葡萄酒と運命21


しばらくの沈黙の後、皆の内心を代表してスパイクさんが口を開いた。

「瑞樹さんよお、アンタ、俺たちの味方か?それとも敵か?」

「レムレース」の面々からの視線が痛い。
仲間を見殺しにした人間に優しい人などいないだろう。

私が浅はかだった。
どうせ離れる世界だから、と深く考えていなかった。
「レムレース」の構成員だった死体を見て気分が悪くなったりしたけれど、それは決して仲間を失った悲しみからではなかった。
単に、見慣れていない人の死と、無残にもぐちゃぐちゃにされた死体のグロテスクさに耐えられなかっただけだ。

だからクレアがフライング・プッシーフット号の中で「レムレース」の構成員を次々と殺している事を分かっていて止めなかった。

では、何故今は目の前の構成員達を受け入れるのか。
死のうが生きようが大して関心を抱かなかった人達を何故、仲間として行動を共にしようと思えたのか。

その答えはとてもシンプルなものだ。

「それは貴方達次第です」

「あぁ?」

スパイクさんが片眉を上げる。

「貴方達、シャーネを殺そうとしていたでしょう」

「……!」

ぐっと目の前の人達の眉間に皺が寄る。
返す言葉なんてないだろう。
だって、本当の事なんだから。

勿論、グースは私にシャーネを殺そうとしている事を話したりはしなかったけれど、残念ながら、私はこの世界に来る前から彼らが列車で何をするか、何をしようとしていたか知っていた。
「レムレース」の人達がシャーネを嫌っている事も、実際にこの世界でグース達と会話して肌で感じていた。
だから、「レムレース」は私の敵だと思った。

シャーネを嫌うなら、危害を加えようとするのなら、その人達は私の敵だ。

「貴方達がシャーネに危害を加えるのであれば、私は貴方達の敵です。ですが、貴方達がシャーネに危害を加えないのであれば、私は貴方達の敵にはなりません」

ゆっくりと目の前の仲間になった人達を見回す。

「とてもシンプルで分かりやすいでしょう?」

にこり、と笑う。

とてもシンプルで分かりやすい基準だ。
シャーネに危害を加える者は敵。
そうでないなら敵ではない。
ただそれだけの話。

目の前の面々はグースから離れ、私の指示に従った人達だ。その時点でシャーネを殺す計画から外れている。
だから目の前の彼等は敵ではない。

ただ、それだけの話。

「……そうだな」

数秒の沈黙の後、リアムさんが肯定した。
横に居たクロエさんが信じられないという顔をした。

「俺達が列車テロのどさくさでシャーネ・ラフォレットを殺そうとしてたから、アンタは俺達が殺されてるのを止めなくて、今は俺達がシャーネ・ラフォレットに危害を加える気が無いと分かってるから敵じゃないってことだろ。分かりやすくて良いじゃねえか」

「ちょっとリアム!」

クロエさんが咎める様に名前を呼ぶ。

「私達はたまたまこの子の旦那に殺されなかっただけで、一歩間違えれば私達はここに居なかったのよ!?それなのに許せるっていうの!?」

「そんなの、この人の旦那が居なくても同じ事だっただろ。列車テロを決行した時点で自分の身の安全なんて保障されてない。まさかテロをおこして皆無事でいられると思ってたのか?」

ぐっとクロエさんが黙った。

他の面々も黙っている。
リアムさんの言葉に反論が無いのだろう。

ずっと目が合わなかったリアムさんが初めて真っ直ぐに私を見た。

「シャーネ・ラフォレットに危害を加えないなら敵ではないということは、シャーネ・ラフォレットをむしろ守るのなら、敵どころが仲間になるって受け取ってもいいよな?瑞樹さん」

「……ええ。勿論ですとも」

リアムさんの言葉に私は頷いた。






***






「ミストウォール?」

「ええ。そこにティム達ラルウァも居ます」

店の奥で声を潜めて話す。
店頭ではリアムさんが接客している声が聞こえた。
相変わらず女性客の接客は苦手らしく、声がぐったりしている。

「お揃いってわけね。いつからニューヨークに?」

「……本当は数日前からニューヨークに居たんですが、コチラに接触してくる様子はありませんでした。ヒューイさんも今回の指示では瑞樹さんのことには一切触れてませんし。シャーネさんの事もです」

「だから報告しなかったの?」

「……すみません」

「別に怒ってるわけじゃないよ。理由を知りたかっただけ。今になって報告してきたのはクリス達がフィーロさんの家に泊まったから?」

「ええ。それもありますが……。ヒューイさんの今回の指示が……」

告げられた事実に血の気が引いた。





「ちょっと出てきます」

店頭のリアムさんに声をかけると、商品の並びを整えていた彼が手を止めた。疲れが顔に出ているのに思わず苦笑いしてしまう。

「何かあったのか?」

「ええ。ちょっと」

「ちょっと?」

私のすぐ後ろにルーカスさんを見つけてリアムさんが眉間に皺を寄せる。
先程リアムさんが接客したお客さんは商品を購入して、既に店を出ていた。店内には客は居らず、階上から聞こえてくるバニッシュ・バニーの三人の話声がやけに響いた。階上では、声が聞こえる三人とシャーネが商品を製造をしているはずだ。
リアムさんの後ろの窓を見ると、しとしとと小雨が降りだしていた。

「ルーカスも一緒に行くわけ?」

「ああ」

ルーカスさんが頷くとリアムさんは商品から手を離した。
明らかに私達の雰囲気がおかしい事に気付いている。

「リアムさん、シャーネをお願いします」

リアムさんが次の言葉を発する前に端的に告げる。

「シャーネ?」

突然出てきた名前にリアムさんが戸惑う。

「私達は今から少し出掛けてきますが、もしかしたら帰りが遅くなるかもしれません。閉店時間を過ぎても帰ってこなかったらシャーネを送って行ってもらえますか?」

「……分かった。俺達は仲間だもんな」

「ええ。勿論ですとも」

明らかに事情を聞きた気な顔をしているが何も聞いてこないリアムさんに内心感謝して、あの時と同じ言葉で肯定する。
この人は察しが良くて本当に助かる。

「どうしたの?」

声をかけられて振り返ると、今日は非番のクロエさんが店に降りてきていた。

「何かあったの?」

「ちょっと出かけてきます。シャーネをよろしくお願いします」

「シャーネ?」

クロエさんが状況を飲み込む前に、ルーカスさんと店を出た。
細かい事情を話すにはラルウァの面々はややこし過ぎる。
察しの良いリアムさんがいるので大丈夫だろう。

「ミストウォールに向かうんですか?」

「うん。私やシャーネが狙いじゃないなら無関心でもいいと思ってたけど、今回に限っては規模が多すぎる。フィーロさんと一緒ってのも気になるし」

上着の内ポケットからグローブを出す。裾にはナイフが仕舞ってあるのを確認する。
ラミアが居るなら戦闘になる可能性が高いだろう。
武器はあった方が良い。

ただ、私一人では心許ない。ラミアのメンバーと一対一なら勝てるとは思うが、一体複数なら到底無理だろう。
まして、今回はクリスがいる。
私が唯一敵わなかったクリスが。

「ミストウォールに行く前に家に寄っていい?」

「いいですけど……。まさか、」

「うん。クレアに来てもらう」

ルーカスさんが「本気かよ」と言わんばかりの表情をした。

2018.06.27
拍手
すすむ