5
紅姫の住まう部屋の前にある庭についたとき、紅姫は立ち止まり咳をした。彼女は前屈みになり何度か大きな咳をする。平太は心配そうに紅姫の背中をさすった。孫次郎とすみれもその様子に紅姫をみる。息を整えて紅姫は心配するな、と笑った。
「紅姫様、風邪ですか?」
すみれがそう聞くと紅姫は少し気まずそうな顔をする。平太が小さく首を降った。紅姫の苦しく青ざめた表情をみて、ただの咳ではないことをすぐに察した。
「紅姫さま、昔っから病弱って言われてるらしいんだ・・・」
「え?じゃあお城の仲で安静にした方が・・・」
すみれがいいかけて紅姫は嫌だ、と口を尖らせそっぽむいた。そのあと、悲しそうにうつむく。
「ずっとお城の中にいたのでは何も変わらないではないか。わたしも友と遊びたい」
「でも・・・」
「私がいいと言っている!気にするな」
それより、と紅姫は顔をあげた。
「先程見せたいものがあると言っただろう。そこへ行ってみないか?よいものが見れるぞ」
「たしか紅姫さまの家臣さんが言ってた・・・」
「宝物殿?」
孫次郎の言葉に紅姫はいたずらっぽい笑みを見せて笑う。宝物と聞いて心が踊るのはすみれだ。しかし反対に平太は身を縮めて孫次郎の後ろへ隠れた。気弱そうに眉を下げて平太はでも、と言った。
「さっき家臣さんが行くなっていってたよ・・・もし見つかったら怒られちゃう」
「まったく平太は弱気だの。姫の私が許すのだ。気にするでない!」
「いってみようよ平太くん〜!お城の殿様が集める宝物が見れるなんて鑑定士見習いとして無視できないわ!」
平太はちらりとすみれの顔をみる。大人に怒られるのはとても嫌だ。しかし自分がいかないとなるとすみれとともにいるのは紅姫と・・・平太の友人である孫次郎だ。いきたくない、という言葉をグッと飲み込んで平太はうなずいた。
「わかったよ。ぼ、僕も行く」
「平太頑張って」
意味ありげに笑う孫次郎を横目に平太はすみれの隣にたつ。それをみた紅姫がなにをしておる、と平太をにらんだ。
「そなたの護衛の相手は私じゃ。平太」
「え、ええ・・・?」
紅姫の隣を指さされて平太は戸惑う。平太はすみれの側に居たかったがいつの間にか護衛役なんてものにされていた。それを見て孫次郎は再び薄ら笑いを浮かべる。
「わぁ、モテモテ・・・」
「ひぇっ、変なこと言わないでよぉ〜」
「さっ、はやく宝物殿に行こうよぉ〜!」
四人はこっそりと千日城の宝物殿に向かう。そこには兵士はおらず、難なく宝物殿に入ることができた。窓の戸は全て締め切っており、隙間から微かな光がもれており、湿気っぽく薄暗かった。
「わぁ、なんかいっぱいあるね」
すみれは辺りに置かれた小物や家具に目移りする。紅姫はさらに奥へと歩く。宝物殿はそれなりに広いようで、奥には別の部屋の扉ががあった。
「ここが千日城にある特別な「紅葉の間」である」
紅姫が古びた戸を開ける。きしんだ音を立てて紅葉の間が開く。気のせいか、ふわりと木々のなかにいるような森の香りがした。紅葉の間は他の部屋とはちがい、辺りにものはなく、中央の台座に大きな唐びつがひとつおかれてあるだけだった。紅姫はそっとその唐びつをあける。その中を三人は興味深げにのぞいた。
「櫛に、紅入れ、扇子、お歯黒の道具・・・どれも女性の道具だわ」
「綺麗な彫刻だね」
「でもこれ・・・」
孫次郎がその道具をひとつみる。その全ての小物には紅葉の彫刻や絵が施されていた。その紅葉には、すみれも孫次郎も見覚えがあった。
「川村堂にあった姫鏡ととても似てるね」
「うん。そっくり」
紅姫がひとつ、紅入れを手にする。すみれが目を凝らしてその紅葉をみた。確かに作風は川村堂にあるものと同じ。おそらく作者は同一人物で間違いないだろう。しかし、その彫刻も絵も黒く汚れているようですみれはその紅葉の形はしていれど紅葉らしくないその作風に、うっすらと気味悪さを感じていた。
三人がその紅葉を凝視していると、紅姫の顔色が悪くなる。
「・・・この小物は、かつての”紅姫様”が所持していたものだ」
「え?その人って・・・きみとは違うの?」
孫次郎が聞くと、紅姫はうなずいた。
「うむ。その”紅姫様”はこの千日城城主である父上の妹であった。私の叔母上にあたる方だ。私の名も、その叔母上にあやかった名前なのだ」
かつての紅姫の話をする彼女の面持ちは暗かった。平太が心配そうに紅姫を見つめる。
「叔母上は・・・私が生まれる前に他の城に嫁ぐ道の途中で他の兵士に闇討ちにあって亡くなった。この紅葉の間は、叔母上さまの哀悼の間でもある・・・」
