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─数日後、いつもの朝。すみれは川村堂でいつものように引き取った品の手入れをしていた。作業が一段落すると、川村堂にある畑の手入れをしていた源四郎が一通の手紙を手に店に戻ってきた。
「これ、ここにくるときに大層身分の高そうな侍が君宛に渡してきたんだけど」
すみれに個人的な大人の、さらに身分の高い侍の知り合いなどいない。心当たりがないままその手紙を受け取り、開く。達筆な文字でかかれていた文に目を通す。
「・・・あ、師匠これ千日城からですよ!えーっと」
すみれはじっくりと目を通す。それは千日城の家老が書いた文だった。それは紅姫が元気に過ごしていることと、彼女の叔母の形見が戻ってきたことへの感謝の文が書かれていた。
「よかった!紅姫ちゃん元気なのね」
その手紙の最後には「礼を改めてしたいので城に来てほしいと書かれていた。その日付は・・・今日になっている。そのとき、川村堂の入り口から人が数名入ってきた。すみれと源四郎が振り振り返るとそこには平太、孫次郎と千日城の足軽の珠吉がいた。
「わ、みんなきたんだ!」
平太は再びすみれの顔が見れて心底嬉しそうに微笑んだ。千日城からやってきたであろう珠吉はめんどくさそうにあくびする。
「ふぁ〜、おはようございます。紅姫さまに呼ばれて迎えに行けと言われたんで来ました・・・」
「すみれちゃんおはよう〜・・・今日は日差しがつよくて、気分がのらないなあ」
孫次郎がぼやいている隣で平太が手紙を指差す。
「その手紙ね・・・僕たちのところにも届いたよ」
「そうだ・・・僕たち不思議なことがあったんだよ〜」
不気味に笑う孫次郎。そして二人は顔を見合わせて語り始める。
「平太と忍術学園に帰った夜に・・・おんなじ夢を見たんだ。真っ黒な葉が一瞬にしてきれいに紅葉する夢。ほんとにあったのか、夢だったのか、わかんないぐらい鮮明だったんだ〜」
すみれはその話を聞いて固まる。なぜなら同じ日に自分も二人と同じ夢を見たからだ。黙っていると平太がもしかして・・・と恐る恐る聞いてくる。
「すみれちゃんも・・・みたの・・・?」
「うん。ちょっと怖いね・・・」
黙ってしまう三人に源四郎が声をかける。
「まあまあ。うちと関わればそんな体験する人はいるからねえ。それよりも、千日城へいくんだろう?珠吉さん、すみませんが子供たちをおねがいしますね」
「はい。ではいきましょうか」
平太、孫次郎、すみれは珠吉の後へついていく。昼前に千日城へはたどり着くことができた。門を潜ると、本丸のある方向から駆けてくる子供の姿。誰だろうと見ているとだんだん近くなってくる。そして三人は驚いた。
「あれ、紅姫さまだよ!」
孫次郎が言う通り、その人物は紅姫だった。しかし紅姫は非常に病弱で歩くこともままらなかったというのに、三人は元気よく駆けてきた紅姫を信じられないとみる。紅姫は走ったお陰で軽く息が乱れていたが、平気そうだった。
「よくきたな!また会えて嬉しい!」
紅姫は勢いよくすみれに抱きつく。近くでみる紅姫の顔色はよく、以前見たような青白い顔とはちがい、健康的な肌色に赤い唇になっていた。
「紅姫さま・・・外にでて大丈夫?」
平太が聞くと紅姫は胸を張る。
「体調がすこぶる良くてな!いままで倒れていたのが嘘のように体質がかわったのだ」
紅姫の言ったことは嘘とは思えない。今だ信じられないと見ていると紅姫のあとを追いかけてきた家老が紅姫よりもしんどそうにやってくる。
「紅姫様!また勝手に外を出られて・・・おお、君たちは先日の。手紙をみて来てくれたのだな」
家老は三人をみて笑顔になる。改まったように家老は三人に頭を下げた。大人に頭を、しかも姫の側近に頭を下げられるなどいままでない三人は慌てた。
「わわっ、僕たちに頭なんてさげなくても・・・」
「いえ。そんなことはない。君たちのお陰で姫さまはお元気になられた」
三人は顔を見合わす。自分達はなにもしていないはずだが。かける言葉に迷っていると紅姫が言った。
