君との約束1 偽りのギアス


クロヴィスが死んだ。

見知った通路を歩いて行く。
足取りは早く、迷いが無かった。
辿り着いた扉を開ける。
そこには『特別派遣嚮導技術部』と記してあった。
部屋へ入っていくと見知った顔がいた。

「スザクくんが無実だって私達は知ってるのに」

「法廷が僕等の証言を取り上げないって決めたんだ。仕方ないよ」

「でも……。」

「ねえそれって博愛主義?人道主義?」

「こんな時に言葉遊びですか!?」

「他にやることある?君だって知ってるでしょ、こういうケース。サミットであの人とも連絡取れないし、もう諦めるしかないよ」

「諦めるのはまだ早いんじゃないか?」

会話に割り込むように入っていくとセシルが大きく目を見開いた。

「で、殿下!?何時お戻りに!?」

驚いているセシルに普段なら他愛もない会話に応えるところだが、今はそれどころではなかった。

「ロイド、セシル。お前らに聞きたいことがある」






「というのが僕等の知ってる範囲ですかねぇ」

独特な語尾で説明されたあの日の様子を反復する。
私が‘見た’ものと大方一致するその内容に溜息が漏れた。

─────クロヴィスが、クロヴィス兄様が、死んだ。
─────それが悪い夢ならどれほど良かっただろうか。

「ユリアナ殿下、大丈夫ですか?」

ふと、いつもの間延びした声ではない重い声で問いかけられる。
違和感に顔を上げると、ロイドがのぞき込む様に私の顔を見ていた。

「隈が酷いですよ」

そっと目の下を労るように優しく撫でられる。
どうやらこの男にも人並みの優しさがあったらしい。
珍しい優しさに弱音を吐きそうになるのをぐっと堪える。
弱音を吐いてる場合では無い。

「私が渡したものは役に立ったようだな」

急な話題転換だったが、ロイドは気にした素振りも無く嬉しそうに目を細めた。

「殿下のおかげで得難いデバイサーに出逢えましたよぉ。でも、今純血派によって捕らえられてテレビ中継されながら護送されちゃってます。彼はクロヴィス殿下が亡くなった時ランスロットに乗っていたから犯人のはずかないんですけどねぇ。純血派は取り付く島もなくて」

「それなら問題ない。今夜の裁判で彼は無罪になる」

「おや、副総督のお力を持って彼を助けてくれるんですかぁ?」

「犯人ではない人間を裁くのなんて経費の無駄だ。全くジェレミアも余計な事をしてくれる」

「おやおや」

わざとらしく溜息をつく私に、ロイドは楽しそうにくすくすと笑う。
セシルはほっと安心した様に息をついた。

「ああ、それから私は副総督の任を降りることになった」

「そうですかぁ。後任はどなたに?」

「コーネリアとユーフェミアだ」

「ユリアナ殿下は?本国にお戻りになるのですか?」

「いや、私はここに残る。機密情報局としてな」

「機密情報局?皇帝陛下直属の組織がここで何を?」

瞼を閉じる。
あの時‘見た’光景を脳内で反芻する。
ゆっくりと深呼吸をしてから瞼を開ける。
瞼を開けてそこにあるのは現実だ。

─────悪い夢ならばどれ程良かっただろうか。

「…………それは」

「殿下!」

セシルがノートパソコンを持って慌てて駆け寄ってくる。

「中継を見てください!」

そしてゼロが現れた。






***






「こうして話すのは久しいな、ジェレミア」

「殿下……」

デスクに座った私の前で跪き頭を垂れているジェレミア・ゴットバルトは比較的長い付き合いだ。
私が住んでいた宮廷の護衛時代からの付き合いであり、優秀で忠実な軍人だった。
その軍人は今眉を下げ冷や汗を流している。見てるこっちが可哀想な程の動揺っぷりだ。

「分かっております。馬鹿なことを言っていることは……。しかし、真実なのです。本当に、本当に覚えていないのです。クロヴィス殿下を殺したあの男、枢木スザクを見逃した事を覚えていないのです。殿下、どうか、どうか信じてください。このジェレミア・ゴットバルト、嘘を殿下に申し上げた事など一度たりともありません」

「……。」

クロヴィス殿下を殺した男、ね。
昨夜の裁判で覆されたその事実すら飲み込めていないジェレミアを見下ろす。

ジェレミアは優秀で忠実な軍人だったが、忠実過ぎるのも問題だなと思う。
枢木スザクを取り逃がした事よりも、枢木スザクを犯人に仕立て上げた事の方が私としては問題なのだが、純血派の彼には理解しがたいだろう。

枢木スザクがクロヴィス兄様を殺害した犯人ではないことを知っている。
それはロイドに話を聞く前から。
‘見て’いたから。
私は兄様を殺した男をはっきりと‘見て’いる。

ただ、私が‘見て’いたことは知られてはいけない。
この能力は、このギアスは誰にも知られてはいけないのだ。

「ヴィレッタ」

「はっ」

「お前も覚えてないんだったな」

「……は、あ、ええ。私はクロヴィス殿下が亡くなった日ですが……。気が付いたらナイトメアを失っていました。その前後の記憶がありません」

「バトレーも同じ事を言っていたよ。覚えてないと」

ジェレミアがはっと息をのんだ。
彼はクロヴィスの遺体と共にいたバトレーに対して「つまらない言い訳を」と咎めたらしいが今正に自分がその立場になっている。
そう。クロヴィスが死んでから今までに「覚えてない」と主張する者達が多すぎる。

『決まりだね』

私のデスクにあるモニターから声がした。
会話に割り込んできたそのモニターを見る。
ジェレミアとヴィレッタもモニターを見た。2人からはモニターの裏側しか見えないけれど、音声は聞こえる。

