03



堺の大貿易商の「福富屋」は見たこともない屋敷のような店だった。こんな大きな屋敷は住んでいた町にはなかった。

見たこともない丸く高い台座には見たことのなければ嗅いだことのない香りのする大ご馳走があった。ちぇあと言うものに座って食べるらしい。南蛮文化の混ざった福富屋は暮らしも変わっていた。

「どんどん食べてくださいね!僕もたっくさんたべますから!」
「おお!ありがたい。遠慮なくいただこう!あんず」

今までこんな豪華な場所で贅沢な食事などしたことがなかったあんずはおそるおそる大きなえびの身を箸で割って口に入れる。

「わぁ!美味しい!まろやかだわ」
「ロブスターの姿焼きは南蛮でもご馳走だよぉ。美味しいでしょ」

その後も小平太としんべヱは何やら話をしていた。学園、という言葉が度々聞こえてくる。そこはとても楽しい場所だったらしく、小平太も楽しそうに話していた。ふと、しんべヱがあんずをみた。

「ところで、なんで二人は堺へ?あんずちゃんはご両親はいないの?」
「え、えっと…」
「そうだ、それは私も気になっていた。あんず、あの場所の他に帰る場所はないのか?」
「七松先輩も知らないんですか?」

少し驚いたようにしんべヱは言った。小平太とは今日であったばかりでお互いのことは何も知らない。

「…私も以前は商人の娘だったんです。八歳の頃、戦で家族を無くしてしまって。それから叔母の家でお世話になってました」
「世話などなっていないだろ。あれは虐めだ」

虐めときいてしんべヱの顔が曇る。

「ちょっとしたきっかけで、今日小平太さんと出会って、叔母から助けてくれたんです」
「そっか。あんずちゃん、大変だったね。七松先輩、さすがですね」

小平太は箸を止めた。

「大したことではない。主を助けるのは臣下の役目だからな」
「えっと、あの、その主っていうの、やめてください」

あんずは最初から「主」と呼ばれることに違和感を感じていた。自分より年上の、強面の男性に自分のような子どもが主なわけがないのだと。

「私、お殿様でもなんでもないですから」
「いや、私にとってはそうだ。あそこで助けてもらったとき私は決めた。あんずを主にするとな」

なぜ主なのだろうか。そもそも小平太は何者なのだろう。しんべヱとの会話に出てきた学園とは、なんなのだろうか。あんずは小平太の事は何も知らなかった。そんな沈黙を察したのか、しんべヱは笑顔であんずに言った。

「七松先輩は豪快な方だけど、騙したり、虐めとかは絶対しないいい人だから!」
「しんべヱさん…はい!」

しんべヱほどの人当たりのいい人物がそういうのだから、きっと本当なのだろう。あんずは時期にお互いのことが分かればいいと思い、箸を動かした。

【4】

熱い湯が心地いい。ふわりと湯けむりが立ち込め、あんずは全身に暖かになるのを感じた。夕食後しんべヱが風呂に入ることをすすめてくれたのだ。

(福富屋さんはお風呂も作ってるなんてすごいなぁ…)

風呂も大浴場のように広い。こんな広い風呂に自分が一人入っていることが不思議だ
った。

(カンカン寺のお風呂にはかなわないけど、ここもいい湯だなぁ)

あんずは毎日通っていたカンカン寺を思い出した。ひっそりとしたところにちょこんとある静かで小さな寺、カンカン寺の温泉は天然湯で身体にとってもいいのだ。

「あんず〜、私も入っていいか?」
「え、ええ!!小平太さん!?」

元気な声が聞こえてあんずは思わず立ち上がる。戸の向こうに人の気配を感じておもわずあんずは叫んだ。

「だめです!!開けたら怒ります!!」
「なぜだ?私はいつもあんずの側にいたいのだ」
「絶対駄目です!入ったらクビにしますよ!」
「それは嫌だ!…わかった。ここで私が見張っていよう」

それを聞いてあんずは心底ホッとした。いくら相手は大人といえど、自分は十三歳の思春期真っ盛りの娘なのだ。異性に裸を見られるなど生きていけなくなるほど恥ずかしいではないか。あんずは再び風呂に入り直した。

