クレアとの●●の話1


「じゃあ、これください」

「ありがとうございます」

試着した下着の購入を告げた来店客に笑顔で接客する。

当初は所詮隠れ蓑だし赤字でも構わないと思っていた婦人服店も趣味が高じて気が付けば黒字経営になっていた。
常連客も出来、売り上げは上々だ。

目の前にいる女性も常連客の一人だった。
よく下着を購入してくれている。

この時代の下着は伸縮性に乏しく、また、デザイン性は皆無だった。
記憶を頼りに元の時代のような下着を作ったところ、それが人気を博した訳である。

私の裁縫の技術はヒューイさんの記憶から拝借したものだ。
元の時代では裁縫なんて、ボタン付け位しかした事がなかったが、ヒューイさんの記憶を借用すれば今まで作ったことが無いものでも作れる事に気付いたのは、記憶をもらって間もなくの事だった。去年まで来ていた男物の服も、購入したものを自分のサイズに合わせて縫い直したものだ。
店を開くに当たって、布を買ってきて型紙を作り、一から自分で縫ってみればしっかりとした服が出来た。

そして、本来ならこの時代に無い伸縮性を富んだ生地はマイザーさんに手伝ってもらって開発した化学繊維だった。「繊維は専門外ですね」と言っていたマイザーさんだったが、やはり本来の錬金術師としての血が騒ぐのか、休みの日はこの店の地下に有る研究室に必ず来てくれて、開発を手伝ってくれた。

この時代の服は随分と動き辛い。衣服に使われる素材にほとんど伸縮性を持つものが存在しないからだ。私の時代では女性の必需品であったストッキングも、この時代にはない。
その上、女性はスカートを着ることが一般的である為、男性よりも更に動き辛かった。そこで、自分用も兼ねて伸縮性に富んだ素材の開発と、動きやすいキュロットタイプのスカートを作りだしたわけである。
ついでに、ほぼ無地しか存在しないこの時代の服に元の時代のような装飾を施した。

キュロットに関しては売り上げはあまり良くなかったが、その分伸縮性に富んだインナーや装飾に拘った下着は飛ぶように売れた。
あっという間に製品の製造が追いつかなくなり、手縫いを止め、電動ミシンを購入した。店番を嫌がっていた男性陣にミシンの使い方を教えて製品の製造に専念させ、販売枚数を増やした。
とはいえ、ブラジャーなどは未だに私の手縫いだが。

「あの、店長さん」

「はい」

急に声をかけられ、はっと我に返る。
接客中の来店客を見ると何か言いたげに私を見ていた。
下着を包んでいた手は止まっていなかったはずだが、何か不審な点があっただろうか。

「あの、変なことを言うんですが……、私、店長さんにお礼を言いたくて……」

「お礼?」

首をかしげると、目の前のお客さんは言いづらそうに数秒迷った後、そっと私に耳打ちしてきた。

「ここの下着を購入してから、その、夫との行為が増えたんです」

行為、という単語に身体が固まる。

「ここの下着、とても可愛らしいでしょう。夫が珍しがって関心を示したのを切欠に思い切って誘ったんです。特に子供が出来てからめっきりでしたから、もう一生このままかもしれないと悩んでいたんですが……。」

恥ずかしそうに、でも嬉しそうに話す女性に、笑顔のまま接客を続けた。

頭は他の事でいっぱいだったが。







「まだ作業してたの?」

声をかけられてレジカウンターから顔を上げる。

「こんな遅くまで居て、アンタの心配性な旦那は大丈夫なの?」

「月末は色々処理があって遅くなるって事前に言ってあるので大丈夫です」

「……ふーん」

つまらなそうに相槌を打ったのはクロエさんだった。
既にシャワーを済ませたようで、髪が濡れている。

一応、この店はガンドールファミリーの管轄にある。だから、毎月売上の一部を上納金としてガンドールファミリーに納めなければならないのだ。
今はその為の月末処理をしている最中だった。

もっと言えば、開店資金を貸してくれたのもガンドールの三兄弟だった。
ガンドール兄弟には、「レムレース」の人達が住む場所が無く、ほぼ無一文なのでお金を借りに行ったのだが、結果的にこの建物をほぼタダ同然で貸してくれている。
更にベリアム議員からの仕事の存在は伏せて、爆薬や銃を開発してそれを売る商売をすると伝え、それをガンドールの管轄で行っていいかという許可を取ったことによって開店資金を得る。
許可を取り来た私に「構いませんが、裏の社会で商売をするのなら何らかの隠れ蓑は用意した方がいいですよ」とラックさんが助言してくれたからだ。

今はベリアム議員からの仕事も増え、また、化学繊維と平行して開発した爆薬や銃はベリアム議員の伝手でよく売れていた。因みに爆薬についてはチェス君が開発を手伝ってくれた。

副業の売上も相まって、借金は当初の予定よりかなり早く返せている。借りる時に「うちの利子は高ぇぞ」と笑ったベルガさんも驚く早さだ。

「どう?売上好調?」

クロエさんが売り上げをまとめた帳簿を覗き込む。
その拍子に私の眼前にクロエさんの豊満な胸元からちらりとブラジャーが視界に入ってきた。
クロエさんは寝る時も着ける派なのかと見つめる。彼女が着けているブラジャーはこの店の商品と同じ、私が手縫いしたものだった。
ふと、昼間のお客さんに言われたことを思い出す。

