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町の入り口が見えてきた街道を歩く時、隣にいた孫次郎がそうだ、とすみれに顔を向けた。
「平太、昔と比べて怖がらなくなったんだよ」
「そうなの?」
平太は知らない人と突然すれ違うだけでも驚きびくついて建物の影に隠れるほど怖がりだ。川村堂にきても物音がする度にすみれの側でキョロキョロすることがある。そんな極度の怖がりである平太が少し怖がらなくなったときいて意外だった。
「うん。夜のトイレ、一人で行けるようになったし。あっでも行く前に必ず僕を起こすんだよ?ちょっと迷惑だけどね・・・」
「そうなんだぁ。平太くんらしいわね」
孫次郎を起こそうとする平太を想像してくすりとすみれは笑った。その様子を見て孫次郎は前々からすみれに聞きたいと思っていたことを率直に聞いてみる。
「すみれちゃん、平太のこと好き?」
突然意外なことを聞かれたすみれは、ぽかんと口を開ける。孫次郎の質問の意味を考える。平太の事が好きか、そんなわかりきったことを何故聞いてくるのが不思議だった。
「嫌いなわけないでしょう?平太くんはいい人だもん。好きだよ?」
「ありゃ、平太も大変だね・・・」
にたり、と蒼白した顔でほくそ笑む孫次郎。彼の呟いた意味深な一言はすみれの耳には届かなかった。
代わりにすみれに伝えておかなければならない事を加えた。
「平太はね、君のために強くなりたいんだよ。昔ほど怖がらなくなったのも、すみれちゃんがいるからなんだよ・・・」
「私、平太くんは強いと思うけどなぁ・・・」
すみれのぼんやりした一言に孫次郎ははたと顔を上げた。意外な一言を聞いて目を二度、ぱちぱちまばたきさせていた。
「平太のことよくみてるんだ」
「うーん、そうかな。でもね、平太くんはね、私と一緒に来てくれたり、危ない人から守ってくれたりしてくれるの。もし平太くんが本当に自分を臆病だってなら、それってすごいことだと思うの」
すみれは常々思っていたことを孫次郎にはじめて言葉にして伝える。孫次郎はそんなすみれの言葉に心底嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、そうだね・・・」
そんな話をしている間にすみれと孫次郎は目的の町へとたどり着いていた。町人、商人、僧、武士・・・さまざまな人が行き交う賑やかな町だ。二人は通りの脇へと行き、平太がいったいどこへ行ったのかを考える。孫次郎は平太が長屋を出る前に聞いた言葉を思い出す。
「たしか、平太はぁ、この町のよろず屋に行くっていってたな。日用品を揃えに行くって・・・」
「じゃあそこにいってみる?」
二人は共に通りを歩いてよろず屋を探し辺りの店を眺める。人も多く店もたくさん立ち並ぶなかうっかりすると見落としてしまいそうだ。しばらく一所懸命町を回ったがなかなか見つけることができない。孫次郎は悩ましげに腕を組んだ。
「人に聞いて回った方がいいかも〜」
「そうだね。こんなに人が多くてお店も多いんじゃあ・・・地元の人・・・地元の人〜」
すみれはキョロキョロと人ごみを見る。この町に詳しそうな者はいないかと目を凝らしているとすみれは一瞬見えた人影に声をあげた。
「えっ?」
「どうかした?すみれちゃん?」
孫次郎がすみれの様子に気づいて彼女のそばによる。すみれは目を何度も瞬きして首をかしげた。すみれは自分の見たものが何かの見間違いではないかと半信半疑だ。それは見てはいけないもののようにも感じた。ちょっと具合の悪そうに眉を下げて孫次郎に店と店の間の狭い路地を指差した。
「い、いまね、平太くんがあの路地に行くのをみたの・・・」
「平太を見つけたの?」
その言葉にすみれは歯切れの悪い返事をする。あれは平太の姿にそっくりだった。しかし違う姿でもあったのだ。
「あのね、平太くんそっくりだったんだけどね・・・大人の人みたいだった」
「大人の平太?平太おっきくなっちゃったの?」
二人は顔を見合わせて首をかしげる。この一日で平太が急成長してしまうなどありえるのだろうか?すみれはさっきまで見ていた平太の横顔と後ろ姿を思い出す。一瞬見えた横顔と髪型、平太にそっくりだったのは間違いない。ふとすみれは川村堂で話した事を思い出した。川村堂で紅葉の姫鏡をみたあと平太は消え、先程平太ににてもにつかぬ何者をみる・・・。
「もしかして、ももも、紅葉の姫鏡で吸いとられた魂が・・・あの平太くんを!?」
真っ青になるすみれ。信じてはいないと言ったがこうも曰くと同じことが起こるとどうしても考えてしまう。しかし孫次郎は怯えた表情は全く見せず冷静に答えた。
「うーん。平太にそっくりな大人かあ。ちょっと追いかけてみようよ・・・。あの路地に言ったんだよねえ?」
そういって孫次郎はすみれをひっぱり路地へといく。すみれは恐怖を持ちながらも孫次郎の手を引く方へおとなしく歩く。この孫次郎は平太とは反対に、何が起こっても少々のことでは物怖じしない、度胸が座っていた少年だった。
日陰の続くせまい路地裏を潜って歩く。そこをぬけると民家が立ち並んでいる。どうやら通りを抜けて長屋に出たらしい。見失った平太らしき背中を探し、角を曲がったとき、孫次郎は誰かの体にぶつかる。
「わっ!」
「まごじろーくん大丈夫?」
