた料理に目を奪われる。
料理名は分からないが、魚を主体とした料理やラムと思われるステーキなどが並べられていて、どれも美味しそうだ。アメリカ料理はまずいという私の認識が揺らぎ始める。
本当に私達が食べていいものだろうか、と思案したが、横のロイと名乗った青年は無遠慮に料理を口に運んでいた。ここに来るまでお互いに自己紹介をし合ったが、このロイという不健康そうな青年はおそらく薬物常用者だろう。アニメにこんな青年いただろうか。少なくともイブ・ジェノアードとは行動を共にしてなかったと思うが。
美味しそうな料理を前に悶々と考えていると、空腹感がじわじわとせり上がってきた。
少し間をおいてイブ・ジェノアードと名乗った少女も恐る恐る手を伸ばしぽつりと感想を漏らした。

「……美味しいです」

その言葉でようやく私も料理に手を伸ばした。

イブ・ジェノアードのテーブルマナーはとても良かった。比較対象が隣のロイさんなので余計それが際立った。やはり育ちの良いお嬢様らしい。しかし、イブ嬢はロイさんとは違う意味で無遠慮というか、ストレートに疑問を尋ねていた。ケイトさんもそれに気分を害した様子もなく答えていく。ガンドールの組も色々と事情があるらしい。二回も殺されそうになったということを何事もなく話すケイトさんに彼女もそれなりの覚悟を持ってマフィアの世界に入ったのだろうと察する。にしてもそんなに組のことを外部の人間に話しても良いものだろうか。

アメリカ料理はまずいという私の認識が改まった頃、ケイトさんのピアノを聞いた。ロイさんと一緒に拍手を送る。プロの演奏家なのだろう。この時代の音楽家なら纏っている優雅な雰囲気も頷ける。

「三人とも、今日はもう家に帰るの?」

三人で顔を見合わせる。どうやら他の二人も帰る当てが無い様だった。

「泊まっていったらいいわ。明日の夕方にでも、もう一度事務所に行ってみましょう」

三人はもう一度顔を見合わせ、お言葉に甘えることにした。





「シャワーありがとうございました」

お風呂上りにキッチンで片付けをしていたケイトさんに声を掛ける。寝間着までお借りしてしまった。シンプルだが女性らしい服に慣れず、少し緊張する。

「寝間着大きかったかしら」

アメリカ人と日本人じゃどうしても体格差はあるのでしょうがない。無理に着ていた寝間着の裾を折り込む形でケイトさんに整えられる。

「あっ、すいません。自分でやります」

「いいのよ。瑞樹さんは、クレア君の奥さんなのよね?」

「はい」

奥さん、という言葉に背中がむず痒かった。
職場での彼女扱いも慣れるのにかなりかかったので奥さん扱いも慣れるまで時間がかかりそうだと思う。
しかし、あのクレアの彼女や奥さんに自分がなっていることに、昨夜から違和感を覚え始めていた。フライング・プッシーフット号の中で今生きているこの世界が現実だと受け入れだが、いや、むしろ受け入れたことによって不安に襲われていた。

クレアは本当に私でいいのだろうか。

昨日、ジャグジーさん達やシャーネと再会し、「レムレース」の人達と今後の話をしているうちにこの世界で生きていくことは前途多難だと気付かされた。
昨夜シャムの個体であるルーカスさんに「そういえば旦那さんのとこにはいつ戻るんですか?」と聞かれたことを皮切りに、私がこれから入籍するのだと知ったスパイクさんから「結婚するなら俺達のことやベリアムの元での仕事のことは旦那に話すのか?それともシャーネに対してと同様に隠し通す気なのか?同じ家に暮らして仕事を隠し通すってのはなかなかに難しいと思うぜ」と言われて初めてその問題に気付いた位だ。「というか女は結婚したら家庭に入るものです。これから仕事を始めようという時期に結婚だなんて働く気はあるんですか?」とリズさんに追い打ちをかけられて頭を抱えた。

