またお逢いしましたね
何もかもを知っている

「お前は酒が弱いんだからほどほどにな」




百之助と出会って10年とちょっと。相も変わらず、私たちは一緒にいる。
百之助も私も、幸運なことに大学に行かせてもらうことができた。同じ大学へと進学したが、もはや私たちには当然なことだった。流石に学部は違ったが、ほぼ毎日過ごしている。通学路も高校の時から変わらない。

アシリパさんや杉元くん、白石くんたちもそれぞれの道を歩んでいる。
だが、今日は私"たち"の誕生日である。全員成人を迎えていたので、ここはやはり酒だろう!ということで久しぶりに集まっていた。


「なになに名前ちゃん前科持ちなの?」

「はあ?何言ってるの白石くん、馬鹿じゃない?ゲスじゃない?」

「え、そこまで言っちゃう?」

「初めて飲むのに弱いかどうか分からないじゃん」

「お前は絶対弱い」

「無視ぃ?」


知ったような口をきく百之助にムスッとした顔を向けると、あの嫌に自信ありげな顔で見下された。


「そういえば毎年言ってるけどさぁ、誕生日まで一緒ってすごいよね」

そう、実は私と百之助は誕生日が同じ日だ。これもまた親しくなる要因の一つなのだが、本当に偶然とは恐ろしいものだと思う。


「いやもうホントくっつけば?いい加減」

「いやだから、絶対ないから!」

「・・・」

「えぇ〜」

「イケメンの金持ちゲットするんだから!」

このいじられ方も定番である。百之助は最近は黙りで抵抗しているが、ここはしっかり否定しとかないとダメだと思うよボカァ!


とまあこんな感じで、私は今日は主役として盛大に飲み食いしようと思っていたところに、百之助からの忠告である。


「じゃあさ、こんだけ私たち似てるんだから、百之助も弱いんじゃない?」

「それはないな」

「えぇー」

即答だった。
これに関してはお前だけだ、と言われるとつい反抗心が芽生えてしまう。
絶対に酔わない程度で楽しみつつ、百之助を酔わせてやろうと意気込んだ。

しかし、絶対に酔わないぞ!と意気込んだ約一時間後、私はトイレの住人となっていた。


「うっ・・・・・・」

便座にしがみつき、胃袋の中身を吐き出していく。
もう出すものもなく、口の中はすっぱい状態だ。


「名前大丈夫か」

「ん゛ー」

「大丈夫じゃないな」


言わんこっちゃないとばかりに扉の向こうから百之助が声を掛けてきた。


「あいつらもすっかり出来上がってるから、出られるようになったら帰ろう」

「ん・・・」


お酒に弱いのは私だけではなかったようだ。




トイレから出られるようになった頃、結局百之助以外は全滅したままだった。
白石くんの財布からお金を取り出し、お会計を済ませる。その間にタクシーを呼び、三人を載乗せて運転手さんに行き先を伝えて放置する。また、タクシーを待っている間はアシリパさんと私の分の水を頼んでくれ、何かあったらダメだからと強制的に膝枕をしてくれた百之助。以外と面倒見が良い男である。


三人を見送った後、二人で駅に向かう。
全滅したのが早かったので、十分電車に乗れる時間に帰ることになる。

「もしかして飲み足りない?」

「いや」

「ご飯は?」

「お前の残りを食べたから十分だ」

「え、まじか。ごめんありがとう」

「どーいたしまして」

ニヤリと笑った顔は昔から変わっていない。ついでに貸し一つだ、という一言を付け足すところも変わってない。とてもハラタツ顔だ。


「にしても、よくお酒が弱いって分かったね。夢で見たの?」

「ああ」


百之助は度々今回のように、私の知らない情報を話してくれることがある。それは大抵渡し自身に関することが多い。だからたまに、私よりも百之助の方が私のことを知っているんじゃないかと思ってしまう。

私の「夢」は前世(と思われる)の小さい百之助と過ごした日々がほとんどで、大人になった百之助は見たことがない。
だから、「お前は酒が弱い」という言葉を直ぐに信じることができなかった。
大人になってからの私たちという記憶は、私の中には一つもなかったから。

けれど、彼の「夢」の中の私が大人になっているなら、いつか私の「夢」でも見られるようになるかもしれない。今のような姿の百之助に会えるだろうか。


そんなことを考えつつ、百之助と雑談をしながらいつものように地元まで戻って来た。
最近はこうして遅い時間に帰ることも増えてきた。


そんな時は大抵、初めて私たちが出会った公園のベンチに座り、特に何を話す訳でもなく、黙って座っているのが恒例になっている。


さっきまではあんなに話していたのに、ここに来ると話したいと思っていることを口にすることが躊躇われるのだ。
百之助も、時折こちらをチラリと見て一瞬何かを話そうとするが、結局何も言わずに街灯に群がる虫を見ていたり、手や地面に視線を戻すという動作を繰り返している。


きっと、二人とも話したいことは同じなのだ。
けど、それを確かめることで壊れてしまうものがあることが分かっているから、覚悟が出来ないでいる。
次第に少なくなっていく人通りも、また、いつものことだった。


ガラガラガラガラ、ガシャンッ

近くの店が閉まった。
今日もまた、何も話さずに終わる。



「・・・名前」

「うん、帰ろっか」

「お前今、幸せか」


イレギュラーなことだった。
百之助の意図するところが分からず、黙っていると彼は続けた。


「俺は、お前に幸せになってもらいたい。こんな抽象的な願いはするべきじゃないだろうが、そういう風にしか言うことができない」


人気のない公園に百之助の声だけが聞こえる。
背をかがめ、太ももに臂をついた彼は、その手のひらをまるで祈るように組んで口元にあてている。


「ただただ、幸せになってほしい。もちろん、今までのように」


私たちの真上にある街灯がいやにまぶしく感じる。
彼の姿は言葉通り「願っている」というよりは、むしろ、


「けど俺のワガママがたまに邪魔をする。できれば、全てを受け入れてほしいと」


いつか美術館で見た絵画のような、神にすがる民衆と同じ顔をしていた。



「全てを見ても、どうか・・・・・・・・・」




初めてみる彼の苦しそうな顔にぼうっとし、再び静寂が戻ってくる。
少し眉をひそめた百之助だったが、すぐにいつもの猫顔に戻った。

「・・・帰ろう」


無意識に彼の言葉に従った体だけは正常に動いていた。

その後も終始無言のまま帰宅し、「それ、じゃあ・・・な。また」と背を向け遠ざかっていく彼の背中の方を、心配したお父さんが声をかけるまで、ただただ見ていた。


「今更不安になってきたんだ。知ってるってのも厄介なもんだ・・・」