「お前たちがくれたあの紅葉の鏡。あれは本当に叔母上さまのものだった。姫はあの晩夢の中で叔母上様に会ったのだ。念願だった千日城への帰還に、大層喜んでおられたらしい」
「その次の日から、姫さまの体質はがらりと変わられたのです。よく食べて動くようになって・・・私や城主や奥方も驚いた」
平太の手を紅姫はひく。みんなにも来てほしい場所があると、紅姫は歩き出す。すみれたちも紅姫につれられて歩くと、以前こっそりと忍び込んだ宝物殿にたどりついた。そのまま紅葉の間へと向かう。紅姫がそっと扉をあけると、以前と違ってお香の香りと、真ん中にある台の側に小さな明かりが灯されていた。
「この台に、先代の紅姫様の小物がある。みてみてください」
すみれがそっと櫛を手に取る。取っ手部分に紅葉の彫刻が施されてあったものだ。それをみて三人はすぐに気づいた。真っ黒だった紅葉だったその彫刻が美しく紅葉しているのだ。その鮮やかな色は三人とも見覚えがあった。それは紅姫と別れた晩の夢だ。
「これ・・・色が変わってる」
「うむ。我々も驚いた。誰かが着色したなど考えられず、さらに紅姫さまがご覧になった夢。これはきっと先代の紅姫様の無念が、癒やされたと考えた。その後はこうして毎日供養している」
櫛をもとに戻す。三人も台の前に立ち、静かに黙祷した。
そうしてみんなは宝物殿を出る。そして三人は紅姫の部屋に通された。互いに向かい、紅姫はそっと黒塗りの箱を差し出す。すみれに与える、と一言紅姫は言った。すみれがその箱を開けると、銀判が何個か入っていてすみれは驚く。銭よりもいくぶんも価値の高いものに一瞬ですみれは箱を閉じた。
「べべべ、紅姫ちゃんこれなに!?なんかすごいものがはいってたけど」
「それは姫鏡をいただいた礼である」
「高すぎるよ!!それにあの紅葉の姫鏡はもともと千日城のものなんだし」
返そうとするすみれ。突き返すも紅姫はその手を伸ばさなかった。
「そうかもしれんが、そなたのおかげで姫は生きておる。これぐらいの礼は、当たり前だ」
「すみれちゃん、いただいておきなよ〜。それはいわば千日城の気持ちなんだから。断ったら・・・恐ろしいことに・・・」
孫次郎の冗談めいた言葉に怯えたのはなぜか平太だった。くいくいとすみれの小袖の袖をひっぱった。
「も、もらっておいたほうがいいよぉ・・・すみれちゃんになにかあったらぼく・・・」
「うむ。断れば私や城の面目がたたぬ。もらってくれすみれ」
一国の姫に言われてすみれはようやくその箱を自分のところにもってくる。大金に驚いたものの、これで川村堂の復活に役立てる資金となると、ありがたい気持ちも大きかった。そして紅姫はにこりと笑う。
「それで、姫のもうひとつのお願いなのだが・・・」
視線は平太のもとへ。じっと見られた平太はびくつき隣にいた孫次郎の方へ寄る。紅姫は平太に指差し、告げた。
「平太、私の家来にならぬか」
紅姫の言葉に一同は驚く。平太は座ったまま後ずさった。ずっと黙っていた珠吉が紅姫に聞く。
「紅姫さま、またまたご冗談を。家来なら私がいるではないですか」
「冗談を言っているのはお前の方ではないか?」
紅姫はするどい眼差しで珠吉を見た。家臣もなぜか立ち上がり、身構える。空気が変わり、三人は紅姫と珠吉を交互に見た。珠吉はすこしの間黙っていたがふっと口角をあげた。
「なんだ。おわかりだったんですか」
「当たり前だ。千日城には『珠吉』なんていう足軽はおらん」
「・・・え?珠吉さんは千日城の兵士さんではないのですか?」
三人は珠吉をみる。珠吉は立ち上がり、着物に手をかけ脱ぐように身体を隠す。次の瞬間姿を表したときは三人の見覚えのある姿へと変化していた。
「鉢屋先輩!」
平太と孫次郎が声を揃えてその名を呼ぶ。すみれも見覚えがあった。それは孫次郎と平太を探すときに協力してくれた変装の男鉢屋三郎だった。三人の知り合いと知って、紅姫はほっとする。
「なんだ。そなたたちの知り合いか」
「いやあ、すみません。この子達の学校の先輩でして・・・」