「…あんず、先程の話だが」
「先程の話?」
「主の話だ。…私はな、よく何も考えていないなどと人に言われるのだが、自分ではそんなことはないと思っている」
「えっと、どういうことですか?」
「私はお前を見込んで、一緒にいる」

見込む、とはどういうことなのだろう。あんずは黙って小平太の言葉を聞いている。小平太はサバサバした物言いではなくとても落ち着いた口調で語った。同じ人物とは思えない程だった。

「私はあの場所で終わりを受け入れるつもりでいたのだ。その時あんずがあのうまい湯を注いだ。蘇るとはあのようなことを言うのだろうな。私にはお前が女神に見えたぞ」
「確か、犬って言ってませんでした?」

あんずがそう言うと小平太は笑った。いつもの小平太の調子に戻っていた。

「そうだったな!ちっさかったもんで、犬かと思ったな。あっはっはっはっ!」
「もう、身体がちっちゃいの、気にしてるんですからね!」
「すまんすまん。まぁ、そういうことなのだ。朝も言ったとおり、私にとってはあんずは一国の城主のようなものさ」

一国の城主…とあんずは小さく呟いた。小平太はあの体力や叔母に接した様子から只者ではないだろうとあんずは思う。そんな大きな力を持つ小平太なら、もっと活躍できる場所があるだろうというのに、自分に執着しているのがやはり不思議だった。

(小平太さんのこと聞きたい…けど、聞いちゃいけない気もする)

わからないことだらけで、この先どうなるかもわからないと、あんずはひとつ深いため息をついた。

【5】
あんずと小平太は何故か同じ客間に寝泊まりすることになった。ひょうそくの光に照らされた並べられた布団に触ってあんずは驚く。

「うひゃぁ、ふわふわだ…布団なんてはじめて」

そう言っているとドカドカと廊下を走る音が響いた。

「あんず!寝るぞ!!」

寝間着姿に着替えてぼさぼさの髪を下ろした小平太は少し幼く見える。あんずは少し恥ずかしそうにもじもじしていた。

「あの、せめて衝立とか、しません?寝顔見られるの恥ずかしくて」
「私はお前の盾だぞ。側にいるのが当然だろう。なぜだ?」
「そもそも誰にも狙われませんし!あの、私も女の子なんですよ?他人の男の人といるなんて…」
「私を意識してるのか?」
「し、てます」

あんずがそう言うと小平太は笑っていった。

「気にするな!私は全く意識しとらんぞ!」
「バカ!」

枕を投げる。小平太の顔面に当たるが彼は笑顔のままだった。

「なははは、もう少し身体が大人にならないと女とは思わん」
「ひどいです!小平太さん嫌い!」

もう一つ枕を投げようとして手を伸ばすとその手を掴まれる。そのまま小平太の胸へと包まれてしまってあんずはぽかんとする。

「うーん。やはり暖かいな。いい湯たんぽだ」
「…ぅ。えっと…あの」

少しの間、沈黙が続く。なんとなく、抵抗してはいけない気がした。

「よし、寝るか」

そう言って小平太はあんずを子どもを抱くように持ち上げて並べられた布団へと戻す。

「あ、明日はどうするのですか?」
「明日のことは明日考えたらいい。今は寝ることを考えるのだ」

あんずは妙に落ち着いた気持ちになった。小平太にそう言われると、本当に明日もなんとでもなるような気がしたのだ。一日であんずにとって、小平太は信頼できる存在になっていた。

ついさっきまで明日に怯えている日々だったというのに。現在は明日さえもわからない状態なのに、安心しているのがおかしくて笑ってしまった。

「なにかおかしいか?」
「あのね、今日の朝までは家もご飯もあったのにいつも怖かったの。でもね、今はなーんにもないのにね、小平太さんがいるだけで、ほっとするわ」

そう言うと、小平太はぽかんとそれを聞いていたがくしゃりと愛嬌のある笑顔になった。そして勢い良く掛ふとんと広げるとあんずの身体を引き寄せた。

「私はそのためにいるのだからな」
「うん…小平太さん、ありがと」

先程まで恥ずかしいと思っていたのに、寄り添うととても心地よい。端から見れば二人は仲の良い兄妹のようだった。ふと辺りが暗くなる。小平太が灯を消したようだ。隣にいる小平太の暖かさを感じているうちに、あんずはまどろみにつつまれていくのだった。

01 主になった日 完

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