葡萄酒と運命19


「お会いできて光栄です。フィーロ・プロシェンツォさん」

東洋人の不死者はにっこりと笑った。

「知ってるのか俺のこと」

「ええ。噂はかねがね」

「噂?」

「不死者達は他の不死者の存在に敏感なんですよ。自分を殺せる相手ですからね」

なるほど。そりゃ確かにそうだ。
死なない身体になった不死者達が、自分を殺せる存在が増えたなんて恐怖以外の何物でもないだろうから、同類が増えたなんて情報は広がりやすいのかもしれない。

しかし、それなら尚更目の前の東洋人の存在が気になる。
自分の中にあるセラードの記憶を漁るが、こんな東洋人はあのアドウェナ・アウィス号に居なかった。

あの船の後に新たに不死になった者という事だろうか。
しかし、不死の酒の作り方を知っている人間は二人だけのはずだ。
一人は不死の醸造方法を秘匿とし、今は自分と同じ組で出納係をしている。彼の性格から考えて新たに不死者を増やす可能性は低い。
一人は俺が喰ってしまった。その記憶の中に、この東洋人は登場しない。つまり、あの爺さんが関与している存在ではない。

この二人以外で、可能性があるとするならば。

「巻き込んでしまってすみません、フィーロさん」

少し申し訳なさそうにした東洋人は持っていたライフルを元の形に解体していた。

「お前らなんで追われてたんだ。カタギの人間じゃないだろう。ここがマルティージョファミリーのシマだと分かってのことか」

怒気を含ませて糾弾するかの様に問うと東洋人は少し困った顔をした。

「すみません。逃げてるうちにマルティージョさんの所に来てしまったんですね」

「今回は見逃して頂けませんか?死体もすぐに後始末しますので」

東洋人の横に居た碧眼の男がぐっと眉間に皺を寄せた。
それにつられる様に俺の眉間を寄せる。

正直、別に見逃してやっても良い。特に組が損害を被った訳ではないし、どうやら彼らは別の組の者という訳でもないだろう。口ぶりからしてウチと敵対する気もないらしい。

しかし、敵意は無くとも、ウチのシマで勝手に暴れたのだ。落とし前、という程ではないがこのまま何もなく見逃すのも躊躇われた。
それに、あまりにも不可解な二人だ。

「二人とも不死者なのか?別行動を取っている仲間もか?」

「いえ、俺は不死者ではありません。他の仲間も普通の人間です。不死者はこの人だけですよ」

碧眼が首を横に振って質問に答える。
東洋人に目を移す。解体したライフルをバッグにしまい込んだ東洋人はどこにでもいる一般人と変わらなく思えた。

ここまで階段を駆け上がるのに息1つ乱さなかった事を思い出す。一般人にしては体力が有り過ぎる。
それに俺を庇った時の動きも早かった。

そうだ。コイツは俺を庇ったのだ。俺の事を知っていたのに。

「アンタ、俺が不死者だって知ってたんだろ。じゃあ、さっきなんで俺を庇ったんだ」

「……そう言えば、そうですね」

東洋人はきょとんとした顔をした。
なんというか、この東洋人はどこか呑気な雰囲気がある。警戒しているこっちの気が抜けそうだ。
碧眼も俺と同じ気持ちなのか、少し呆れながら東洋人を見た。

