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「ここ。丁寧に扉があるんだ。部屋があるみたい!」
兵太夫が立ち止まりさくらに木枠に合わせた木の扉を見せる。どこかわくわくしている様子の兵太夫。普通の宿だとばかり思っていたさくらはその向こうにはなにがあるのか、見当もつかなかった。兵太夫が扉に手をかける。しかし扉は開くというよりがたりとはずれてしまう。よくみると金具部分が錆びて折れてしまっていた。
「もう長い間使われてないみたいだ。よいしょっと」
はずれた扉を適当に立てかけ、二人はその中へと入った。
開けた瞬間、さくらは懐かしいような匂いを感じた。部屋は一人がようやく住めるような狭い部屋。そこに小さな机や棚が無造作に置かれてあった。
「これは秘密部屋だ!誰かがいたみたい!」
兵太夫は置いてあった棚に並べられてある本を取り出す。さくらも一緒にそれを見ていた。本にはただ日付だけが筆で書かれている。その字は昔よく見た椿悟郎の字に似ていた。中身はこの土地のこと、町のこと、そして宿を開くための準備や苦悩などが細かく書かれていた。
「この日付、僕たちがまだ小さい頃ぐらいのだな。内容からしてどうやらこの椿亭が出来た時のものらしい。日記だね、これ」「まさか、悟郎さんの日記!?」
兵太夫の言葉を聞いてさくらはその並べられてある日誌を取り出す。一番新しいもので3年前、彼が肺結核でなくなった月あたりまで、その日記はあった。さくらは信じられないとその日記をパラパラとめくる。彼は亡くなる数日前までここにいたのだ。
「どうやらここ、その悟郎って人の隠し部屋みたいだね。」
机辺りにも様々な物が起きっぱなしになっている。その中に小さな木箱があった。兵太夫がぼろぼろになっているその木箱の前にしゃがむ。
「なんだろ・・・さくらさん、わかる?」
「これ、私が椿亭に来た頃、遊んでた道具です」
さくらはすぐに思い出した。この木箱はさくらがよく遊んでいたおもちゃ道具がしまってあるものだった。彼女がゆっくりと木箱を開けると、積み木やお手玉、折り紙で折った鶴などがきれいな状態で残っていた。てっきり、自分が大きくなって捨てたのだと思っていたさくら。悟郎は大切に保管していたことを知って胸が苦しくなった。
「ここの先代亭主さんは、君のこと大事に思ってたんだな・・・」
兵太夫は部屋のすみに包まれた風呂敷を見つける。そこには「さくら」と名前だけかかれた札が挟まってあった。
「あの風呂敷の中身も?」
「いえ、それは知りませんが・・・」
「見てみようよ」
さくらはその風呂敷を机の上に置く。長い間誰にも触れられずにいたその風呂敷ひんやりと冷たい。そっとほどくとたけひごで作られた大きな箱が現れた。開けるとそこには女性ものの着物がきれいに畳まれていた。兵太夫があれ?と驚く。
「これ、ほとんど新品じゃないか!」
悟郎には妻がいない。女性ものの着物は持っていないはずだ。着物を持ち上げると箱の底に一枚の紙があった。さくらがそれを開くとそこには自分が病気で死に行く運命であること、そしてさくらの将来を心配する内容の手紙が書かれていた。この着物はさくらが年頃の娘になったとき、渡そうと思っていたものらしい。
「悟郎さん・・・!悟郎さん!」
胸がいっぱいになって気持ちが溢れる。さくらは椿悟郎への想いを、何度も何度も名前を呼び、泣いた。兵太夫はそんな彼女の側に黙って寄り添っていた。
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