「……クロエさん、変なこと聞いてもいいですか?」

「変なこと?」

帳簿から顔を上げたクロエさんの顔に濡れた髪がかかる。その色っぽさにじんわりと劣等感が滲み出た。

「クロエさんって彼氏とかいた時どの位の頻度でセックスしてました?」

「………………………………は?」

たっぷりと間を開けて声を上げたクロエさんに、思わず顔に熱が集まる。

「いや、その、今日お客さんに言われたんですよ。うちの下着のお蔭で旦那とのセックスレスが解消されたって。それで、アメリカ人のそういう事情ってどうなのかなって、気になって……」

慌てて弁明するが余計に墓穴掘っている気がして視線を右往左往させる。

「ああ、アンタの作る下着可愛いもんね」

自分の胸元を覗き込んで私手製のブラジャーを見つめ、納得したように頷く。

クロエさんはしばらく沈黙してから

「そんなの、アンタの旦那に聞けばいいじゃない」

と正論を言った。

「いや、それはごもっともなんですけど、その、あの人には非常に聞きにくくて……」

「なんで?実際にしてる相手の方が聞きやすいでしょ」

「あ、いや、……その」

「なによ。はっきりしなさいよ」

顔に更に熱が集まるのが分かったが、クロエさんは逃がさないとばかりにぐっと顔を近づけてきた。

「……したことなくて」

「は?」

「だから、したことないんです。クレアと。まだ」

「はあああああ???」

クロエさんの声の大きさにぎょっとする。

「したことないって何!?夫婦でしょ!?結婚してからもう四ヶ月は経ってるじゃない!っていうか、結婚前にするもんでしょ普通!!!」

「声が大きいです!」

慌ててクロエさんの口を塞ぐ。
上の階にいる人達が降りてこないかと数秒様子を伺ったが、誰も来ていないようだった。
ほっとしたのもつかの間、がしっと腕を掴まれた。

「どういう事よ。説明しなさい」





「はあ〜〜〜〜〜〜???同じベッドで寝ても手を出してこないなんて実はそいつホモなんじゃないの」

嫌悪感たっぷりに吐き捨てたクロエさんに肩身が狭い思いがして縮こまる。
クロエさんは元々クレアの事を毛嫌いしている。仲間を殺した相手なので嫌うのは当たり前だ。止めなかった私にも責任はあるので強く言い返せない。
それにしてもホモって差別用語だった気がする。自分の旦那に差別用語を使われてはあまり良い気はしない。

「ゲイではないと思うんですけど……。その、私に「愛してる」って毎日馬鹿みたいに言いますし……。」

「騙されてるんじゃないの」

ばっさりとした物言いに思わず閉口する。
クロエさんの言いたい事を我慢しない正直なところは割りと好きだったが、今回ばかりは心にダメージは免れない。

でも、騙されてる訳ではない、と思う。
クレアは正直な人間だ。基本的に嘘はつかない。だから、ゲイではないし、私のことを愛してくれているのも本当だ。
しかし、それなら何故、私に手を出してこないのだろう。
目の前で頬杖をついているクロエさんを見ると胸元からしっかりとした谷間がのぞいていた。

「よ、欲情とか、しないんですかね。私が欧米人のような身体つきでは無いからとか……。」

自分の胸を見る。悲しい程に平らだった。
クロエさんも私の胸をちらりと見て言い放った。

「まぁ、幼児体型ではあるわね」

幼児体型、というパワーワードに固まる。
三十路近くなった身でありながら、幼児体型。いや、十代に間違えられたり、そもそも男のような格好をしていたので分かってはいたが。悲しい。若くはない、というか認めたくはないがそろそろ「おばさん」に分類されてもおかしくはない歳なのに幼児体型。我ながら何の魅力も無い女だ。何が悲しくてこんな女と結婚するのか。

「ちょっと!本気にするんじゃないわよ!」

パワーワードに凹んでいる私を、クロエさんがばしっと肩を叩いてきた。

「体型の違いはしょうがないでしょ!人種が違うんだから。そこを気にするような男ならそもそもアンタと結婚しないわよ!」

クロエさんは元気づけようとしてくれているらしいが、先程の幼児体型という言葉は私の頭の中でぐわんぐわんと響いていた。

「自信持ちなさい!アンタは美人だし、仕事も出来るし、一途だし、何より強いし、その辺の女よりずっと魅力的よ!」

「ハハハ……。」

元気づけようとする余り、クロエさん無理のあるフォローに乾いた笑いが込み上げる。
強いって、女としての魅力的ではないでしょ。

「何してるんですか?」

階段から降りてきた声に見上げるとリズさんがいた。

「リズ!ちょうどいいわ。アンタもちょっと話に混ざりなさい!」

「何の話ですか?」

「瑞樹と旦那のセックスレスの話よ!」

だから声が大きいってば。


2018.01.01 拍手より加筆修正の上掲載
拍手
すすむ