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「これが今月の炭の注文ですか!?いくらなんでも多すぎでは?」
「いいんだよ。椿亭の旦那、亭主の間宮さんから直接注文のお願いなんだから。買うしかないじゃないか」
ある日の朝、女中が集まる台所で#さくらは何度もその注文表を読んだ。炭の注文、いつもの3倍はある。これは料理や暖房で使われるものだろうか?だとしたら多すぎる気がする。
「いつものように黒木屋の方で注文頼むよ。できれば3日後の夕方までには用意してほしいみたいだから」
「この量を黒木屋さんが3日で用意できるのかしら。こうしちゃいられないわ。とりあえず今から行ってきます!」
日にちに余裕がないと思った私は椿亭を飛び出し急いで黒木屋のある町を行く。
「はあ、はあ、こんにちは」
「こんにちは。あれ、確かお客様は椿亭におられる・・・」
少年が暖簾から姿を表す。この黒木屋の旦那の弟、庄二郎さんだ。まだ子供なのにとてもしっかりしていて、お兄さんによくにている。
「どうした庄二郎・・・あ、さくらさん。いらっしゃいませ」
「あ、あの、炭を注文したいのですが、数は・・・これだけ」
さくらはそっと黒木屋の旦那に注文書をみせる。だまってそれを受け取り、彼はじっと字をみていた。
「この数、宿屋の量にしては多いですね。」「はい。私もそれは不思議に思ってまして、なにしろ椿亭の旦那様の直接の指示ですので、買わないわけにもいかず」
「・・・なるほど。わかりました」
ただし、と彼は真面目な面持ちでさくらに言った。
「私が椿亭の間宮ご亭主に直接お会いします。そして忍び込みます。」
「忍び込む?なぜです?普通に来られたらいいのに」
「前言ったうわさのことです。もしあれが本当なら、さくらさんの働くあの椿亭は、とても危険なところということになる。そして貴女はとある陰謀に巻き込まれてる可能性もあるんです」
「陰謀って、椿亭はただの宿なんですよ?そんな、大げさな」
黒木屋の旦那は真面目な表情を辺りを一瞥したて手を招く。
「ここじゃ人の目につきます。どうぞお入りください。ごめん、庄二郎、さくら様に、お茶をお出しできるかい?」
「はい。ただいま」
さくらは言われるがまま、黒木屋の居間に通される。いつもは入口で炭を注文するだけだった。居間にはほんのりと木と炭の香りが漂っていた。
「その噂の話ですが、まず椿亭は表立ってはこの町一番の大旅館です。しかし観光名地でもないこの町で、なぜあんなに大きな旅館ができたのでしょう」
「それは、ここを通過する旅行者が多いかったり、近くにお寺や霊山があって、登山客も多いから・・・」
「そう。そのお客みんなが一般客ならいい。でももし、その人達が「訳あり」だったりしたら?」
「訳あり?」
「例えば、城の関係者だったり」
「お城にお勤めの方?それは、兵士ですか?」「ううん。忍びの者。忍者・・・かもしれない」
「忍者?そんな方がうちに来られるかしら」
さくらは忍者という存在は名前だけはどこかの話で知っている程度であり、実際に見たことはなかった。
「例えば昨日の山伏・・・忍者は僧に化けて潜入することもあるんだ。それに、この炭の数・・・これは今後もっと増えていくね」
「炭の注文が増えると、何が起こるんですか?」
さくらが何気なく問う。すると普段は優しく穏やかな黒木屋の顔が険しくなる。
「戦が始まるかもしれない」
「い、戦!?でもうちはただの宿ですよ?」
「表は宿屋、裏では炭や食料などを城へ送り届ける拠点地なのかもしれない。あとは城の情報が行き交う忍者の情報交換の場になってるかもしれないね」
「泊まられる方はみな普通の人だと、思いますが」
さくらは今までとまりに来た客の顔を思い浮かべる。確かにいろんなものがやって来たが怪しいと思う客はあまりいないように思えた。
「忍びは普通の人に化けるものさ。今だってそうだよ」
「今って、どこのことですか?」
キョロキョロと辺りを見渡す。居間にはさくらと黒木屋の旦那しかいない。
「だって、僕も忍者だから」
「・・・え?」
さくらはその言葉を聞いて耳を疑った。この彼が?忍者?
するとスッとふすまがあき、庄次郎がお茶をもって現れた。
「兄さん、お茶をもってきました」「あぁ、ありがとう」
「庄二郎くん。く、黒木屋の旦那さんは、忍者なの?」
え?と庄二郎はさくらをみて、兄を見比べた。言ったんですか?とでも言いたそうな顔だ。
「言ってもいいよ。庄二郎」
「では。おっしゃる通り兄の庄左ヱ門は、普段は炭屋をしていますが、同時に忍びの者でもあります」
「全然そうにはみえなかったです」
「実はそうなんだ。それで、さっきの話だけど、多分椿亭の亭主は君を使って危険な仕事をさせようとしているかもしれない。そしてこの炭も、戦に使うかもしれない」
「わ、わかりませんよ!本当にお客さんが多いので炭が大量に必要なのかも」
「確かにその可能性もあります。間宮ご亭主に直接会い、忍び込むのはその調査のためです」
「調査・・・?」
普段使わない言葉にさくらは不安そうに繰り返した。その問いに黒木屋はまっすぐな瞳で、力強く答える。
「はい。明日、間宮ご亭主とこの炭のことでご挨拶にいきます。そして証拠をつかむ・・・」
ぐっと彼は拳を握る。その瞳はいつもの穏やかな顔ではなく、ぎらりとしたはりつめた表情をしていた。
「おそらく炭はすぐには運びません。きっと様々な場所から炭を集め、徐々に、怪しまれないように泊まってくる客に持たせるでしょう」
「あの、証拠をつかんでどうするんでしょうか?」
「もしその炭が戦に使われたり、悪い城への拠点地や情報の横流しがあるようなら・・・」
鋭い瞳がさくらに向けられる。思わずおののいた。黒木屋の旦那は淡々と続ける。
「椿亭を、潰す」
その容赦のない言葉に潰す、と繰り返しさくらは悲しい表情を浮かべた。彼女にとって椿亭は我が家も同然なのだ。
「あの、椿亭はわたしの大切な居場所なんです!私を助けてくれた元椿屋亭主の、椿悟郎様との大事な思い出があるんです・・・無くなって、ほしくない・・・」
「そうですか・・・なら、少し手を変えましょう。もし間宮さんが悪いことをしてたら、彼が自分から宿を手放させれば良いのです」
「そんなこと、できるんですか?」
「はい。そのために僕に協力してください。少し耳をかして」
さくらはそっと黒木屋のそばへより耳をよせる。距離が近くなってその息が耳にかかった。男性のそばに寄るという経験がなく、女中だらけの生活だったさくらにとってそれが少しドキドキしてしまうことだった。
そして彼から出た、その作戦にさくらはそっと頷くのだった。
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