葡萄酒と運命22


「一人で行かせて良かったんですか?」

目の前の彼に背後から声をかけた。
クレアの視線は彼の妻となる女性が出て行った扉に固定されている。
先程まで騒いでいたジャグジー達はいつの間にか庭に移動しているらしく、騒ぎ声が遠くに聞こえる。

声をかけることによって扉に固定されていた視線がこちらに向いた。

「良くはない。良くはないが……」

クレアは言葉尻を濁して肩を竦めた。

扉の向こうへ行った彼女は迷わず一人で外に出て行った。
街外れとはいえこのニューヨークでシャーネ・ラフォレットというたった一人の女性を探すのに瑞樹さんは一人でいいと断言した。
心当たりがあると言っていたが、もしその心当たりが外れていた場合、彼女はどうするつもりなのだろう。

余りにも迷いない断言だったので私は引き留めなかったが、目の前の彼は一度は「俺も一緒に探す」と引き留めていた。
彼としては一緒に行きたかったのだろう。例え、彼女の心当たりが合っていてもいなくても。

「心当たりがあるって言っても、人探しなんて人手が多いに越した事はないんだがな……」

どさりとエントランスにあるソファにクレアが腰掛けた。
長い脚を組み、背もたれに存分に体重をかける。
自分の弱視でも充分分かる位、自宅の様にくつろぐ姿に溜息が漏れそうになる。
クレアはこちらの視線などものともせず、出て行った彼女に思いを馳せてる。

「瑞樹にはもうちょっと俺を頼って欲しい。別に大して必要があるかは置いといて、「ついてきて欲しい」とか「一緒に行こう」とか言って欲しいんだよな。「とりあえず居てくれると安心する」とかさ」

珍しく、といっても彼とは数日前に知り合ったばかりだが、眉を下げたクレアは本当に落ち込んでいる様に見えた。
数日前の自信に満ち溢れた姿からは考えられない。

軽い溜息を吐きながら悩まし気に口元を手で覆う姿が妙に様になっている。
だがその姿も数秒後には消えていた。

「まあ、 言ってもらえるように俺が努力すればいいだけの話だ。これから夫婦になるんだしな。時間はたっぷりある。気長に頑張るさ」

何かを決意したクレアはかけたばかりのソファから勢いよく立ち上がると玄関の扉に手をかけた。

「どこ行くんですか?瑞樹さんの帰りを待たないんですか?」

「勿論、瑞樹の後をつけるのさ。ついてくるなとは言われてないからな」

また熱出されても困るし、とあっけらかんとした彼の背中を呆然と見送った。





***





「どうした?」

軽く息を切らせた私とその後ろに居るルーカスさんを交互に見てクレアは少し驚いていた。
本来なら夜に帰ってくる私が明るいうちに帰ってきた事は明らかに異常事態だったし、ルーカスさんが一緒に異例だった。
エプロン姿のクレアも察している様で、表情が険しい。

「あのね、ちょっと説明が難しいんだけど」

言葉に詰まる。
軽く駆け足で家まで帰ってきて、クレアにどう伝えるかを考えていなかった。
どこから話すべきか分からない。
ラルウァ達の事を話すべきだろうか。
それともヒューイさんの今回の計画の話をすべきだろうか。
しかし、それらは話すには些か時間がかかり過ぎる。

「とりあえず、ついてきて欲しいの。その、説明すると長いから話せないんだけど、殺しの仕事とか受けてる知人が居て、その知人が今ニューヨークに来てて、ちょっと大きな仕事をしようとしてるから、止めたくて。だけど、出来れば話し合いで終わりたいから、クレアの手を借りる事はないかもしれないけど、でも、一緒に来て欲しい。クレアが居てくれると安心する」

言葉につっかえながらもまくし立てる。
途端にクレアの顔がぱあっと綻んだ。

「勿論だ!!!」

「ひゃあ!」

がばぁっと効果音が付きそうな程の勢いで抱きしめられて思わず声を上げる。

「ちょっとコンロの火を止めて来るから待っててくれ」

満面の笑みで家の中に入っていったクレアを呆然と見送る。

「……なんであんなに飛び上がって喜ばれたの?」

「俺が知るわけないでしょう」

ルーカスさんがげっそりと疲れた顔で答えた。

2018.07.18
拍手
すすむ