君との約束2 再会 「このコンブチャ?お茶っていうよりスープみたいね。美味しい」 「口に合って良かった。日本の特殊なお茶なんだよな、枢木」 「は、はぁ……。」 「梅肉が入った梅昆布茶っていうのと、椎茸茶ってのもあるぞ」 「色々あるのねぇ」 昼間の出来事の詳細を聞くために2人を私の執務室に連れてきた。 コーヒーでも出すかと思って湯を沸かしたが、経費節約のためこの部屋にはインスタントしか常備してなかった。 私はともかくユーフェミア皇女殿下にインスタントの、しかもお徳用パックのコーヒーを飲ませるのはいかがなものかと思案し、結局コーヒーではなく貰い物の風味茶の詰め合わせを開封した。 ユフィは初めて見る日本の風味茶に興味津々だ。 その隣に座っている枢木スザクは緊張した面持ちで昆布茶を啜っている。 どうして自分が2人の皇女に挟まれているのだろうという顔だ。 それでもユフィが話す出来事に適切に補足を入れてくれて随分と話が分かりやすかった。 「学校?」 「そう。スザクってまだ17歳でしょ?それなら学校に行くべきだと思うの」 「殿下、自分は軍人ですから」 ユフィの突飛な提案に枢木スザクは戸惑いながらやんわりと断る。 至極真っ当な事を言っている枢木スザクを横目に私の頭ではヴィレッタの言葉を思い出していた。 「…………ユフィ、それはいいかもしれない」 「は?」 まさか私が賛成するとは思わなかったのだろう。枢木スザクが素っ頓狂な声を上げる。 その枢木の肩をがしっと掴んだ。 「枢木!!!」 「は、はいっ!」 「学校に行こう!!!」 *** 「なんで僕ここにいるんだろ……。」 ぽつりと呟いた言葉は誰にも拾われることなく空へ消えた。 当然だ。今この場には自分しかいないのだから。 目の前の屋敷を見上げる。 エリア11の総督達が住んでいる屋敷の離れと聞いたその建物は自分が思い描く「離れ」の何倍もの大きさだった。 本来ならこの敷地にナンバーズの自分が足を踏み入れる事すら許されないだろう。いや、例えブリタニア人でも限られた人しか入れない敷地に自分が立っているのが不思議で仕方がなかった。 目の前の屋敷の中から物音はほとんど聞こえない。 人が居るのだろうかと疑いたくなったが、そんな事を考えていてもしょうが無いだろうと扉に付いている呼び鈴を鳴らした。 数秒後、ぱたぱたと足音がした。 足取りは軽やかで、少なくとも屈強な男性ということは無さそうだ。 それもそうか。ここに住んでいる人は自分とよりも1つ上の少女と聞いている。 「お前と歳の近いヤツがいるから監視兼護衛がてら一緒に学校に行ってくれ」と言ったのはユリアナ・ヴィ・ブリタニアだった。 ユリアナ・ヴィ・ブリタニアは非常優れた副総督だった。 総督のクロヴィスは浪費家で毎晩の様に貴族とパーティーをし、政策は殆ど義妹であるユリアナに丸投げしていると専らの噂だった。 おそらく大方事実なのだろう。 彼の才能と言えば演説の上手さだろうか。 アレばかりは流石生まれながらの皇子様というだけあって、人々の同情をひくのに実に有効なパフォーマンスであったことには自分でも分かる。 クロヴィスが良い噂が無かっただけに彼女の評判はより強調されていた。 クロヴィスが総督になってから暫くして、彼女が副総督になった。 それは5年ほど前だった。自分が士官学校に入学した少し後だった事を覚えている。 新しい副総督によってエリア11の政策は大きく変わった。 それまでの杜撰なゲットーの統治は一からやり直しされた。 ゲットーで日々の生活すらマトモに過ごせて無かった人達を徹底的に調査し戸籍を整え、大人達には仕事を、子供には教育を与えた。 中には名誉ブリタニア人になる事を拒否し、ブリタニアの施しを受ける事すら突っぱねる輩もいたが、そういう人達は片っ端から捕縛された。 今やイレブンの犯罪率は彼女の就任前の6割を下回った。 同時に彼女が行ったのは日本各地に点在していた反乱軍の制圧だ。 彼女の操るNMFは素晴らしかった。 彼女が騎乗したNMFはベディヴィエールと名付けられた機体だった。 今自分が所属する事になった特別派遣嚮導技術部がランスロットの前に開発していた機体だそうで、彼女が騎乗する事によって目覚ましい戦果とデータを叩き出した。 彼女は数多の兵士の先陣を切り、このエリア11に点在する反乱軍をいとも簡単に制圧した。 彼女の母親であるマリアンヌ皇妃も優れた騎士であったそうだ。 きっと母親に似たその実力に母親と同じ「閃光」の異名が付けられたのは自然な事と言えるだろう。 