そもそもクレアは本来ならシャーネと結婚するはずだった。それを私が自分の保身の為に奪ったのだ。フライング・プッシーフット号でシャーネとクレアを引き合わせたのは、無意識に牽制をしたかったのかもしれないと考え始めていた。ヒューイの指示もあるかもしれないが、シャーネは私のことをよく守ってくれたし、良き友人であってくれた。クレアも節操の無さは私と付き合ってからはすっかりと無くなっていた。シャーネにクレアを『私の旦那』と紹介し、クレアにシャーネを『私の友人』と紹介することによって、二人からお互いを恋愛対象から外すようにしたかったのではないかと考えたら、我ながらやっている事が姑息で矮小で情けなくなってくる。こんなことクレアには絶対知られたくない。

昨日まであんなに早くクレアに会いたいと思っていた気持ちは今すっかりと萎んでいた。

「クレア君は、うちの夫の弟みたいなものだから、瑞樹さんは私の義妹みたいなものよ。世話焼かせてちょうだい」

優しく微笑みながら接してくれるケイトさんに罪悪感がむくむくと湧き上がる。

「あの、」

おずおずと言葉を発するとケイトさんが、寝間着から手を離して私を見た。

「ケイトさんは、マフィアと関係のない世界で生きてきた方ですよね?キースさんと結婚する時悩みませんでしたか?」

私の不躾な質問にケイトさんが瞬きをした。

「自分と相手の生きる世界が違うとか、釣り合うのかとか不安になったりしませんでしたか?この人は、こんな私でいいんだろうかって、他にもっと良い人がいるんじゃないかって考えたりしませんでしたか?」

続けた私の言葉に何か合点がいったのか、ケイトさんは頷いた。

「もちろん、不安にならなかったわけじゃないわ。親にも反対されたし。自分でも悩んだりしたわ」

ケイトさんの第一印象はおよそマフィアとは結びつかない印象であり、それは食事をご馳走してくれた今でも変わらない。その印象は合っていたようで、やはり結婚の時は色々あったようだ。
ケイトさんは私から離れてキッチンのカウンターに向かいながら言葉を続ける。

「でもね、私自身あの人にどうしようもなく惹かれてたの。主人の生き方とか、そういうものにね」

ケイトさんは話しながら温かいココアを入れてくれた。

「貴女は違うの?」

ココアを渡されると同時に問いかけられて戸惑う。

「貴女はクレア君のこと愛してるんじゃないの?」

「あ、あい……」

『愛してる』なんてストレートな言葉につまる。ニースさんに言われた時も『愛』という言葉に戸惑った。クレアのことは好きだ。だけど『愛してる』という言葉はしっくりこないというか、大袈裟な気がする。
顔が熱くなるのを感じた。

「ねえ、貴女とクレア君の出会いとか聞いても良い?」

私の反応を見て、ケイトさんが話を少しずらす。
ココアを一口飲んで、自分を落ち着かせた。

「……猫、ですね」

「猫?」

首を傾げたケイトさんにクレアとの出会いを話していく。
猫を助けようとして木から落ちたところを受け止められたこと。
そこから初対面のクレアにいきなりプロポーズされたこと。NOとハッキリ言えない日本人の気質から断りきれずにいるうちにデートの誘いを受けるようになったこと。何度か誘われるうちに、一度くらい行ってみても良いかなと思うようになり、デートに行ったこと。そしてその初デートでプロポーズを受け入れたこと。

「あの頃の私は、どうしようもなく不安だったんです。東洋人がアメリカで暮らしていくには不便も多くて。女だと分かる格好で出歩くとチンピラみたいな人達に何度も絡まれました。それで普段は男の服を着るようになって。買い物も、店によっては商品を不当な値段で売りつけようとしてくる人もいました。ただ、その時面倒見てもらってた人が資産家だったので、欲しいものは買い揃えてくれたりして生活してきました。その上、就職先も用意してくださったんです。でも、職場では人種の問題もあって馴染みきれなくて。この先自分がどうなるか不安で仕方ありませんでした。それで誰かに守って欲しくて。ちょうどそんな時期にクレアに出会ったんです」

