02
町に戻ったあんず。しかし叔母に言われた団栗は持ってきてはいない。どうせ頑張って探してもカゴいっぱいにはならない。とどのつまり、叔母はなんとかして理由をつけて自分を叩いたり、けなしたりしたいだけなのだ。
(だから、その通りにする。私なんて、生きてても無駄なんだから…)
叔母のいる小間物店に戻る。恐る恐る戸を開けると店棚にいる叔母と目があった。叔母はあんずを見るなり目を釣り上げて寄ってきた。無理やり腕を引っ張られて薄明るい倉庫に入れられる。あんずの空っぽの籠を見て、叔母はあんずの髪の毛を引っ張り上げた。
「全く無いじゃないか!やる気があるの!?」
「…ッ!」
あんずは声を殺して痛みに耐える。そして頭を強く叩かれてその場に尻込みする。
「全く、人の世話だけかけといて役に立たないんだから。こっちはアンタを置くのも金がかかるんだよ!少しは役に立ちなさい!」
叔母の右手が高く上がる。叩かれる、とあんずは顔をうつむかせて頭をかばった。
「…ちょっと!なに!?」
「…?」
いつまでも降りてこない右手に、あんずはちらりと視線を上げると、戸惑った叔母の横顔が見えた。その視線の先は…なんと、別れたはずの小平太だった。小平太の顔は無表情だった。別れるまで笑顔の多かった小平太の、無の表情はどこか恐ろしさを感じる。
「何をしているのだ」
「貴方、なんなの?勝手に入ってこな…」
「何をしているのかと聞いている」
「…し、躾よ。関係ないでしょう。出ていってちょうだい」
「躾…?」
叔母の顔が歪む。小平太の掴んだおばの腕が少しずつひねられているらしい。
「関係ないことはない。あんずは、私の主人なのだ。私の主にこれ以上、なにかするなら、私を通してからにしてもらおう」
「い、いた…」
叔母の体制が崩れる。苦痛なのか短く唸る叔母を見てあんずは咄嗟に小平太に言った。
「小平太さんやめてください!」
その言葉一つで小平太は叔母の右腕を離す。痛みから解放された叔母は怯えたように小平太を見た。
「なんなのあんた…」
「七松小平太だ」
「ちがう!あんずは姪よ。私が預かってやってるのよ!あんたはあんずとどういう…」
「あんず、お前はここにいたいのか?」
叔母の言葉を遮って小平太はあんずをまっすぐ見た。開いた戸から小平太の姿は光が逆行して見える。小平太の体の姿がくっきりと浮かびその伸びた背筋は、妙に神々しかった。
「わ、私は…」
小平太の一言に、言葉が詰まる。叔母の目の前で言えるはずがない。言ったらどうなってしまうのだろう。微かに手が震えていた。
「あんず、私を信じろ。すべてお前の思うとおりにしてやる」
「小平太さん」
真っ直ぐな小平太の瞳があんずを捉えた。出会ったばかりの、素性の知らない男。どんな人なのかもわからない。しかし、その言葉は本物のように思えた。叔母が口を開きかけたその瞬間、あんずは叫んだ。
「ここから私を出して!!」
「わかった!」
笑顔で答え、叔母を払いのけ小平太はあんずの元へと歩み寄る。それを見た叔母は戸惑った様子だ。
「あ、あんた、何者なの?」
小平太は返事をせずにあんずの背中に手を回し、両膝に足をかけて持ち上げた。ふわりとあんずの身体が抱えられる。
「もうここには戻らんぞ」
小平太はそう一言叔母に言って小間物屋を出た。町を歩きながらあんずは呆然と小平太の顔を見ている。小平太もあんずを見つめ返した。
「そんなに見てどうした?私の顔が面白いか?」
「ううん。ねぇもういじめられないのかな」
「うん。私が許さないからな。あんずはこれで自由だ。なにをしてもいい。」
「でも帰る家もなくなっちゃった。ご飯だって食べられないし」
不安げにそう言うと小平太はニッコリと笑みを浮かべた。
「今夜のことを気にしたって仕方ないだろう?それより、あんずが今やりたいことをすればいい」
小平太には何事も不安や心配というものがあまりないらしい。あんずはこの先どうするか不安だったが、小平太の言うとおり、今やりたいことを考えてみた。
「えっと…この町の先って海なんでしょう?港町…確か、サカイってところ。そこにいってみたいなぁ、なんて」
「堺か。よし、わかった」
小平太は一度あんずを降ろすと屈んだまま背中を向けた。そして一言
「乗れ」
と言った。あんずは戸惑った。この先は確かに堺だが歩いていくには夜までかかると思ったからだ。
「ええ?あの、どうやって行くんですか?」
「いけいけどんどんでかっ飛ばすぞ」
あんずは小平太に言われるがまま背中に跨った。小平太はその場で足踏みをする。
「舌を噛むなよ!」
「!!」
そう言って駆け出した。その速さは爆速。まるで人間の馬だ。あんずは振り落とされない様に小平太にしがみつくのがやっとだった。
【3】
─目まぐるしく景色が変わっていく。町を抜けたかと思うと街道、川を超え山道も軽々と超えていく。一つ山を越えたところでふわりと風の匂いが変わった。見晴らしの良い丘にたどり着くと、海と街が見えた。
「あれが堺?」
「うむ。そうだ。私も久々に来た」
