3



しばらく歩くと「よろず」と暖簾がかかった小さな建物が見えてきた。小川を跨ぐ橋を通り、そこで三人は足を止めた。三人向き合って鉢屋は二人の背に合わせて屈む。

「あのよろず屋ですね?」
「あぁ、とりあえず普段通りにするんだ。相手のことは探らなくていい」

その言葉になぜ探らなくていいのか、という疑問が浮かぶ。鉢屋はなにか思い当たることがあるのだろうが、それはあえて二人には伝えないつもりだ。孫次郎はその意図がわかったので、素直にうなずいた。

「さっきも伝えたがわたしも影で見ている。安心していってらっしゃい」
「え、ええ?普通のよろず屋なんですよね?なんで見送っていく感じなんです?」
「まあまあ、きっと大丈夫だから・・・」

不穏な鉢屋の言葉に戸惑うすみれ。孫次郎をみたが彼もにたりと笑うだけだ。

「どんなよろず屋か・・・たのしみだねえすみれちゃん」
「やめてよ孫次郎くんがいうとなんか怖いよ〜!」

鉢屋のいうとおり、普通のよろず屋のはずだ。恐れることなどないのに、路地裏で話した意味深な会話といい、すみれはあのよろず屋になんとも言えぬ怪しさを感じていた。まして鉢屋にこんなふうに見送られるとますます怪しいではないか。
しかしそんな不安にも容赦なく孫次郎は手をひっぱりすみれをつれていく。鉢屋も笑顔でいってらっしゃいと手を振っていた。二人とも無情である。

こうしてよろず屋の前までいく。窓の戸の隙間をみるとそこには中年の男が、品の囲む中、勘定台のところに座っている。一見するとなんの変鉄もないようには見える。手をつないだまま、孫次郎とすみれは顔を見合わす。

「入ってみようか」
「うん・・・」

そのまま二人は暖簾をくぐる。すると店内には鉄のようない草のような、はたまた土のようなかおりがしていた。ところせましと並んだ品にすみれは目をむける。桶や包丁やわらじ、傘など日曜道具がたくさん無造作におかれている。二人のこどもがやってきたのをみて主人の男は笑顔を向けた。

「おや、ふたりでおつかいかい?」

声をかけられとっさにどうしようと迷ったすみれ。しかしそばにいた孫次郎がはい、と暗い笑みを見せた。

「僕たち・・・学校で使う墨を買いにきたんです・・・」
「そ、そうかい」

店主はその孫次郎の陰気なオーラに戸惑いながら、すみれの方へもむける。手を繋いでいる姿を微笑ましげにみていた。

「デートごっこかな?」
「ええっとぉ・・・えへへ」

そう声をかけられすみれはぎこちない笑みを浮かべて孫次郎をみた。店主は台から立ち上がり、墨のある場所へと移動する。とっさに孫次郎はその勘定台へとみやる。特に変わったものは無さそうだが、勘定台の奥にも部屋があるのをみつけた。

「あれ・・・なんだろう。すみれちゃん」

男が墨を出そうと背を向けている隙をみて孫次郎はすみれをつれて奥の部屋へと黙って入る。男はどこかへいってしまい、墨を探すのに夢中になっている。

部屋の奥を覗き込む。そこは店主の休憩室だった。あまりこまめに片付けない性格なのか、服はおきっぱなし、道具も出しっぱなしだ。すみれは店主のだらしなさに眉をよせつつ、違和感に気づいた。

「あれ、湯飲みが二つある」
「ほんとだ・・・誰かいたのかな」

孫次郎も不思議がった。もう少し見たいと片足をあげたとき、後ろから店主の声がした。

「あー、こらこら。そこは私の部屋だから、入っちゃだめだよ」
「ごめんさーい」

見つかった二人はおとなしく男の声に従って店内へと戻る。男は二つ分の墨を手にやってきた。二人はそれを受け取り孫次郎がまとめて銭を渡す。店主がそれを数える間に、孫次郎が何気なく質問した。

「ここのお店ってふたりでされてるんでしょうか?」
「いや、私一人でやってるよ」

すみれは疑問をつのらせる。ならばあの湯飲みはだれか客人へ出したものなのだろうか。孫次郎は何を考えたのだろうか、大胆にも店主にこんなことを言った。

「おじさん、僕たち学校から歩いてつかれちゃったんです。休んでいっちゃだめですかあ・・・」
「ええ?そうだな〜。その学校は遠いの?」
「は、はい。ここまでずっと歩きっぱなしだったので・・・」