「決定的証拠があるわけじゃない」

『じゃあユリアナはクロヴィスがどうやって殺されたと思うんだい?厳重な警備を掻い潜ってブリタニアの皇子を殺せる力が他にあるっていうのかい?その上、それに関わった者達から記憶を消せる手段に心当たりがあるって?』

「…………それは、無いけど」

『あのゼロと名乗る者がギアスを持っていれば、すべて説明がつくだろう?なんたってCCがそのエリアにいたんだから』

「……やっぱ怒ってるだろ、VV」

モニターの中のVVがからかうように笑う。

『君を怒ってるわけじゃないよ。だって君は知らなかったんだろう?クロヴィスがバトレー達と密かにCCの研究をしていただなんて』

そう。知らなかった。
クロヴィスがCCを捕らえていたなんてことは。
そしてバトレー達とCCの研究をしていたなんて事は。

いや、それは嘘だ。

本当は知っていた。
‘見て’いたから。
だけど、それをVVに知られてはいけない。
私が‘見る’ギアスがある事は。
知られてはいけない。
私が私の目的を果たすまでは。

だから私は嘘をつく。

「ユリアナ殿下」

ジェレミアが戸惑った声で私を呼ぶ。

「ああ、悪い。お前達には訳の分からない話だったな」

「殿下、ギアスとは……?バトレーが何か知っているのですか……?」

「ああ、それなんだが……」

『見せてあげればいいじゃない。君のギアスをさ。どうせ今日で純血派は解体されて2人は機密情報局の一員になるんだ。ギアスの知識を与えたって構わないよ』

「私達が機密情報局に……?」

ヴィレッタが目を見開く。
出世欲の塊である彼女の欲が、その顔にはにじみ出ている。
機密情報局に所属することが彼女の思い描く出世とは少し違うと私は思うが、皇帝陛下直属の組織とは一般的には大出世なのだろう。

小さく溜息をついて、目の前に跪く2人を見据える。

そして私のギアスを発動した。

私の身体全体がじんわりと赤みを帯びる。
そして頭頂部から徐々に、まるで薄いタイルが剥がれていく様に、私は姿を変えた。

「……これは、」

ジェレミアとヴィレッタが目をしばたかせる。
彼らの目には私の姿がジェレミアに見えているだろう。

「これが私のギアス。対象を思うがままの姿にする事が出来る。見た目だけではなく、声や触った感覚すらも偽造できる。ギアスとは人ならざる力だ。それは手にした人間によってその能力を変える。私は姿を偽るギアスだが、あのゼロという男がギアスを持っているならば、そのギアスが人を意のままに操り、記憶を消すギアスなら、お前達やバトレーの行動も説明がつく」

ジェレミアの姿と声のまま説明するが、2人とも口を開けたままだ。
まぁ、突然こんなものを見せられても状況を飲み込めないし、信じられないだろう。

『じゃあバトレーとそれからジェレミアは成田の研究所へ』

「……分かった」

『ちょうど良かったよ。適切な人材が手に入って』

モニターの中でVVは不敵に笑う。
状況についていけないヴィレッタとジェレミアは呆然としている。
ギアスをといてユリアナとしての姿に戻り、モニターの中のVVに向き直る。

「CCは私が探し出して捕らえるよ。知らなかったとはいえ私が統治するエリアで起こった出来事だ。その為の機密情報局だろう」

『そうだね。頼んだよ。恐らくゼロはCCからギアスを与えられている。ゼロを捕らえるのがCCを探し出す近道なんじゃないかな』

「分かってる。しかしどこの誰とも分からないゼロを捕らえるのは時間が……」

「あの、」

ヴィレッタに声をかけられてモニターから視線を戻す。

「おそらくですが、私はゼロか、もしくは彼の協力者見ています。それは学生でした」






***






「ユフィ!」

名前を呼ぶと彼女は振り返った。
私の顔を見つけてぱぁっとその顔を綻ばせる。

「ユリアナ!」

こちらに駆け寄ってくる身体を両手を広げて迎えると勢いをつけて胸に飛び込んでくる。
私よりも長身の彼女が勢いを乗せてくるのはなかなかの物理エネルギーだったが、一応軍人と同じように鍛えているため難無く受け止める。

「どこに行っていたんだユフィ。皆血相を変えて探していたぞ」

「ごめんなさい。どうしてもこの目でエリア11を見ておきたくて」

「それは良い心意気だけどな。お前についていた兵士達の気持ちにもなってやれ。アイツ等が日本人なら切腹してる」

護衛対象が行方知れずなんて軍人失格だ。ましてその対象が皇女殿下だなんて彼等も生きた心地がしなかっただろう。
比較的早い段階でロイドから私に連絡が来たから大事にはならなかったのだけれど。

「日本人と言えば、今日エリア11を案内してもらった人がいるの!枢木スザクさんよ」

全く悪びれの無いユフィにコーネリアの日頃の気苦労を察しながら、ユフィが指した方向を見る。

そこには1人の男が跪き、頭を垂れていた。

その頭は栗色のあっちこっちに跳ねた髪で、伏せられたその瞳は綺麗な青葉の色をしている。
昨夜テレビ中継を受けながら護送されていた枢木スザク本人だった。

「枢木スザク」

「はっ」

「私の姉が世話になったな」

「………………姉?」

上げようとされなかった頭が上がり、枢木スザクは目を見開いた。
ぽかんとした枢木スザクと数秒間見つめ合った後、1つの結論が出てくる。
振り返ってユフィを見た。

「ユフィ、お前……」

「ちゃんとした自己紹介、まだしてないんです!」

てへっと効果音でも付きそうな顔で笑ったユフィに頭が痛くなりそうだった
2019.03.30
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