「川村堂以外の宛先もわからぬ手紙がなぜ届いたのか不明であったが、おぬしのお陰か」
そう。千日城は川村堂以外の二人のことは知らなかったが、実習もかねてしばらく調査のために潜入していた鉢屋が珠吉としてすごし、学園の事務員へ手紙を渡したのだった。
「ほぇーさすが鉢屋先輩・・・」
「まあ、そんなことはどうでもいい。どうだ平太。その学校とやらをやめて私の家来にならぬか。まあ、家来と言わず、お前を婿としてとってもいいぞ!」
婿ときいて鉢屋と孫次郎は驚く。平太も突然一国の姫から求婚されてどうしたらいいか慌てていた。みんなが平太に注目するなか、彼は怯えながら必死に考えた。
自分は忍者になるために学校へ通っているし、姫様の婿にもなりたくない。そもそも自分には心に決めた大事な人がいる。ぐるぐると考えていると孫次郎と鉢屋がひやかした。
「平太モテモテ〜。結婚しちゃえば〜」
「すごいな。逆玉じゃないか」
その言葉に顔を赤くして、平太ははずかしさで思考が入りきらず思わず心の本音を叫んでしまった。
「ぼくはっ・・・ぼくはすみれちゃんが好きだからっごめんなさい!!!」
その心からの叫びは、紅姫の間はもちろん、千日城全体に響くような大きな声だった。みんなはその叫びにあっけにとられて平太を見たままポカンとしている。そして静かな部屋のなか、すみれはおずおずと平太に聞く。
「平太くん・・・そうだったの?」
自分が言ってしまったことを平太は徐々に自覚していく。顔が赤くなったと思えば真っ青になった。あわあわと震えだし、平太はその場を立った。
「・・・う・・・」
『う?』
平太の言葉をみんなは待っていた。すると彼はみんなに背中を向けて突然動きだし、鉢屋も驚く機敏さでその部屋を出ていった。
「うわああああああ!」
「平太ー!」
叫びながら出ていった平太を急いで追いかける孫次郎。残された紅姫達はやはりぽかんとしていた。
「なんじゃ。好きな者がおったのか。残念だ」
「紅姫さま。お戯れが過ぎますぞ」
家老と紅姫がそういっている間、鉢屋がすみれをみて肩をすくめた。残されたすみれは鉢屋にぽつりと聞いてみた。
「・・・私、どうしたらいいんだろ」
「やれやれ。収集がつかないな」
そのまま平太達は千日城を出ていってしまったらしい。紅姫は悪いことを言ったと謝ったが、どこか楽しそうだった。
すみれは平太の気持ちをはじめて知り、どうしようかと思ったが今はそっとしといてやれという鉢屋の言葉の通りにすることにした。
二人も千日城を出て川村堂へ戻る。銀判を持ち帰ったすみれに源四郎は大層驚いていた。しかし金に目が眩むこともなく、源四郎はにこやかに笑う。
「これは何かあったときのために私が預かっておくよ」
「え?川村堂の建て直し費用にしないのですか?」
すみれがそうたずねると源四郎は一瞬黙ったが、またいつものように穏やかに言った。
「うん。川村堂は今のままでいいんだ。すみれの気持ちは嬉しいけどね」
「そう、ですか・・・」
すみれは残念に思ったが、師匠の言うことには従った方がいいとそれ以上言わなかった。
そして、ふと走り去ってしまった平太のことを思い出す。
”ぼくはっ・・・ぼくはすみれちゃんが好きだから・・・”
平太が自分のことをそう思っていたなんて驚いた。すみれはいままで男の子に好きと言われたのは平太がはじめてだった。そう思うと胸のどこかがくすぐったくなる。しかしすみれは鑑定見習いとして修行中であり、好きだのどうだのというものを考えたことがなかった。
「・・・平太くん、また会いに来てくれるかな〜」
すみれは平太が来なくなるのではと気になった。
「すみれ、ちょっと手伝っておくれ〜」
源四郎に呼ばれてすみれは返事をする。とりあえず、今は川村堂のことを考えていよう。そうしていつも通り過ごしていくことにした。二人の間に変化が訪れたのは、その日から間もない2日後のことである。
紅葉の姫鏡 ―完―
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