そのまま丘を下り街道を抜けるとあっという間に堺に着いた。時刻は夕方前になっていた。普通の人ならこの時間には着けない。小平太の超人並みの脚力と体力にあんずは驚いて何も言えなかった。
「はぁ、目が回る」
「なんだ。疲れたのか?私はまだまだうごきたりないぞ」
「人じゃないです…」
それを小平太は笑った。
何はともあれ、あんずは久々に他の町へ来た。最後に旅をしたのは生まれ故郷で両親が亡くなって叔母の家に来た時だ。
改めて堺の町を見るとあちこちで人が行き交いその声が止まない。通りも色鮮やかでとても賑わっていた。甘い屋台の香りがどこからともなく漂っている。全く知らない世界だ。
「すごい。お祭りみたいです」
「あぁ。ここは海外の貿易が盛んだからな。豊かな国だ」
「あ!港ですよ!あんな大きい漁船はじめてみました」
「もっと近くで見てみるか?」
そう言うと小平太はあんずの手を掴み貿易船へと近づく。近くで見ると本当に大きい。船には見たことのない肌の色と髪をした男たちが船を降りたり来たりしている。
「わぁ、とっても大きいわ」
「ああ、そうだな…どうせなら乗ってみるか!」
「え、ええ?乗っていいんですか?」
突然小平太が突拍子もないことを言い出して驚くあんず。すると小平太は海に響き渡るような大声で叫んだ。
「おおーい!!乗せてくれーーー!」
「きゃあ!こ、こへいたさん、本気ですか?」
「本気も本気だ」
大声にその場にいた者たちが一斉にこちらを見ている。あんずは気まずくて思わず小平太の後ろに隠れてしまった。男たちは何事かという視線を交わしあっていた。その瞬間は辺りは沈黙している。
「あ、やっぱり七松先輩だぁ」
その沈黙を破ったのは貿易船からゆっくり通りてきた大柄な男だった。ニッコリと親しみやすい笑みを浮かべてこちらへやってくる。
「お、もしかして、お前は…福富しんべヱか?」
福富しんべヱと呼ばれた男は更ににっこりと笑って小平太の元へと歩み寄った。手には香ばしい香りのする食べ物を持っていた。
「はい。しんべヱです。お久しぶりです、七松せんぱい〜」
「おお!やはりしんべヱか!そののほほんとした顔ですぐわかったぞ。四年ぶりか?でかくなったな!」
ばしばしと小平太はしんべヱの肩を叩く。少し痛そうな顔をしていたが笑顔は崩さない。そして、紙包みをおもむろに渡してきた。
「これ、ぼうろを油で揚げたものなんですけど、美味しいですよぅ」
あんずが紙袋をあけると香ばしい香りはここからしてくるようだった。濃い甘い香りがする。あんずは一つその丸い揚げぼうろを手にとって食べる。
「んんー!美味しい!」
「私も食べたいぞ」
あんずが小平太に揚げぼうろを渡そうとすると小平太は顔を近づけてぱっかりと口を開けた。そのままじっとしていたのであんずは揚げぼうろを小平太の口に入れた。
「うむ!うまい。しかししんべヱ、学園はどうした?」
しんべヱは首を横に振った。
「今は冬休みです。パパに帰ってこいって言われて…仕事手伝わされてるんです」
「そうか、お前は堺の大貿易商の息子だものな」
その言葉を聞いてあんずは改めてしんべヱをみる。この、ほよよんとした身体と気の抜けるような笑顔をしてる男の人が大貿易商の息子なのか。だとしたら、跡取りではないのかと。
「はい。僕、一応跡取りですからぁ」
「小平太さん、とんでもない人とお知り合いなんですね」
思わずそうあんずが呟くと小平太は小首をかしげて不思議そうだ。
「しんべヱは私の後輩だ。そんな大したことないだろう」
「そんなこと言えるの、小平太さんだけかも」
あんずが苦笑してると、しんべヱはあんずを見て、小平太を見比べた。
「七松先輩の妹さんですか?」
「いや、違う。私の主人のあんずだ」
「主人、ですかぁ?」
主人と言われてしんべヱは興味津々といったふうにあんずをまじまじとみた。
「七松先輩のご主人様なんて、すごいね!」
「そんなことは…私もよくわかりませんし」
「すごいよ!七松先輩のパワーは底しれないんだよ!君はちっちゃいけど、きっと七松先輩に負けないぐらい強いんだろうねぇ」
「絶対ないです!!」
そんな話をしていると貿易船から声が聞こえた。その声に反応した人たちが船に続々と戻っていく。それを見てしんべヱはふと二人に聞いた。
「七松先輩と…えっとあんずちゃんは堺に滞在するんですか?」
「…あんず、どうなのだ?」
不意にあんずに投げかけられて、あんずは戸惑った。堺に滞在するにしても、お金も何もないのだ。宿にも泊まれないだろうし、あんずは小平太の言われたとおり先のことなど考えてはいなかった。沈黙してるとしんべヱが笑顔を見せた。
「決まってないなら家にとまってください。僕、久々に七松先輩にお会い出来て嬉しいですし、お話したいことも沢山あるんです」
「え…いいんですか?」
こちらとしては願ったり叶ったりだ。小平太を見ると小平太はあんずの返事を待っているようだった。
「…あ、あの、ご迷惑でなければ、その、お邪魔します」
あんずの言葉にしんべヱは嬉しそうに頷いた。小平太もわかったと一言言った。
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