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「敗けを認めないようなら覚悟はきまったな?」
すみれが瞳を閉じて屈み込む。平太はすみれの前に出ておもむろに衣を脱いだ。そして持っていた水鉄砲の水をすべてその衣にぬらす。その動きに馬進は首をかしげていた。
「なんだ、とち狂ったか」
その平太の姿をみて気づいたのは伏木蔵。念のために持っていたあるものをとっさに取りだし、機会をうかがう。善法寺も背後からもしもの時のために出るように構えていたが、平太の作戦をみてとっさに身を引いた。
平太はびしょ濡れになったその衣を前にひろげる。馬進はその姿をこどもの考えた防御だとみた。
「そんなもので防げるか・・・!」
馬進は馬に股がったまま火縄銃を平太めがけて撃つ。火薬の破裂音と共に目にも止まらぬ速さで銃弾が平太達めがけて飛んでくる。衣を貫くかと思いきや、その玉は濡れた衣に受け止められ、貫通することはなかった。何が起こったのかわからないのは馬身だ。
その隙を狙い平太は身を屈めて叫ぶ。
「伏木蔵!今だ!」
草むらから出てきたのはふたまわりほど大きな手裏剣を構えた伏木蔵。その手裏剣には中心部に火薬がくくられており、火縄が出ていた。すでにその手裏剣は引火されており、もうまもなく火薬に火がつこうという長さだ。伏木蔵は目一杯馬進の馬めがけて手裏剣をうつ。
「な、なんだ・・・」
馬進がひるんだのも一瞬。その馬の足元にやって来た手裏剣は大きく爆発した。驚いた馬が暴れだし、右往左往と激しく揺れる。さすがの馬進もおさえきれずに火縄銃を落としどさりと落馬した。そのまま走り去っていった馬をみて、馬進はうろたえる。
「ま、まて!くそ・・・どうなって」
「馬進さん・・・よそみはいけないよぉ」
馬進の背後には不気味に薄ら笑いを浮かべる平太と伏木蔵の姿。手には水鉄砲がしっかりと握られており、馬進の目と鼻の先に構えられてた。その暗く気味の悪い二人の雰囲気に飲まれた馬進は悲鳴をあげて屈んだまま情けなく後ずさる。
「わわわ、わかった・・・わたしの敗けだ・・・」
その言葉に三人は目を合わせた。乙彦達の軍の勝利がきまった瞬間であった。その言葉をきいて善法寺は戦終了ののろしを上げる。こうして城の命運をかけた戦ごっこは終わりを迎えたのであった。
戦ごっこも終わった後、彼らはO城の乙彦の部屋へと集まった。その手には大きな木箱。勝利した乙彦の要求とはもちろん必勝の団扇を取り返すことだった。利吉、伏木蔵、平太、すみれはその木箱から取り出された必勝の団扇を安心したようにみつめる。
「無事に戻ってきてよかったですね」
そしてその団扇の隣にあるもうひとつの木箱。そこには持ち主を転々としては必ず負けると言われていた必敗の団扇が並べられてあったのだ。乙彦はその二つを見比べて笑う。
「今回の君たちの働き、真に見事でした。敵軍を全滅、わたしの出る幕もなかったのは驚きです」
「いえ、我々はもとはといえば川村堂のお二人にお願いされて行ったことです」
利吉は乙彦の前で正座をして頭を下げる。川村堂と呼ばれてすみれは利吉を見る。乙彦はそれをきいてそうか、とうなずいた。伏木蔵はそういえば、と顔をあげて疑問を持つ。
「乙彦様、必敗の団扇を扇いだのに・・・僕たち勝てましたねぇ」
乙彦はそんな伏木蔵の言葉に笑顔に答える。
「そうだな。縁起物とは時としてそういうものだ。それか・・・そんな陰気も吹き飛ばす誰かのおかげかもしれんな」
「陰気を吹き飛ばす・・・」
その言葉にみんなの視線はすみれの方へと向いた。すみれは集まる視線に首をかしげる。自覚のないすみれの姿に乙彦は微笑んだままだ。平太は馬進に狙われた時のことを思い出す。彼女ははじめて銃で狙われたにも関わらず、守り事を無視しようとする馬進へと果敢に向かっていった。そしてできた隙を平太と伏木蔵で押さえたのだ。
「すみれちゃんのおかげで馬進をやっつけれたのかも」
「そうか。すみれ、君のおかげでB城の陰謀や団扇を取り返すことができた。そうだな・・・この必敗の団扇をわたしに買い取らせてくれないか?」
思わぬ申し出に驚くすみれ。どの国の殿様も返してきた曰く付きの品を買い取らせてほしいなど本当にいいのだろうか?すみれは嬉しい反面、申し訳ない気持ちにもなった。
「あ、あのう、その団扇のせいで落城寸前まで至ったことのある縁起の悪い品なんですよ?」
