クレアとの●●の話9


「まあ、そりゃありますよ。さっきも言いましたけど、ここには経歴に問題のあるやつしか居ないんですよ。特にリアムは、さっき本人も言ってましたけど、女が嫌いですからね。女の瑞樹さんから急に突っ込まれた質問されたくはないでしょう」

「そっか……ごめん」

「いや、俺に謝られても」

「うん。後で本人に謝りに行くね」

階下に降りて行くと開店作業をしている声が聞こえる。今日の店番は、誰だったか。
確か私とリズさんとルーカスさんだったはずだ。
2人の事情を知った後だとなんか気まずいシフトだ。

「素直ですね」

「え?」

「いえ、貴方が謝ったりする姿をあまり見た印象が無いものですから。前から思っていたんですけど……」

言葉を切ったルーカスさんを振り返る。
ルーカスさんは階段の途中で立ち止まって私を見下ろしていた。

「変わりましたよね。この世界に来た当初の貴方とは随分と。それは旦那さんになったあの男のお蔭ですか?」

「……クレアの?」

急に出てきた名前に驚く。
ルーカスさんはクレアの事を好いていないので話題に出てくる事は珍しい。

「あの人と出会う前の貴方は、強気で頑なで、それなのに何かに怯えてる様な、それでいて全てを諦めた様な顔をしてましたよね」

「……そんな顔してた?」

ルーカスさんの眉間に皺がぐっと寄る。

「してましたよ。俺から見てですけど」

とんとんっと軽い足音でルーカスさんが私を追い抜いていく。

確かに、そうかもしれない。この世界に来たばかりの私は怯えていたし、諦めていた。
だからこそ、悪魔の甘言に乗ったのだ。

まあ、そのお蔭で今があるのだから感謝しなくてはいけない。
あまり自覚は無かったけれど、私は確かにクレアと出会ってから前向きになった。特に、ニューヨークに来てからは、この世界に留まる決意も固まった事もあって社交的にもなった。
感謝しなくてはいけない。悪魔にも。クレアにも。私についてきてくれたルーカスさんやほかの皆も。
それからあの赤目のホムンクルスにも。






「瑞樹さん、お昼買ってきてくれませんか?」

お昼頃、店が空いたタイミングでお昼休憩に入ろうとした私にリズさんが財布を渡してきた。

「いつも昼食を用意してくれるクロエさんは寝込んでますし、朝食は各自で用意させましたが、昼食まで料理が不慣れな人間達で用意するのは効率が悪いです。出来合いのものを人数分買ってきてください」

「分かった。お店頼むね」

リズさんから財布を手渡される。
この家に住んでいる人達の食費がまとめて入っている財布は少し重かった。

「一人で行かせんの?」

鞄を持った私が外に出ようとするとルーカスさんの声が聞こえた。

「今日は出勤している人も最低限ですし、非番の人はリアムさん以外、外出から帰ってきてないでしょう。リアムさんに彼女の同行は頼めませんし、同行出来る人がいません」

扉に伸びていた手を戻して店の裏に戻るとリズさんとルーカスさんが話していた。

「あの、私一人で大丈夫ですよ」

「アンタ一人だとぼったくられるでしょう。……リアム呼んでくるので待っててください。アイツほど買い物に適任なヤツはいませんから」

「えっ、でもリアムさんは……」

「いくら女嫌いでも荷物持ち位は言えばやりますよ」

ルーカスさんは不機嫌そうに階段を上がっていく。

私が街で暴漢に絡まれても返り討ち出来るようになって久しい。
大陸横断特急での戦闘や、その直後のガンドール関係のいざこざで、自分の護身術に自信がついてからは、そういう場面での自衛に暴力を使う事に躊躇が無くなっていた。

だが、暴漢は返り討ちにするのと、東洋人に法外な値段を吹っかけて来る商人を返り討ちにするのは訳が違う。
口が上手く、東洋人に高圧的な商人と交渉するのは骨が折れる。殴った方が早いんじゃないかと思った事が無いわけではない。
しかし、商人からは商品を売ってもらわなければならないし、暴力で解決していてはいずれどの商人も私を避ける様になるだろう。

だから、私はニューヨークに来ても相変わらず買い物を一人でした事がほとんど無い。
西洋人と一緒なら吹っかけてこられる事もないのが分かっているので誰も私を一人で買い物に行かせようとしないのだ。

だから、今回の買い出しに関しても同行者は居た方がいいだろう。
ルーカスさんの判断は正しい。
ヴィクターさんに行ったら「まだお世話してもらってんのか」と言われてしまいそうだ。

リズさんとぱちりと目が合う。

「すみません、気が利かなくて」

「あ、いえ、私こそ、すみません。一人でおつかいにも行けなくて」

「それは貴方が悪い訳ではないでしょう。むしろ偏見を持っている私達アメリカ人の問題です」

「……リズさんって、ルーカスさんにも敬語なんですね」

「え?」

私の唐突な言葉にリズさんが戸惑った様に瞬きをした。
とんとんと足音が下りて来る。
不満気な顔を隠そうともしないリアムさんが階段から現れた。

「すいません。せっかくの休日を邪魔して」

「……別にアンタは悪くないだろ」

リアムさんはリズさんと同じ言葉を投げて寄越した。

2018.06.27
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