「そうなんだ・・・。うちにあったやつと偶然作者が同じなのかしら?」
すみれはその紅葉に奇妙なものを感じた。本当にたまたま一致したのだろうか?川村堂にある紅葉の姫鏡を思い出す。その紅葉はここにあるものとは違い、赤々と輝いていた。
ぼんやりとすみれが考えていると紅姫がよろめく。平太がすぐにその肩を持ち支えた。
「だ、大丈夫?」
「・・・気にするな・・・」
「紅姫さま!ここにおられるのですか?」
どたどたと足音が近づく。どうしようと考えていると先程の家老が現れた。顔色の悪い紅姫をみて家老は慌てて紅姫をかついだ。
「紅姫さま、無茶をなさらないでください!」
そのまま走って二人は宝物殿を出ていく。その背中を三人も追いかけた。その間も、すみれはあの黒い紅葉の小物と店にある姫鏡を思い出していた。
場所は変わり紅姫の部屋。布団に敷かれて横たわる紅姫の表情は青白い。その姿を三人は浮かない表情で見ていた。彼女はいまにも消えそうなほど生気が薄れていた。落ち着いた紅姫の姿をみて家老は立ち上がる。
「紅葉の間をみたかな?」
「はい・・・」
「紅葉なのに、黒いと不思議に思わなかったかね」
三人は顔を見合わす。三人ともあの紅葉には不気味さを感じているようだった。家老はぽつりぽつりと紅葉の小物について語り始めた。
「あの紅葉の小物は、実は全部揃っていないのです。先の紅姫様が嫁いだ際の道中に敵に襲われた際、奪われてしまったのだ」
「ええ?そうなんですか?」
「うむ。紅姫様が亡くなって、この千日城の女は不思議と短命なのです。紅姫さまの妹君も、いまの紅姫さまが5歳の頃、原因不明の病で無くなりました」
その話を聞いて平太は身を縮めて孫次郎のそばによる。
「そして紅姫さまもこのように病弱で・・・私は先の紅姫様の怨念だと思っています。きっと他の城なぞに嫁ぎたくはなかったのでしょう。そのせいであの方もなくなってしまった・・・」
「紅姫ちゃん・・・」
すみれは紅姫の弱った姿をみる。姫と言う身分に生まれているが、病弱で外にも出れず、友人もいない自分と同じ女の子。きっと紅姫はもっと自由に外へでて、娘らしくしたいと憧れたこともあっただろう。すみれは姫ではないものの、鑑定士見習いになってからは友と呼べるものはいなかった。憧れる気持ちはお互い似た感覚を持っていたのだ。
「紅姫ちゃんのために何かしたいわ。このまま知らないふりして帰るなんて・・・嫌よ」
「すみれちゃん」
平太は真剣なすみれをみつめる。家老はやるせないため息をついた。
「しかたなのないことのなのです。これが紅姫さまの運命・・・」
ふさぎこむように静まる部屋の中、沈黙を破ったのはすみれ。
「・・・私、その紅姫様の奪われた小物に心当たりがあるんです」
その言葉に他の者はすみれへと視線を向けた。特に家老は驚いたように顔をあげた。
「なんと!それは本当か?」
「はい。また確信は出来ないんですけど・・・この作者と一致した作風のものが私の勤める骨董屋にあるのです」
「まさか、こんな偶然、あるのだろうか・・・」
家老が信じられないと驚いていると横たわっていた紅姫がもぞりと動く。そして青白い顔をむけて瞳を開けた。紅姫は先程の話を聞いていたようで、弱々しい声で答える。
「私・・・私もそれがみたい。叔母上さまの・・・大事な物なのだから」
「紅姫様はここでお休みになられてください。足軽にいかせます」
紅姫は家老の言葉に首を振った。ゆっくりと体を起こす。
「私が行きたい。一度で良いから城の外へ行ってみたいのだ」
「だめです・・・」
身体の弱い紅姫を歩かせるなど、家老にとってはとても心配な事だ。再び寝かしつけようとしてその手を抑える紅姫。いまにも泣きそうな顔で家老をみた。その顔つきは妙に大人びて見える。
「わかっているんだろう。お前も。私は時期に死ぬのだ。なら一度でいい。友達と・・・外を歩いてみたい」
「紅姫さま・・・」
悟ったような物言いに家老も思わず黙り込む。そして部屋の前に人の気配がした。それは昼食の知らせにやって来た若い平凡な足軽兵士の男だった。彼はいつもするように一声かけて戸を開ける。家老と目があっていつもと違う様子にその男は首をかしげた。
「ちょうどいい。お前、紅姫さまの護衛を頼む」
「・・・はい?」
いきなり姫の護衛を頼まれてしまった兵士はなにも事情が飲み込めないというように、何度もまばたきした。
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