すみれの正直な意見にもわかっていると返す。彼はすべてを承知で買い取るといってくれているのだ。
「こどもだけの軍で相手方の軍を全滅させた。これ以上強い団扇などあろうか」
「うぅ・・・ありがとうございます」
すみれは頭を下げる。源四郎にもよい土産話ができたとすみれは内心喜んだ。
O城に団扇を献上し、必敗の軍配団扇も引き取ってもらったあと、一同は川村堂へともどる。そこでは部屋を片付けていた源四郎の姿があった。彼はみんなの無事な姿をみてほっとしたようだった。すみれはまっさきに源四郎のそばへと駆け寄る。そしてO城から言付けされた文を渡した。そこにはいままでに起こったことや必敗の軍配団扇を買い取ったということがかかれてあり、源四郎は驚いた様子だった。
「いやはや、やはり大事になったのですなぁ。みんなが無事でよかった。利吉くんもありがとうございます」
「いえ、おかげで情報収集もできましたから」
伏木蔵はきれいに片付けられた川村堂の店内をみてワクワクしている。彼が来たときはB城の使者に荒らされてしまっていたのでまともな店内をみるのはこれがはじめてであった。
「あれもこれも物騒な曰く付きなんですよねぇ!すごいスリル〜!」
楽しそうに店内を物色し始めた伏木蔵をみて、源四郎は奥へと戻ろうとする。
「ははは、今お茶をいれるから君たちはゆっくりしていきなさい」
「あ、師匠わたしも用意します」
源四郎の手伝いにいったすみれをみて、平太もおずおずとその後ろをついていく。
「・・・ぼくも手伝うよ」
「え?平太くんはお客様だよ。ゆっくりしていって」
すみれがそう答えると、平太は少しもじもじして両手を絡めて下を向いた。なにか言いたげな平太をみて、あっとすみれは彼にずっと伝えたかったことを思い出す。
「平太くんありがと」
「え?僕何かした?」
平太は思いあたりがないようで聞き返した。
「戦ごっこのとき!わたしを銃弾から守ってくれたじゃない」
「あ・・・あのとき」
あの時とは戦ごっこですみれが馬進に狙われた時のことだろう。すみれが撃たれるかもしれないと自分の身の心配や恐怖などは考えず無我夢中で彼女を守ろうと必死だった。とっさに以前授業できいた法を思いだし実践したのだった。しかし自分は彼女を守ろうとしただけで実際に敵を追い詰めたのは伏木蔵だ。
「すみれちゃんが撃たれたらって思ったからしたことで・・・実際は何もできてないよ」
「そんなことないよ!とってもかっこよかった」
すみれは平太の手をいつものようにぎゅっと握る。あたたかな温もりに平太も自然と気持ちが落ち着く。
すみれは身を呈して自分を守ろうとした彼に気持ちを込めて感謝した。
「平太くんは、強いんだね」
「そんなこと・・・」
ないよ、といいかけると奥からすみれを呼ぶ源四郎の声が聞こえた。彼女は返事をして源四郎のいる台所へと駆けていった。平太は残ったすみれの暖かい感触を忘れたくないと手をさする。昔から両親や周りのものに臆病者と言われ自身もそれを後ろめたく思っていた。はじめて人に強いと言われて平太は不思議な気持ちになる。強いなどとは一度たりとも思ったことはない。彼女はどんな意味で自分を強いなどといったのだろうか。
「平太、よかったねぇ」
「うひゃっー!」
突然後ろから伏木蔵に声をかけられてビビる平太。とっさに棚のある部屋の隅に縮こまる。そんな平太の姿をみてやれやれと伏木蔵は肩をすくめた。
「おどかさないでよ・・・」
「ごめんごめん・・・でも不安そうだね」
伏木蔵の鋭い観察に平太は感心しつつも胸のうちをあかす。
「僕、やっぱりみんなに助けられてばっかりで・・・好きな子も僕に気をつかってくれて・・・情けないかもって・・・」
「平太、自分のことそう思ってるの?」
平太は黙ってうなずいて考えてしまう。伏木蔵は同じ学年として平太を見てきたが平太は自分が思うほど弱いとは伏木蔵は思わない。むしろ正念場では勇気を出して立ち向かうことのできる人物だと思っている。伏木蔵はそれを伝えようとして、ふと考えた。自分がいうよりももっと言ってあげたら良いと思う人がいるではないか、と思い直した。
「僕はそう思わないけど・・・今度食満先輩に戦い方教わったら?」
「それもそれで怖い・・・」
想像だけで怖がってしまった平太に伏木蔵はあきれる。やはり彼がもっと勇ましくなるにはまだ時間がかかりそうだった。
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