ゼラニウムの獲得 1

「花ぃー花、花ぃー花」

 十三になって暫くが過ぎ、今日も馴染みの顔を訪ねて歩く昼下がり。傾きだした太陽を仰いで軽くなった桶を担いで歩く。


「清のよぉ、さらに西のほうに……………ああ?いや清だよサンズイの、中華のことよ。で、西な?国が沢山あるんだろ?清の西」

 寺の後にうかがった薬屋で奉公をしている男が、主人の長話に飽いてきたのか異国の話を切り出してきた。どうやらご主人が蘭学にのめり込んだ関係で、西洋に関する様々な書物や調度を片っ端から集め始めたそうで、その中の一つに興味を惹かれたものがあったようだ。

「はなことばってえ知ってるかい?何か、あの子にくれてやりたくってさあ!」
「じゃあ、こんなのはどうだろう」

 惚気て笑う常連に、想い人へ贈るにぴったりなものを買わせる好機と話し込み、その日は少し、懐が温かくなったのであった。

 こんな感じで毎日街を歩き続け、早いことでこの世界に来てから三ヵ月が経とうとしていた。
 初めの頃は、見慣れているけど見慣れていない景色に疎外感のようなものを感じては、店先に立つ母の姿や騒がしく遊ぶ近所の子供らを無意識に探していたものだ。何となく似ている世界だからか、少し歩けば家に帰れそうな気がするのもきっと、細かな差異の積み重ねだったのだと思う。こちらに来る前にガチガチに固めた心は、その積み重ねによって少しずつドロドロになってしまった。

「花ぃー花、花ぃー花」

 街には人が多くいて、私の世界のように忙しなく働く人ばかりだ。向こうだったら、術者が一人や二人一緒に働いて作業の効率というものを追及しているのだが、こちらではそんな風景を見ることができない。
 人々が使う便利な道具は、そのほとんど全てが術者の知恵を生かしていたものだから、なんて原始的なものを使っているのかと目眩がしたのが懐かしい。今となれば何も不思議なことではないのに、まだまだ未熟な私には衝撃だったのだと思う。そんな文化の違いや人々の細かな差異によって、精神を参らせていた。
 
 けれど、そんなに私はこの世界が嫌いではない。急いているのに緩やかなこの世界を、最近は好きになれてきているのだ。

「花ぃー花、花ぃー花」
「お一つくださいな!」

 これも学びであると私塾の子供たちが花を求め、家族の命日だからと寂しげな顔をして花を求める。花を売りながら垣間見れる人の営みに、とても心動かされるから。わたしも、と思わせてくれるから、この世界も悪くないのだと心が変わった。


 蘭学にのめり込んだ薬屋の後に寺、華道の屋敷、医者の邸宅と一日の仕事を漸く終えて心の拠り所へと向かっていく。

 「永子」と戸から顔を覗かせた彼を見付けると、なんとも嬉しくなってしまう。幾ばくか早くなった歩みで家永宅へ赴いた。

「花ぁいりませんか」
「お一つください」
「毎度」

今日もまた、心を休めて花を売る。


8.15.2020(公開)
10.21.2020(加筆修正)