01



雲一つない青空は目覚めるようだ。照らす朝日を浴びて冷たい空気を思い切り吸い込む。

「お二人とももう出られるんですか?」

しんべヱは港前まで見送りに来ていた。薄く霧がかかる中、海の上ではうみねこが鳴いている。あんずと小平太は朝自宅を終えて朝から堺を出発するのだった。しんべヱは風呂敷を二つ小平太に手渡した。

「これ、お弁当です。」
「しんべヱさん、なにからなにまでありがとうございます」

あんずが感謝の気持ちを込めて頭を下げると、しんべヱはとんでもない、と手を振った。

「なにかあったらいつでもうちにきてくださいね。僕で良ければ、協力しますから」
「世話になった。この礼は必ずする」
「どこか行くあてはあるんです?」

しんべヱの言葉にあんずと小平太は顔を見合った。お互い何も考えていなかったのだ。しんべヱは懐から一枚の紙を取り出しあんずに渡した。あんずはそれを読み上げる。

「ナメコ城武闘大会参加者募集中…飛び入り参加大歓迎…日付は…今日?」
「うん、面白そうでしょ?」

小平太もその紙をのぞき込んだ。

「武闘大会か…あんず、どうだ?」
「え、えっと、見てみたい。ナメコ城にも行けるんでしょう?私、お城へ一度行ってみたかったの」
「ナメコ城の城主様はとってもいいお方だよぉ。飛び入り参加もできますし、七松先輩が参加したら、優勝できるんじゃないかな」
「あははは、戦うのは好きだからな!」
「福富さんって、ナメコ城の城主さまとお知り合いなんですか?」

あんずがそんなことを聞くとしんべヱは少し言いかけて慌てて笑顔を取り繕った。

「えっとそれは、その、噂だよ〜。ナメコ城のお殿様は優しいお人っていうのは結構有名だから」
「へぇ、そうなのね」

あんずが納得してると小平太が両手を伸ばし元気よく声をあげた。

「よぉし!あんず、ナメコ城へ行くぞ!早くしないと武闘大会が始まってしまうからな!」
「あ、じゃあぼくの牛車使ってきます?」
「私のほうが速い!」

そう言うと小平太はあんずを突然抱え、走り出した。あまりにいきなり抱きかかえられたあんずはきょとんとしていた。

「では、またな!!」
「お元気で〜!」

小平太の肩越しに遠のいていくしんべヱと海を見ながらあんずは手を振った。朝日に照らされた堺の波は宝石の粒のようにきらきらと光っていた。

【2】

たどり着いたナメコ城の城門には屈強そうな男たちが列を成していた。のぼりがたっており「ナメコ城武闘大会会場」という力強い文字がはためいている。小平太はあんずを背中に負ぶったままその列に並んだ。堺からここまであんずを抱えて走りっぱなしだった小平太はやはり息も切らさず元気そうだ。

「間に合ったな!」
「はい。さすが武闘大会。強そうな男性がたくさんです」
「ははは。楽しみだ!」

この大会はそれぞれ自分の長けた武術で勝負するらしい。木刀を帯刀した者もいれば、六尺棒を抱えた男もいる。一見なにも持ってない者は、体術だろうか。あんずはふと小平太をみた。

「小平太さん、戦うのは得意なんですよね?」
「あぁ。好きだな」
「何で戦うんですか?」
「ふふふ、内緒だ。まぁ、あんずはのんびり観戦しておいてくれ!」
「怪我、しないといいんですけど」

列が短くなり、城門の前に受付が見えた。小平太の順番がやってくると、係らしい門番は飛び入り参加と聞いて出身と名前を書くように小平太に言った。

「あんず、どこの出身だ?」
「え?河内…ですけど」
「じゃ、河内出身…と、名前は七松小平太だ!」

あんずが何か言う前に小平太はざかざかと受付用紙に記入して門番に渡してしまった。城内へ通されたあと、あんずは小平太に不安そうに聞いた。

「小平太さん、河内出身なんですか?」
「なははは!細かいことは気にするな」
「細かくないです!」

案内板に沿ってナメコの戦いの演習場所へと向かうと、陣幕のように囲われた簡易会場がみえてきた。小平太とあんずはその中に入ると説明用紙を渡された。小平太が来たことで参加者が集まったらしい。会場に集まった者たちはナメコ城の戦術師範らしき者が説明を始めた。あんずは用紙と合わせて説明を聞いている。

「…ということで、試合はこちらが決めた組み合わせ行ってもらう。試合場所は壱、弐、参、肆の四箇所あり、各所にて最終的に残ったものが準決勝を行う。その後決勝戦だ」

参加者は長蛇の列を作るほど多かったし、このような陣幕が四ヶ所あるようだ。ナメコ城の戦術師範は続けて説明した。

「当大会の優勝者と準優勝者には賞金を授与する。この武闘大会は、日頃の武芸者の腕をいかんなく発揮願うとともに、ナメコ領の武芸におけるさらなる繁栄ために開催された。皆の者はそれを心していただきたい」

その説明を聞いているあんずは終始にこにこしている小平太に耳打ちするように確認した。

「試合形式、わかりました?」
「形式などどうでも良い。とにかく私は勝てばいいのだ」
「大雑把です」

説明が終わり、看板に各箇所の試合相手が張り出される。それを確認した小平太は、走りながら指定された会場へと言ってしまった。あんずはそんな小平太に呆れながら掲示された壱の会場へと向かう。小平太はここで勝ち抜けば壱の準決勝候補になれる仕組みらしい。

(壱で勝ち抜いても弐、参、肆の誰かと戦わなきゃなのよね。それでやっと決勝候補になるのかぁ。…たくさん試合をしそうだなぁ)