「瑞樹さん、同じ事を以前ラック・ガンドールにも聞かれてませんでした?」

「そうだっけ?よく覚えてるね」

「ラック?ラックと知り合いなのかアンタ等」

出てきた幼馴染の名前に思わず反応する。

「ええ。そりゃもう。お世話になってますから」

「俺達、一応ガンドールさんのシマで商売してるんですよ。ちゃんと許可も頂いて」

「アンタ等の商売ってなんだよ」

「武器の販売ですよ」

「婦人服店もやってます」

「……そっちは、ただの隠れ蓑だったんですけどね」

碧眼が溜息をつきながら東洋人をジト目で睨む。対する東洋人はにこにこと嬉しそうだ。
婦人服店に何かあるのだろうか。

婦人服店が隠れ蓑なら、武器の販売が本業という事になる。
今回、追われていたのはその本業関係だろう。
見られてはいけない取引を見られたのだろうかと見当をつける。

しかし、アイツ等の関係者となれば、軽率に銃を突きつける訳にはいかないだろう。見逃す口実が出来た。

「ラックはアンタが不死者だって知ってるのか?」

「ええ。知ってますよ」

「そうか。今回はラックに免じて見逃してやる。今後はウチのシマで厄介事起こすなよ」

「勿論です。ありがとうございます」

碧眼が気が抜けたのか重い溜息をついた。
なんとなく、東洋人はいつもこの調子でそれをフォローそているのがこの碧眼の男なんだろうなと理解した。

「結局、アンタなんで俺を庇ったんだ」

「なんでって言われても……。うーん。ラックさんのも言ったんですけどね、目の前に殺されそうになってる人が居る瞬間に、いちいち考えないですよ。不死者かどうかなんて」

そう笑った東洋人に、俺の肩の力が抜けた。

「それじゃあ、フィーロさん。助けて頂いてありがとうございました」

「礼を言われる程の事じゃない。自分が逃げるついでだ」

今度ラックに会ったらこの東洋人の事を聞いてみよう。
多分だけど、ラックは彼女の事を気に入っている。






***





「フィーロお兄ちゃんとエニスお姉ちゃんだよ」とチェス君に紹介された二人を、閉店後の店内に迎え入れて数分が経っていた。

「貴方がお店に来てくれるとしてもラックさんと一緒に来るかと思ってました」

フィーロさんに声をかけるとじろりと睨まれた。
フィーロさんは随分と居心地が悪そうだ。まぁ、ほとんどの男性はこの店に居心地の悪さを覚えるだろう。なにせ、婦人服店なのだから。

「お前マイザーさんやチェスとも知り合いだったのかよ。聞いてないぞ」

「そうでしたっけ?まあ、不死者同士なんですから、お互いの事を知っていてもおかしくはないでしょう?」

「そりゃ、そうだけどよ」

先に言っておけよな。というフィーロさんの視線はもうエニスさんに戻っている。

エニスさんは店にある服を珍し気に眺めていた。
シャーネがいくつか似合いそうなものを見繕って彼女に差し出す。エニスさんはそれを受け取ってしげしげと眺める。その繰り返しだ。

「あの淡いピンクのブラウスとかエニスさんに似合いそうじゃないですか?」

「……え?あ、ああ、そうだな」

ちらりと横眼でフィーロさんを見ると、少し戸惑ったように頭をかいている。

エニスさんの買い物に付き合ったりすることはないのだろうか。一緒に住んでいるのだから、買い物を一緒に行く機会なんて幾らでもあるだろうに。

この二人って結局付き合ったんだっけ?
記憶の中のアニメを思い出すが、確か明確な表現は無かった気がする。
フィーロさんの様子からエニスさんに好意がある事は明確だけれど。

一方、エニスさんは商品が陳列している棚の前で、呆然と立ち尽くしている。

この時代では珍しいというか奇妙と言われてもおかしくはない、パンツタイプのレディーススーツ。それはスタイルの良い彼女にはとても似合っていた。
逆に言えば、スーツ以外の服を着ているイメージが湧かない。多分、横の彼もそうなんじゃないだろうか。

フィーロさんって奥手そう。少なくとも手が早いタイプではない。それにエニスさんも積極的なタイプではないだろう。
むくりと私には珍しくお節介に近い好奇心が湧き上がる。

フィーロさんの側を離れてそっと彼女に近付いた。

「試着してみますか?エニスさん」

「え?」

声をかけて彼女の返事を待たずに試着室へ引っ張っていく。エニスさんは目を白黒させながら私に引きずられるがままついてきた。

「シャーネ、そこのキュロットスカートもお願い」

シャーネが頷いてくれたのを確認してエニスさんを試着室に押し込む。

「あ、あの……!」

「どうしました?」

「やっぱり、私にこんな服は……」

「とっても似合うと思いますよ」

言葉を遮って、シャーネが持ってきてくれたスカートを手渡す。

「着たら見せてくださいね」

何か言いかけたエニスさんをカーテンを引いて遮る。

「強引だね」

下からチェス君に声をかけられる。
ちょっと呆れている様に見えた。
マイザーさんはどこか楽しそうに黙って私達を眺めている。

ちょっといきなり過ぎたかな、と思うが、まあこの位のお節介大丈夫だろう。マイザーさんも止めなかったし。
それにこのままではエニスさんのウィンドウショッピングの終わりが見えなかったのだ。

何も買うことなく、ウィンドウショッピングを楽しむお客さんはよく居る。勿論構わないが、それは開店中のお話。閉店後のお店で長居されても正直困るのだ。

フィーロさんもフィーロさんで、彼女に似合う服を見繕う甲斐性は無さそうだし。このままでは埒が明かなそうなのを察した強硬手段である。

「あの……」

試着室からエニスさんがおずおずといった感じの声を聞き取る。

「着れました?」

「はい」

「失礼します」

声をかけて試着室のカーテンを開ける。

「思った通り、よくお似合いです」

にこりと笑った私にエニスさんは戸惑った様だった。

淡いピンクのブラウスと深いネイビーのキュロットスカートに包まれた彼女はパンツスーツの時とは印象がガラリと変わり、柔らかな印象が出てきていた。
そっと彼女の手を引いて、フィーロさんに見える様に試着室から連れ出した。

