もうそこまで
モルトの奴に惚れ込んでから、妾は生きた心地がしなかった。
だが、今の姿を見ればもう何も心配はいらぬようじゃ。
奴は分かっておらぬが、そこには確かに情が生まれている。
秘書に対する物とは明らかに違う視線。
喋り方や触り方まで、気づかぬ内に『慈しみ』を持ったものになっていた。
例え、娶るつもりはなくとも、ミコがせがまない限り十分な関係。
殴られた痣や痛めつけられた痕も一つもない。
長い付き合いになっていれば、変化にも気づきやすいものだ。
これならば、後は二人がどう過ごすか、好きにさせるべきじゃな。
妾が世話を焼く出番はもうないという訳じゃ…
モルトも最近大人しくなった。
龍族内の平穏も見えて良いものじゃ。

そう、思ったのは間違いだったのじゃろうか?
少なくとも二人の関係性は安泰で、ミコにとっても幸せなものに…
モルトにとっても悪くないものであったに違いない。
そうなのじゃ、二人にとってはこのままで良かったのじゃ…


「モルテリクス様!武器をお持ちください!」
「…断る。」
「モルテリクス様!!何故戦わないのですか!?」
「それはお前達が雑魚だからだ。お前は歩く虫全てを踏み潰して歩くのか?」
「モルト様…良いんですか…?私が代わりを…」
「そなたは出ずとも良い。さっさと行くぞ。」

そう言って、震えながら槍を構えた下僕の横を通り過ぎ去っていく。
違う…こんなのモルテリクス様らしくない。
無能である事も事細かく申し上げ、他の下僕の見せしめにするつもりだったのに…
武器を手に前に立てば、問答無用で斬り捨てていたはずなのに…
その手は小娘の背へと伸び、目線すらも向けられない。
こんなの以前ならありえなかった。
進みたい場所に人がいれば、斬る。
斬って、道を強引に作る。
あの方が歩く道には血が続いていた。
それが、あんな子龍如きに消されるだと…?
そんな事があってたまるか!!
あのお方にこそ殺戮の王という名が相応しい!


「本当に無視して良かったのでしょうか…」
「まだ気にするか?」
「ただでさえ、私といれば野次ばかり飛んでくるのに…」
「言わせておけば良い。言葉位で弱くなる我ではない。」
「それは…そうですけど……最近は私にも戦わせてくださらないし…骨を砕いたからですか?」
「あぁ、そうだ。そなたを戦わせると面倒事が増えるだけだと知ったからな。」
「ごめんなさい…」
「あの事は考えるだけ無駄だ。忘れろ。」
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