「うん。ぶつかってすみません」
二人はぶつかってしまった相手に謝って頭を下げる。顔をみようと見上げて二人は言葉を失った。男は大人に見えたがその顔は平太そっくりなのだ。自分達が見ているものはなんだと二人は不気味さに後ずさる。平太そっくりの男は笑顔を向けた。
「なんだ、わたしの後をつけてきたのは孫次郎だったのか」
「・・・え?」
孫次郎は名前を呼ばれて驚く。一瞬本当に平太が大人になって話しかけてきたのかと思ったが、改めて考えると一人、思い当たる人物がいた。もしかしてと孫次郎はその名をあげる。
「鉢屋先輩?」
平太の顔をした男は平太の顔のままうなずく。すみれは事情がわからず孫次郎の後ろにまわって男を見ている。
「はは、当たり。そこのお嬢さん、そんなに怯えなくてもいいよ。俺は孫次郎の先輩だ」
「へ?まごじろーくんの先輩?学園の人?」
すみれが孫次郎をみると笑顔で彼は平太そっくりの男を紹介した。
「うん。この方は鉢屋三郎先輩。変姿の術・・・えっと、変装の名人なんだよ」
「はじめましてお嬢さん。以後お見知りおきを」
鉢屋は平太の顔のまま頭を下げる。すみれも慌てて頭を下げた。曰く付きの現象ではなく学園の先輩と知ってすみれは安堵する。
「はじめまして。川村堂と言う骨董屋の見習いをしてます。すみれです」
「鉢屋先輩、この町で平太の格好をしてなにされているんです?」
孫次郎の問いに鉢屋は腰に手を当てて答えた。
「孫次郎と一緒だよ。わたしも平太探しをしていたんだ。・・・この町に平太がいたのは間違いない。先生方もこの辺りを探しているんだ。なぜ平太の格好をしているかという問いについてはな」
真剣な顔になった鉢屋に二人は黙って話を聞く。きっと重要な理由があるのだと鉢屋をみつめている。そんな二人の様子に鉢屋は満足していた。
「平太の格好をすれば平太の気持ちがわかるんじゃないかと思ったんだ!」
「だー!それだけですかあ・・・」
案外単純な理由に二人はこける。鉢屋は軽く笑って孫次郎に顔を寄せた。
「どうやら平太はもうこの町にはいなさそうだ」
鉢屋の言葉に二人は顔を見合わせる。平太はもうこの町にはいない、なぜそれがわかったのだろうか。黙って鉢屋の話を聞いていると彼は今までの調査の話を二人に始めた。
「昨日の放課後以降に平太はよろず屋に寄っていたのは確かだ。私がこの顔で店に寄ったら見覚えがあると驚かれたからな。だが、買い物を終えた平太がこの町を出た姿をみたものはいないみたいなのだ」
孫次郎は鉢屋の言葉を考える。買い物を終えるまで平太は目撃されており、町を出た姿は誰も目撃されていないということは、平太はまだこの町にいるのではないか、と疑問に思った。すみれも同じ考えだった。
「なら、まだ平太くんはこの町にいるってことですか?」
「そう考えるのが自然だろう。・・・でもそうも考えられない事情がある」
厄介そうに鉢屋は首をもたげた。
「事情・・・ですか?」
孫次郎がその言葉に反応する。
「あぁ、さっき行ったよろず屋、私がこの顔で来たとき驚いていたと言っただろう?その驚きかたがちょっと大きかったんだ。これって変じゃないか?」
すみれは考える。昨日日用品を買いに行ったよろず屋。次の日大きい平太が顔を出して唐突に慌てる・・・それは平太の体が大きくなったように見えたからだろうか?他に何か理由があるとするならば、とすみれはぽつりと口に出した。
「昨日来た子供が大きくなってきたからでは?」
「それならわかる。だが私をしきりに兄か親族か、と聞いてきたんだ。まあ適当に誤魔化したが、そのあと妙に落ち着きがないようでね・・・」
「僕も気になりますねぇ」
そうだ、と孫次郎は考えてうつむかせていた顔をあげた。すみれは孫次郎へと向き直る。
「僕とすみれちゃんでそのよろず屋に偵察にいくのはどうかな?」
「え?いいけど・・・でも鉢屋さんがもう寄ったって・・・なんで?」
よろず屋になにか裏があるとにらんだ孫次郎。すみれはまだその意味が飲み込めないようで鉢屋をみた。孫次郎はなぜもう一度よろず屋に行くのかを説明する。
「平太に変装した鉢屋先輩に驚いた理由を探しにだよぉ。似た客に驚いただけならいいけど、もし他に、驚く理由があるなら・・・」
「平太くんに関係がある人が来て困ることがあるかも、ってこと?」
すみれの言葉に鉢屋はうなずいた。彼はぽんとすみれの頭に手をのせてなでた。
「そういうことさ。私は影で君たちを見張ってるよ」
「はい。でも僕たちよろず屋がどこかわかんなくてぇ・・・」
「軽く迷子だったんですよね・・・」
苦笑いする二人にそうか、と鉢屋は一歩前へ歩く。案内しよう、と彼はぐるりと身を翻し振り向いたその瞬間、顔が変わった。すみれは驚いて孫次郎のそばへよる。はじめて鉢屋の神業とも言える変姿の術を見て感動した。鉢屋は柔和そうな男性の顔に変わっていた。
「す、すごい・・・」
「はは、どーも。じゃあ私が案内するから、二人とも迷子にならないようにしようか」
孫次郎がすみれの手を繋ぐ。お互い迷子にならないようにだ。その流れですみれは何も考えず鉢屋の手もつかんで恐る恐る見上げた。彼はすみれの幼い仕草にときめいてしまい、そのまま手を繋ぎ三人は仲睦まじい兄弟のように町を歩くのだった。
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