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「忍者宿」と忍者からも一般客からも言われて賑わう町一番の大きな旅籠屋、椿亭。食事処で宿泊客にふるまう朝飯の時間も終わり、一段落した所。その中いつまで経っても食事処を席から離れず、出ていかない男性客がいた。何かあったのだろうかと女中のさくらはそっと彼の側へと寄る。

「あの、お客様・・・食事になにかございましたか?」

「・・・通なんだ・・・」

ぽつりとうつむいたままの背の高く、髷が長い男性客は呟いた。そのかすれるような声にさくらはもう一度聞き直す

「はい?すみません、もう一度おっしゃっていただけますか?」

「ふっつーーなんだよ!ここの宿!」

ばっと顔を上げた男性客。その容姿はさくらもはっとする、女中達に言わせれば「いい男〜!」とでも言いそうな顔立ち。さくらは男のその言葉に首を傾げた。

「普通・・・ですが、ダメですかね・・・?」

何事も普通が一番。毎日真心誠実一期一会を大切に!それが今は亡き亭主、椿悟郎の座右の銘でもある。

「だって忍者宿って聞いたから泊まってみたのにさ・・・確かに客は忍者も混じってるけど・・・」
「お客様は忍者ですか?」
「うん。忍者だけど」

そうぶっきらぼうに言ってずずっと飲み干したお茶。おかわり、とさくらに湯飲みを渡す。まだ居座る気だ。 

「せっかく仕事帰りに泊まってどんな仕掛けが飛んでくるか、僕ワクワクしてたのにさぁ・・・あ、ありがと」

ぶつぶつと愚痴り出した男性に淹れたばかりの暖かいお茶を渡す。男性はお礼を言って受け取った。悪い人ではなさそうだった。

「宿に仕掛けって・・・物騒じゃないですか?」
「確かに物騒な仕掛けも僕達の世界にはあるけど、例えば秘密の隠し階段や部屋とか、落とし穴とか、井戸なかには抜け道があるとか〜」
「あっ、なんか楽しそうです」

さくらは小さい頃、よく村を抜けて自分だけの隠れ場所を作った思い出がふと甦る。男性はさくらの反応に嬉しそうに答えた。

「だろ!?忍者宿っていうからにはそういうのを期待してたってワケなんだよ」

「それは申し訳ありません。うちは今でこそ忍者宿と呼ばれてますが元々は普通の宿ですので・・・いや今もそうなんですが」

まだ愚痴が言い足りなそうな男性。さくらを見てそうだ、と何かをひらめいた。

「君、女中だろ?ここの亭主に会えないの?」
「え?会ってどうするのですか?」
「僕がこの宿をもっっと素晴らしいものにするために、ここの亭主に提案するの!うん!それがいい!」

目をキラキラさせて言う男性は先程とはまるで違う子供のようだった。もしかしてまた面倒な忍者に巻き込まれたかもしれない。さくらは、あっと声を上げた。

「私用事を思い出しましたわオホホホ」
「待てよ、そういって逃げるつもりだろ・・・客をぞんざいに扱うと後でひどい目に会うぜ、女中さん」

「ちょっと、なんか悪いことたくらんでません?」

「そんなわけないだろ。良い話だからさ、いいから、亭主に会わせなよ!」

強情な客だと思いつつ、適当にあしらうのも危険な人かもしれない。ここは彼がどんな事を言うのか間宮に話を聞いてもらった方がよさそうだ。
さくらが頷くと彼はにっこりときれいな笑顔を浮かべた。

「よーし!頼むよ女中さん!あ、僕は笹山兵太夫!忍者宿の提案があるって、亭主にそう伝えてくれ!」

こうやって、本日大変な1日が始まるのだった。



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