あんずは冷静に形式の事を考えていたが小平太は試合の事で頭がいっぱいらしい。準備体操をしながらあんずに手を振った。

「あんず、お前のために勝つ!優勝したら褒めてくれ」
「私のため?」
「あぁ。私の腕を知ってもらうのは臣下として当然だ。退屈はさせんぞ」

自信満々な小平太。あんずはこの時は小平太の言っていることが理解できなかった。半刻前までは。

「─一本!勝負あり!勝者、河内の七松」

審判の声が壱の会場に響く。勝負は一本勝負が基本らしい。辺りに驚きの声が小さく漏れた。あんずも呆気にとられ、嬉しそうにあんずにブイサインを送る小平太を見ていた。

「小平太さん、強すぎる…」

ようやく一言、あんずは呟いた。小平太はこれで三試合目なのだが、その二つの勝負とも、あんずが息を五回ほどついている間に素手で終わらせてしまったのだ。試合を終えた小平太は駆け足であんずに駆け寄った。

「どうだ!?」
「小平太さん、とっても強いんですね…」
「あの程度の相手では勝負にならないな」

しかし、あんずは小平太の笑顔を見て、少し恐怖心を持ってしまった。強そうな大男をあっけなく倒してしまった小平太に、少し怖くなってしまったのだ。あっという間に壱の試合をすべて終わらせた小平太の背中姿を見て、あんずは恐怖してしまった。あの力が自分に及ぶことはない。むしろ守ってくれるはずなのに、小平太が次々と人をなぎ倒して行く力を見て怯え、心が傷んだ。

「あんず!準決勝の試合だが、私の相手になる弐の代表が棄権したらしい。残念だ」

そんなあんずの恐怖心など知らずに小平太は戦えない事を心底残念がっていた。しかし、黙って青ざめているあんずの様子を見て、小平太の眉がぴくりと動いた。

「…どうした?具合が悪いのか?」

小平太はあんずの肩を掴み顔をのぞき込んだ。あんずはその手が暖かく感じられて、おそるおそる小平太に言った。

「…小平太さん、とっても強いから…怖く、なっちゃった…」
「怖い?私が?」
「ごめんなさい。嫌いとかじゃないの。ただ、どんどん人が倒れていって…人をやっつける事ってすごい力、なんだね」
「……」

小平太はあんずを見つめたまま、沈黙していた。そのままあんずの肩から手を離し、立ち上がった。あんずが気まずそうにうつむいている。小平太の足音が遠のいていくのがわかった。あんずは小さく震えながら心の中で小平太に謝っていた。

【3】

試合の決勝が始まる。壱の小平太と、相手は肆の選手らしい。ナメコ城の城主も観戦に来ているようで張りつめた空気が漂っていた。…そんな中、轟く男の大声が聞こえた。

「うおおおっ!七松小平太っ!!!やはりお前が来ると思っていたぜ!!」

小平太は叫んだ男の顔を見てはっとする。それはかつての彼の学友であったのだ。

「…文次郎か?」

文次郎と呼ばれた男はギラギラした眼差しを小平太に向けたまま、大きな槍を構えた。文次郎も小平太と同じく、戦いが好きな男であった。

「あぁ。お前の名前を見て、もしやと思っていたのだ。…ここで手合わせできるなんて、嬉しいぜ」
「…そうか」

好戦的な文次郎とは裏腹に、どこか上の空な小平太を見て、文次郎は肩透かしを食らった気になった。文次郎が知っている小平太はこういう場面になると自分と同じく闘志を湧かす性格であったからだ。

「…お前、ホントにあの小平太か?」
「あぁ…私は七松小平太さ」
「おいおい、いつからそんな腑抜けになったのだ?決勝まで来たと聞いて俺はやる気を出してるというのに」
「腑抜けだと?」

文次郎の一言に反応をしたが、小平太はやはり黙ったままだった。そのまま小平太は何も言わず踵を返して離れていった。そんな彼に文次郎は混乱していた。

…その後決勝戦が始まった。小平太は文次郎と対峙したまま棒立ちになっている。試合が始まっても全く構えない小平太に、文次郎も槍を構えるのをやめて、困ったように小平太に言った。

「おい、隙だらけだ。そんな状態で俺が勝ったところで嬉しくともなんともない。小平太、俺と勝負しろ」
「勝負…」

小平太は文次郎から視線を外して観客側にいるあんずの姿を見た。あんずの顔色は悪いままで、うつむいていた。それを見ておもむろに小平太は片手を上げた。

「審判!この勝負、棄権する。私の負けでいい!」

小平太の棄権にその場にいた者たち全員が困惑の声を洩らした。ナメコ城の城主も首を傾げている。文次郎も豆鉄砲をくらった顔になっていた。あんずも、小平太をみつめ目をぱちくりさせている。

「小平太、貴様逃げるのか!?本当にお前は腑抜けになったのか!?」
「…そんなつもりはない…が、私はこれ以上勝負する気もない」

小平太の言葉が気に食わない文次郎は目を見開き槍を構えた。

「来い!小平太ぁ!俺はこんな勝利なぞ欲しくない!!棄権は認めん!」
「なんと言おうが私は戦わない」
「弱腰になったもんだ。この数年で性根が腐ったのか!?」

文次郎の挑発的な投げかけにも小平太はその姿勢を崩さなかった。

「好きなだけ言うがいいさ。私は戦わない!」

そう言って小平太は試合会場を出て行ってしまったのだ。文次郎は離れていく小平太の背中を見て悔しさで吠えるように叫んだ。

「小平太ぁ!!俺と勝負しろぉぉぉ!」

その声は虚しく響く。それを見ていたあんずはどうしたらいいのか迷っていたが、会場外へ出ていった小平太を追いかける為にその場を離れた。


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