反乱軍の中にはそのうち彼女が戦場に現れただけで白旗を上げる者達も出てきたくらいだった。 全ての反乱軍が無くなった訳ではないが、シンジュクゲットーの件が起きるまでは久しく反乱軍の情報は流れてこなかった。 自分達名誉ブリタニア人の軍の待遇も変わった。 以前は上官のブリタニア人に暴力を振るわれる事など日常茶飯事だったと軍の先輩は話していたが、自分が軍に入る頃にはその様な暴力沙汰は殆ど無かった。 むしろ名誉ブリタニア人に暴力を振るった者は容赦なく左遷され、暴言や差別発言ですら減給の対象になったらしい。 そうして自分達名誉ブリタニア人兵士の殉職率と離職率は著しく改善された。 ブリタニア人と名誉ブリタニア人を区別をしていても、差別される事は殆ど無い現実に多くの日本人が安堵した。 結果的に彼女が来てからエリア11が衛星エリアになるまでに半年とかからなかった。 この国を変えたかった。 日本人が不当な扱いを受けるこの国を。 自分の間違った手段で押し通した正義が招いてしまった、敗戦国日本という姿を変えたかった。 強い者だけが生き残り、弱い者達が苦しむこのブリタニアという国を変えたかった。 それに一番近い事をしているのがユリアナ皇女殿下だった。 シンジュクゲットーの件だって、ユリアナ殿下が居たのなら、あんな結果にはならなかっただろう。 テロリストはユリアナ殿下が居ないタイミングを狙ったんだ。彼女が居ない間ならブリタニア軍を出し抜けると考えて。 しかし、それは自分に言わせると愚行だった。 確かにユリアナ殿下が居る時と居ない時ではブリタニア軍の機動力には明らかな差があるのは確かだった。 ただ、差があるのは機動力だけでは無かった。 それは犠牲者の数だ。 ユリアナ殿下が居ない時、つまりクロヴィス殿下が指示系統を握っている時は日本人に対する犠牲者は圧倒的に多かった。 ナンバーズの犠牲は犠牲と思っていない事が火を見るより明らかだった。 勿論、僕達名誉ブリタニア人の兵士の殉職者も多く出た。 だから、ユリアナ殿下が居ない時に日本人がテロを起こすということは、つまりは日本人に多くの犠牲者を出すという事だった。 ユリアナ殿下がいれば、シンジュクゲットーはあんな悲惨な状況にならなかっただろう。 ユリアナ殿下がいれば、あんなにも日本人が犠牲になることもなかっただろう。 ユリアナ殿下がいれば、クロヴィス殿下だってきっと殺される事なんてなかっただろう。 ユリアナ殿下がいれば。 だから、そんな彼女がこのエリア11の副総督の任を降りると聞いて、心の底から残念だった。 彼女は優秀な副総督だったし、イレブンや名誉ブリタニア人にも平等に接してくれていた。 しかし、総督であったクロヴィス殿下が殺害されたのだ。 本国も皇子が殺されたとなればこのエリアの統治を見直しもするだろう。 統治していたユリアナ皇女殿下を副総督から降ろすのも不思議な事では無い。 だが、副総督ではなくなったにも関わらずユリアナ皇女殿下はこのエリアに残るそうだ。 何か別の極秘の仕事があるらしい。 その何かが自分には検討もつかないが、自分に言い渡された監視兼護衛がてら行動を共にして欲しい人がいるという話は、非常に光栄な話だと思った。 自分ではしたくても出来ない事を成し遂げている人の、僅かでも助力になるのならこれ以上に光栄な事は無い。 監視、というからには何か事情があるのだろう。ただ同時に護衛でもある。 政府の要人かその親族か。 しかし、そんな人を名誉ブリタニア人の自分に護衛させるだろうか。 もしかしたらブリタニア人ではないのかもしれない。 もしかしたら日本人なのかもしれない。 それならまだ納得がいく。 しかし、ユリアナ殿下が直々に護衛を依頼してくる人だ。 自分と同じ日本人だとしてもかなり重要な人物ではないだろうか。 いずれにせよ、そんな重要人物を一般の学校に通わせるというのはゲットーにすら教育を与えた彼女らしいと言えるかもしれない。 かちゃりと扉が開いた。 意識を目の前に戻して出てくる人を待ち構えた。 どんな人が現れてもユリアナ皇女殿下の命令を忠実に遂行しようと心に決める。 「─────スザク?」 声がした。 鈴の音の様な声が。 自分の名を呼んでいる。 まるで何年も昔からそう呼んでいたかのように。 同時に何年も会えなかった旧友に会った時みたいに、確かめる様に。 現れた人に息をのんだ。 「スザク。久しぶり。私の事、覚えてる?」 「──────────桜?」 それは己の従兄弟で幼馴染みで許嫁で、初恋の人だった。 2019.04.22 拍手 |