すみれもとっさに答える。すると店主は二人をまじまじとみた。まるで品定めをするように観察して、さっと笑みを浮かべた。孫次郎はその一瞬を見逃さない。

「そうかそうか。ならせまい場所だが休んでいきなさい」
「わあい。おじさんありがとうございます・・・」

買い物を終えた二人はそのまま店主の休憩部屋へと行く。店主も間に入り、床においていた湯飲みをしまう。そして水を取りに井戸の方へといってしまった。店主がいなくなったのを確認して孫次郎はすみれに言う。

「すみれちゃん、あの湯飲みが二つあるってことはここに最近までだれかいたってことかもしれない。ここのおじさん、不精者っぽいし・・・出しっぱなしだったのかも」
「だれか・・・ってそれが平太くんってこと?」

もしあの店主が平太をここに呼んだとしてすみれは店主にどんな目的があったのだろうと疑問に思った。孫次郎はその目的にもある程度想像できるようだった。

「たぶん、あのおじさんがなんらかの目的で平太をどこかへやったのかもね・・・あのおじさん僕たちをじっと観察してたみたいだし・・・」
「じ、人身売買じゃないよねえ・・・?」

すみれの浮かんだ不安をきいて孫次郎はちらり、とすみれをみた。

「そうかもねえ・・・ふふふ」
「ままま、孫次郎くんっ怖くないの?」
「さあ、どうだろう?こういうのはなるようにしか、ならないから」

どこまでもマイペースな孫次郎。恐怖におわれながらも感心していると店主が帰ってきた。湯飲みをもって片手には茶菓子をもっていた。

「いやあ、水しかなくてすまん。まあゆっくりしていきなさい」
「はぁい」

湯飲みには水が注がれている。孫次郎はもらった煎餅を遠慮なく頬張っていた。すみれが孫次郎にぴとりと離れず黙って寄り添っていると店主から声をかけられた。

「ところで君たち、お城には行ったことがある?」
「お城?」

突然の話題にすみれは考える。すみれは城にも呼ばれる骨董屋の弟子だ。そして孫次郎は忍術学園の忍者のたまご。城との関係も身近である。視線を送ると孫次郎は微かにうなずいた。

「ぼくたち、お城なんて行ったことないです〜。野原で遊んだときに遠くから眺めるくらいだよね」
「う、うん」

孫次郎に合わせてすみれも答える。すると男は笑顔になった。

「私はね、お城のお殿様とお友だちなんだよ。そのお殿様はね、君たちのような子とお友だちになりたいと言っているんだ」
「おじさんお殿様とお友だちなんてすごいですねぇ・・・」
「うんそうだね〜」

二人は店主の言葉に様子を伺いながら子どもらしく振る舞う。

「きれいなものや美味しい物がたくさん食べられるよ!行きたい?」
「いきたいなあ。ねえすみれちゃん」「うん。きれいなものいっぱいみたい!」

二人が行きたい、というと店主は立ち上がった。そしてすみれの腕を掴む。驚いたすみれはとっさに孫次郎をみた。孫次郎はたちがり反対のすみれの手をつなぐ。

「おじさん、僕もつれていってよぉ」
「わ、わかったわかった。二人とも連れていくから。ほら、おじさんと出掛けよう」

店主はすみれだけをつれていこうとしていたらしい。孫次郎がすみれと離れないように店の外へ出た。ひょんな店主の誘いから城へ行くことになった二人。どこの城かとすみれが訪ねると店主が答える。

「千日城ってところだよ」
「千日城・・・」

すみれはその城の名に思い当たることがなかった。聞いたことがあったような、なかったような。孫次郎の顔を見るが彼も知らないようで黙っていた。店主は苦笑いして千日城について説明した。

「一応、私が幼い頃に築城された城でね。まあ、ナメコ城やタソガレドキ城とかと比べると小さい城だけど、したたかというか・・・まあそんなところさ。じゃあいこうか」

すみれと孫次郎は店主と共に千日城へ行くことになった。きっと同じような誘いで平太もその城に行った可能性が高い。店主はお殿様と友達になるため、などと言っているが恐らく別の目的があるはずだ。

城へと向かっていく三人の様子をみていた鉢屋はそのまま町人に化けて彼らの後をついていくことにした。この先に何が起こるのか、すみれにも孫次郎にもわからない。すみれは不安げな眼差しを孫次郎にむけるが、彼はやはりマイペースに笑みをむけるだけだった。


- 27 -

*前次#


ページ:



一覧へもどる