そっとココアを飲んでいくと、じんわりと身体が温まった。

「本当は、守ってくれるなら誰でも良かったのかもしれません」

ココアで身体は温まっていったが、指先だけが冷えたまま一向に温まらなかった。

「でも、今はそれだけじゃないでしょう?」

ケイトさんが自分のココアをテーブルに置いて、私の冷たい指先をそっと握った。

「守って欲しいだけだったら、自分と相手が釣り合うのかなんて悩んだりしないもの。貴女、クレア君のこと愛してるんでしょう?自分が彼に釣り合うか悩んじゃうくらいに」

『愛してる』という言葉に再度顔が熱くなる。
それにケイトさんがくすりと笑った。

「切欠なんて大した問題じゃないの。大事なのは今の自分の気持ちだから。生きている世界が違うとか、人種のこととか、不安なことは沢山あるかもしれないけど、それは貴女1人で悩まなくていいの。クレア君と一緒に悩みなさい。家族なんだから悩みを共有して助け合っていくものよ」

そうでしょう?と同意を促される。
クレアにも列車で「家族ってのは助け合うものだ」と言われていたことを思い出す。

そうなのか。
家族ってものはそういうものなのか。

「それに、好きな人に対してそんなこと悩んじゃう貴女はとっても素敵な女の子だから大丈夫。むしろクレア君にはもったいない位かもしれないわ」

そう言ってケイトさんは微笑んだ。
私を安心させる為にケイトさんはそう言ってくれたのかもしれないが、私は別の不安に襲われていた。

『助け会う家族』というものを、私は知らなかった。






あの後、ケイトさんとココアを飲み干すまで談笑した。その後、来客用の寝室ではイブ嬢と話した。行方不明な兄が随分と気がかりらしい。決して模範的な人では無かったが、大切な家族だから見つけ出したいと。
イブ嬢の話が一通り終わると今度は私の話になった。何故ニューヨークに来たのか。ガンドールというマフィア屋さんとはどんな関係なのか。婚約者がガンドールの家族みたいなもので、結婚にあたって挨拶に来たのだと言うとイブ嬢は目を輝かせた。やはり、一般的な女の子はこの手の話が好きらしい。それから先程ケイトさんに話したような、クレアとの出会いとか、デートの話とか、どこが好きなのかという質問をされて赤面しながら答えているうちに二人して寝落ちした。

翌日、相変わらずケイトさんの手料理をご馳走になった。事務所が開くのは夕方だからそれまでゆっくりすればいい、というケイトさんの言葉に甘えて各々ゆっくりとくつろぐ。流石に食事の片付け位はさせて下さいと三人で進言したら、「じゃあ、お願いするわ」と任せてくれた。
片付けを終えてロイさんがイブ嬢に家に戻るよう促しているのをぼんやり聞きながら、部屋の最奥の窓際のソファに座る。
今朝からずっとクレアとの結婚のことを考えていた。ヴィクターさんのおかげで戸籍に都合がついたのでクレアとは入籍出来る状態にある。しかし、どうにも気が進まなかった。昨夜ケイトさんに相談にのって貰ったことで、私の中で益々クレアの『家族』になることへの不安が増していた。

「えーと、イブさんにロイさんですね?」

突然訪れたここにいるはずのない聞き覚えのある声に驚く。
声のした部屋の入口を見るとそこには分厚い眼鏡に髭面の男が立っていた。
髭眼鏡の男は私を見て少し驚いたようだったが、ロイさんが声をあげたことによって視線がロイさんに向く。

「お、おい、誰だよお前。ケイトさんは……ケイトさんはどうしたんだよ!」

狼狽えるロイさんの鳩尾に拳の鋭い一撃が加えられる。
私は聞き覚えのある声と見慣れない格好の組み合わせに混乱してその光景を呆然と見ていた。

「ロイさん!」

イブ嬢がロイさんに慌てて駆け寄ろうとする。

「逃げずに駆け寄るとは。いいお嬢さんだ」

そう言って軽く笑った髭眼鏡の男、もといクレアにようやく意識が追いついた。

「クレア?どうしたのその格好……?」

「……瑞樹こそ、こんな所で何やってるんだ?」

イブ嬢が戸惑った様子で私とクレアの間で立ちすくんでいた。


2017.09.12
拍手
すすむ