またお逢いしましたね
ずっと昔の夢を見た

あれからはいつも通りに過ごしていた。

二十歳の夜に、見慣れた公園で言われた祈りの言葉がずっと忘れられずにいた。
なぜあんなことを言ったのか、そう問いかけることができずにあれからもう5年が経った。ずっともやもやしていたけれど、あまりに百之助が今まで通りだったので、私も今まで通り過ごすしかなかった。

けれど、もしかしたら百之助はこのことを言いたかったのではないかと、最近漸く予想を立てることができてきた。

例の夢は私の妄想で出来上がったものではおそらくないだろう。まさしく「昔の出来事」を夢に見ているのだと思う。私の見る夢は年齢が上がるにつれて、夢の中の私も成長している。幼い頃から見てきた夢であったが、年齢が上がるにつれて夢を見る頻度もあがっていった。これはやはり、自我が確立されていった年頃の方がより多く記憶を有しているから、過去の記憶を夢という形で見ることができているのだろうと思う。

次第に見る夢が悲しいものばかりになっていく事にも気付いた。

いつの日のことであろうか、夢の中で私は母を失った。その日はいつものようにあんこう鍋が出された寒い冬だった。まだ若い母はあんこうを一口含んだだけであった。母は苦しみ、喉をかきむしり、祖父母が慌てふためいている。その横で二人、子供が黙って母が苦しむ様子を見ていた。

ああ、これは。と思った。

全ての夢に百之助がいた。
そしてその後の夢でも分かったのだが、どうやら夢の中の私たちは本当の双子であった。
尾形名前が夢の私だった。

顔も性格もそっくり同じな夢の私を、これはきっと夢の中で暮らしていくための分身であり、夢に見る事は私の妄想なのではないかと思ったこともある。
だが、それだと百之助の言うことが全て嘘になってしまう。

彼は度々私のことをよく知っているようなことを言ってきた。そしてそれらは正しく私のことを言っていた。私がお酒に弱いことだって、私より先に知っていたのだ。
そうなれば、きっと、この夢は本当にあったのだろうと、本当に私たちは双子の兄妹であり、百之助はそのことを知っていたのだろうと、そう結論づけたのである。

夢の出来事から「夢は過去の私」であること、「百之助は双子の兄」であることをほぼ真実であるとしたのはあの二十歳の誕生日。
あの日の百之助の言葉を理解する事ができたのは五年も経った、数日前に見た夢のおかげである。

等しく年を取った夢の中のわたしも25歳。
おそらく明治あたりであろうその時代にしては行き遅れと言われる年齢だろう。それでも結婚をしていない私は25歳で悲惨な最期を遂げていたのだ。

夢の中の私は若い頃に人攫いにあい、北海道の遊郭へと売られていた。
茨城から遠く離れた場所で、一人寂しく、辛い仕事をしなければならなかった。それでも、世界でたった一人の家族にもう一度会いたい。その思いから、遊郭から逃げることはせず、いつか外に出るために必死で働いた。

そこそこ上客もつかめるようになってきて、外に出られるようになった。それでもまだ百之助を探しに行くにはお金が足りないのでしばらくは北海道にいようと考えていた。できればお店も辞めたかったが、店主がどうしてもと言うので、恩を着せるためにも留まることにした。

お客の中には軍の人間も多かった。
そして出会ってしまったのだ、実の兄と。

お互いに思わぬ出会いだった。初めは驚いていた百之助だったが、営内では息が詰まると言ってそれ以降度々店に来るようになった。
最後に見た時よりも逞しく成長していた兄は知らない男の人のように見えたが、中身は昔と変わらず優しいままだった。
離れていた時間を取り戻すように、夜通し二人で話をしては、疲れた頃に眠りにつく。なんともないようなこの時間が、私には何ものにも代えがたい幸せだった。

けれども百之助は軍人である。日露の戦争に出兵しなければならなくなった。「行ってくる」と言われた時の胸の締め付けは今でも変わらない。
早く帰ってきて欲しい。ただただ生きて帰ってきてくれることを祈るばかりであった。

早く帰って来て欲しかったのにはもう一つ原因があった。
百之助が出兵している間に成金が私を身請けすることが決まったのである。私が稼ぐよりも遙かに多い額を出された店主は二つ返事で私を差し出すことにしたのだ。

日露の戦争後、百之助が無事に私の元へ帰ってきたのは、身請け前日の夜だった。

ただただ悲しくて、せっかく再会した百之助と離れるのが悔しくて私は泣いていた。
百之助はしばらく私を抱きしめたまま、虚空を見つめていた。

私が亡くなるまであと一時間ほど。

百之助は少し手荒に私を床へと組み敷き、彼の意のままに犯された。
全てが終わった後に、彼の手が私の喉元へと伝って首を締め上げる。
薄れていく視界にぼんやりと写った顔は今までにないほど悲痛という言葉がぴったりな顔だった。手足の感覚も百之助の震えている感じも分からなくなる。部屋に充満する甘い香りも百之助の匂いも、情事の臭いも分からない。目の前が完全に暗闇となる。

「俺が、最後にしてやるから、だから、もう苦しむんじゃねぇぞ」

うん、うん。そうだね。だから私も、

「ありがとう」

上手く口を動かせたか。声は出ただろうか。百之助にちゃんと伝わっただろうか。

ここで私の夢は終わっていた。
この夢を見て以降、夢を見ることはなくなった。
それはきっと、過去の私の人生が幕を下ろしたからだろう。

きっと百之助は何か勘違いをしているだろう。
だからちゃんと伝えなきゃいけない。
あの時の言葉をもう一度。


「あいしてる」