クレアとの●●の話10


「もうちょっと位下げれるだろ!」

「おにーさん勘弁してよ〜」

ルーカスさんが言ってた『アイツほど買い物に適任なヤツはいませんから』ってこういう事だったのか……。

まあまあ大きな声で店の商品を値切ってるリアムさんの少し距離をとって見守る。
食料品なんてそれぞれは大した値段じゃないのだから値切る必要は無いと思うのだが。止めようとしたけれど振り切られてしまった。

店の前を通る通行人がちらちらと店内を覗きこんでいる。
ちょっと恥ずかしい。

暫くするとようやく話がまとまったようで、店主が大きなため息をつきながら商品を袋に詰め始めた。

「あ、リアムさん」

袋詰めを待つ間に店内で待っていたリアムさんのポケットに突っ込まれた腕を掴む。

「駄目ですよ」

ポケットから出てきたその手にはお会計を済ませていない商品のお菓子があった。

「店主さん、こっちもお願いします」

袋を閉じようとしていた店主に、リアムさんから取り上げた商品を渡して会計を済ませる。
当初の予算より随分と少ない金額を支払った。

「……別に買わなくてよかったのに。欲しかったわけじゃない」

「そうなんですか。でも盗むのはダメですよ」

リアムさんの盗み癖は以前クロエさんから聞いていた。
クロエさんが「リアムのクソ野郎!育ちの悪さが出てるのよ!!!」と大声で話していた時の事はそうそう簡単に忘れられない。

リアムさんはきちんとした家で育っていないそうだ。
きちんとした家でないというのは、ご両親が変な仕事をしていたとか虐待されていたとか、そういう事ではなくて、そもそも家が無かったという事だ。

彼は物心ついた時から親がおらず、スラム街で育ったらしい。
幼い彼が働く術など持つはずも無く、日々盗みで生計を立てていた。だから、彼は読み書きも満足に出来ない。ただ、それを補う様に頭の回転は速い。
きっと、きちんとした家できちんとした教育環境があればもっと凄い人になっていただろう。

スラム街で育った彼は、呼吸を行う様に窃盗を遂行するし、必要があれば周りの人間にばれずに速やかに殺人を行う。
ベリアム議員からの仕事で彼は非常にその能力を発揮していた。
今のうちの主戦力と言っても過言ではない。

店主にお代を支払って、商品が入った袋はリアムさんが受け取った。
店を出る頃には先程まで店を覗いていた通行人達は居なくなっていた。

「結構多めに買っちゃいましたね」

「大分下げてくれたしな。頑張ったなあのおっさん」

値下げを要求した本人があっけらかんとした様子なのがおかしくてつい笑みが零れる。
リアムさんが盗もうとして私が取り上げて会計したお菓子を、リアムさんは早速開封して口に含む。
美味しそうなパウンドケーキの一切れをリアムさんは黙々と咀嚼する。なんだか小さな子供みたいだ。

「リアムさんって結構甘いもの好きですよね」

「そうか?」

「ええ。よく食べてるのを見かけます」

「……昔食いたくても食えなかったから今でも見るとつい手が伸びるんだよな」

話の流れがリアムさんの育ちの話に流れていきそうになって「そうなんですか」とだけ相槌を打つ。
ここで「スラム街で育ったんでしたっけ」と返せる程私は彼と親しくない。

「……アンタってなんで不死になったんだ」

「へ?」

「いや、アンタ、俺の盗み癖咎めないし、だけど許しはしないし。育ち良さそうだなって思って。でも、育ち良いなら不死なんて望む理由が分かんねえなって」

「育ち良さそうですか。私」

リアムさんがパウンドケーキの最後の一口を口に押しこみながら頷く。
別に普通の育ちだと思うけどな。
両親は離婚していて母は仕事でほとんど家に居らず、私は祖母に育てられた様なものだ。
決して裕福ではなく、進学するのにかなり嫌な顔をされた記憶は強く鮮明だ。

「私は不死になりたかった訳じゃないんですよ。ただ、手段として不死を与えられただけです。望んで手に入れたものではありません」

「……ふーん」

ごくりと、ケーキを飲み込んだリアムさんは納得してなさそうだった。

「不死が手段になる目的ってなんだよ」

「……人探しです」

「人探し?」

彼が訝し気に片眉を上げた。

「死なない身体が必要な人探しってどんなヤツ探してるんだよ」

「……探してた人というか、そこに辿り着くまでが危なくて。でも、もう、人探しはやめたんです」

「はあ?やめた?不死になってまで探してたヤツだろ?それこそ死んでも見つけ出したかったんじゃないのかよ」

「私が探してた訳ではないんです。人に頼まれて交換条件で探してたんです」

「交換条件?不死と人探しを交換してたのか?」

「違いますよ。不死はあくまでも手段です」

「じゃあ何を交換してたんだよ」

「聞いてどうするんですか?」

ハッと我に返る。
思ったより声が出てしまった。
無意識に下がっていた目線を上げるとリアムさんは少し驚いている様だった。

「悪い」

こちらが取り繕いの言葉を発する前に目の前の彼は謝罪を口にした。

「聞き過ぎたな」

「えっ、いや、こっちこそすみません……」

「いや。完全に好奇心で聞いてた。無遠慮だったな」

「え、いや……」

あっさりと引かれて戸惑う。
確かに根掘り葉掘り聞かれたい話では決してない。
というか、多分この世界の誰に聞かれても話す事はないだろう。
ルーカスさんでも、シャーネでも、それが例えクレアでも。

でも、なんか、そんなあっさり引かれる拍子抜けする。
こちらは決して話すものかと頑なに拒否をする準備が出来ていた事を、その準備が無駄になってしまった。
そういえば、この世界に来て、真っ向から聞いてくる人はいなかった。
私がこの世界に来た理由を。目的を。

「……」

「……」

気まずい沈黙が流れる。
そういえばリアムさんとこんなに沢山話したのは初めての事だ。
ルーカスさんや男性達と話している光景を見ても、自分とこんなに話してくれる日が来るとは思わなかった。
それなにこんな、なんか気まずくなって申し訳ない。

がしがしと隣でリアムさんが頭をかいた。

「俺さ、妹がいたんだよ」

2018.08.13
拍手
すすむ