「ほら、フィーロさんもそう思いませんか」

「あ、ああ!凄く、よく似合って、る……」

エニスさんを見て一瞬面食らったフィーロさんの顔は赤い。そして彼の顔が赤らむに比例してその言葉は尻つぼみになった。

「あ、ありがとうございます」

エニスさんもどうしたら良いのか分からないといった表情だ。
まだまだ先は長そうな二人だなぁ。

「良かったらその服、そのまま着ていったらどうですか?」

「え?でも……」

「せっかくそんなに似合ってるんですから。ねえ、フィーロさん」

「お、おお!俺も良いと思う」

「だそうですよ、エニスさん。というわけで、フィーロさんお会計になります」

ぴろっと伝票を見せるとフィーロさんは三回ほど瞬きをした後、私の肩を掴み、ぐっと寄せて小声で抗議してきた。

「……高くないか、これ」

「新作なのでそんなものです。これでも安いって買ってくいく方多いんですよ」

「本当かよ。ぼったくりじゃねえのか」

「まさか。天下のマルティージョファミリー相手にそんな事する訳ないじゃないですか。それにエニスさんにとっても似合ってるでしょう。これだけの価値はありますよ。フィーロさんは女の人へのプレゼントをケチるんですか?さっき着替えたエニスさん見て赤面したのはなんだったんですか?」

「……お前、おちょくってるだろ」

「あの、フィーロさん。やっぱり、私には過ぎたものですので」

「え!?あいやそんなことない!似合ってる!凄い似合ってる!」

「まいどーありー」

私との小声談義の最中にエニスさんが遠慮がちに声をかけた事でフィーロさんが慌ててフォローしながら私にお札を押し付ける。
お会計に充分足りるそのお札を私は軽い調子で受け取った。勿論、お釣りはちゃんと渡した。

まんまと店の売り上げをたてた私にチェス君はあきれた顔をしている。

エニスさんが着ていたパンツスーツを畳んで袋に詰める。

「ありがとうございます」

未だに納得していない様な、戸惑った表情で袋を受け取ったエニスさんに、道は長そうだなと溜息をつきそうになる。

「……先程ちらりと見えたんですけど、首、何か怪我されてるんですか?」

「へ?」

エニスさんの言葉に心当たりが無く、首を傾げる。

ここの当たりです、とエニスさんが自分の首、ちょうど顎の裏辺りをなぞる。

自分でもなぞってみると、確かに何か傷跡の様なものの感触がする。しかも、それなりに大きい。
こんなところを怪我した記憶は無い。
気付かぬうちに擦ったのだろうか。にしても、こんなサイズの怪我を気付かないということは無いだろう。
それに、私は不死者だ。怪我をしても跡形も無く治る身体をしている。

「怪我っていうか、縫い跡じゃない?手術でもしたの?」

チェス君が下から見上げてくる。

手術と言われて、真っ先に思い浮かんだのはヒューイさんだ。
あの人の所に居た時に、実験の一環で身体にメスを入れられたことがある。
何より、あの人なら不死者相手に傷跡を残す手段を持っていてもおかしくはない。
麻酔で寝ていて起きた時には身体に何の違和感も無かったので、細かく自分の身体をチェックしたりはしなかったが、顎の裏なんて自分では絶対に見えないところに跡を残すなんて、ヒューイさんも人が悪い。

「昔の跡です。気にしないでください」

にこりと笑ってそう返すとエニスさんもチェス君もそれ以上詮索はしてこなかった。
店の外に出て彼らを見送る。シャーネは店の中で閉店作業を再開させていた。
歩き出した彼らの中でマイザーさんが振り返る。

「今日は急に閉店後に来てしまってすみません」

「いやいや。皆さんならいつでも大歓迎ですよ。ただ、あまりに遅い時間だと私がもう帰宅している事が多いので今日はすれ違いにならなくて良かったです。それに、本当はエニスさんに服を見繕うのが目的じゃなくて、私に引き合わせたかったんでしょう?以前、私にエニスさんがセラードが作ったホムンクルスだという話をしてくれましたもんね」

マイザーさんは頷いた。

「エニスさんは自分の兄弟というものに会ってみたかったそうです。だから、貴方がセラードのホムンクルスなら引き合わせたかったんですよ。結局貴方はセラードとは無関係との事でしたが。良かったら今後も彼女と仲良くしてください」

「ええ。是非」

マイザーさん!置いてきますよ!とフィーロさんの声がする。
私と話している間に三人はもう随分と離れていた。
マイザーさんは軽い挨拶をして彼らを駆け足で追った。





***





キースさんが高そうな万年筆をすらすらと動かして署名していくのをその場の全員が、なんとなく黙ったまま見守っていた。

ことりと万年筆が置かれてキースさんの署名が入ったものが差し出される。
クレアがそれを受け取った。

「しかし、お前がついに結婚かぁ」

ベルガさんが信じられないといった表情で婚姻届を見ている。

「本当に式は挙げないんですか?」

「俺は盛大に挙げたいんだが……。」

チラリとクレアが私を見る。
私は無言で首を横に振った。

式を挙げるには何かと準備が必要だし、元々そういうものを楽しむよりは億劫に感じるタイプなので思い切ってクレアに我儘を言ったのだ。
何より、式を挙げるには参列者が必要だ。「レムレース」の人達やガンドール、マルティージョの人達を考えると私とクレアの周りの人間関係は少々複雑過ぎる。
クレアは残念そうではあったが、私の珍しい我儘を承諾してくれた。

「瑞樹、もう一人の証人は誰にするんだ?」

クレアがキースさんに署名をもらった婚姻届を大事そうに封筒にしまった。



2018.05.21
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