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「おじさん…な、なにしてるんですか」
「坊や、はやくここから立ち去りなさい」

男の恰好はまるで話に聞く陰陽師のような格好をしていた。頬がすこしこけており、切れるようなまなざしに細長い顔。平太はここから去れという見慣れない男に、不信感を抱く。

「どうしてですか…」

平太は怪しい男に恐怖を感じていたが、ここはすみれと源四郎の住む店である。変なことをするようならすぐに源四郎に伝えねばならないと身をこわばらせた。男は平太を見るやいなや大きく目を見開いた。

「むむっ、ぼうやの後ろに鬼火が…!悪霊退散!」
「いたっ…なにするんですかあ」

男は突然片手を平太の額目がけてのばす。ぺしっとはたく音がして平太は額に違和感を感じた。なにか変なものをつけられたとその額に貼られたものをはがしそれを確認する。それは「悪霊退散」と書かれた札だった。

「なんですかこれ」
「坊やにはなにか暗いものが憑いている!」
「あのぉ、僕が暗いのはいつものことですから…」

その札を平太は男に返す。男は話を聞いていないようで片手を高くかざし平太に言った。

その瞳は曇っており、どこか正気を失ったようにもみえる男に平太は戸惑い一歩下がる。そして男がかざした手を見てぎょっとした。

「やはりここは悪霊の集まる骨董屋だ。なんと恐ろしい。この私が浄化せねば。悲劇を招く前に!」
「おじさん!それは…火!?」

男のかざした手には火の灯った松明であった。赤々と燃える火をみて、平太はもしやと血の気がひいていく。─もしかして、この男は、店に火を放とうとしている?

平太がそう考えた瞬間、男は平太に背を向け、川村堂の建物へと歩く。本当に川村堂に火を放つつもりらしい。このままでは川村堂が焼けてしまうと平太は考えるよりも先に身体が動いた。男の足へ向かい平太は飛び込む。

「やめろっ!火を消すんだ!」
「はなしなさい、ぼうや!」

しがみついた片足は平太を払うようにけられる。その衝動に平太は地面に投げられたが、すぐに立ち上がり再び飛び込む。

そして男の持つ松明へと飛び込んで平太は素手で火をつつむように握った。平太の手のひらはその火に焼かれ痛みが走る。

平太の行為に慌てた男はとっさに松明から手を離した。平太の手により火はほぼ消えており、平太はその消えかけた火の元を草履で潰す。足を離すと白い煙が立ち、火は完全に消えていた。平太は消えた火をみて一安心する。

「ぼ、坊や、なんてことを」

男は平太のしたことに驚きかすれた声でつぶやいた。

「それは、こちらの台詞ですっ…。ここは、すみれちゃんの帰るところなんだ。僕が守るって決めたんだ。焼けさせたりなんてしないよ」
「何を言って…」

男は平太の手を見て慌てる。ちいさな手が真っ赤にただれている。自分の手を見て平太は今頃痛くなってきて泣きそうになった。

その時すみれが走ってやってくる。手にはなぜか水の張った桶を持っている。立っている平太の姿を見て、蒼白した顔で平太の手をみていた。

「平太君っ!手が!」
「すみれちゃん…この人川村堂に火をつけようとしてたんだ」
「しってるよ…平太君が火に飛び込んだのをみてすぐに源四郎師匠に助けを呼びに行ったの。ほら、冷やして!」

平太は桶に手をつけるとするどい痛みが染みるようにやってくる。半泣きになりながら手を付けていると、男が立ちあがった。
どうやら逃げるつもりらしい。すみれが男をにらみつける。そのまま声をあげた。

「あっ、逃げるな放火魔ー!」
「う、うわ…」

あとずさるように男が立ち去ろうとしたが、背中になにかぶつかってしまう。とっさに振り返ると、長い警棒と刀をもった役人が二人男を囲んでいた。

しまったと男は走ろうとするが役人たちの手によってつかまってしまう。後から源四郎が走ってきてすみれと平太の側へと駆け寄った。

「あぁ、平太君!怪我をしてしまたんだね、なんてことだ」
「あの、この人たちは?」

平太は突然やってきた役人を見て首を傾げる。いつの間に役人を呼びに行ったのだろうか。
すみれは顔をあげて平太に事情を説明する。

「あのね、私が川村堂に帰った時、裏から声が聞こえたから、見てみたら平太君と変な男の人が取っ組み合ってたのをみたの。すぐに源四郎師匠に助けを呼びに行ったんだ」
「久しぶりに全力疾走したよ。運よく役人さんが通りかかってよかった。ここは近くに役人の屯所があるから」

事情を聞いて平太は納得した。どうやらすみれと源四郎にたすけられたのだ。男は役人に連れられて去っていく。もう一人の男が、平太たちの近くまでやってきて声をかけた。

「あの男は町で有名な放火魔であってな。特徴はへんな陰陽師のようないでたちをしているのだが、ことあるごとにある店や家をみて手紙を送り、「お祓いだ!」って言って火をつけおってな。なかなか捕まらなくて手を焼いてたが、やっと捕まった。感謝いたす」
「つかまって良かったです。おかげで店が焼けずにすみました」

役人はそのまま男を連行し去っていく。残った三人は息をついた。すみれが平太の手をみて胸を痛めた。彼の手は赤くなっておりただれ始めている。たしか川村堂にはやけどの軟膏もあったはずだと慌ててすみれは川村堂に戻る。二人きりになった源四郎は平太の頭をなでた。

「平太くん、怪我をさせてしまって本当にすまない・・・」
「い、いいんです。川村堂が焼けなくって、よかった」

平太はやけどした自分の両手をみる。たしかに火傷をおったものの深くはないようだった。そして平太の言葉は心からの本心であった。ここが焼けてしまってはすみれは本当に心が砕けてしまう。そんなことになるぐらいなら、自分になにがあっても川村堂を守るつもりだったのだ。

ただ自分は男としてはまだ小さく、気も弱い。力もないし、頼りない。ただこうして無様に相手の足止めをすることしかできないのが現実だと、平太は思った。

すぐにすみれが軟膏壺と包帯を持って平太のもとへ戻ってくる。パタパタと駆けて、平太の向かいに座りこみ手を出すように言った。平太が手を出すとすみれは火傷止めの軟膏壺を掬い、平太の手に塗っていく。

「平太くん、君は強いよ」

すみれは平太の焼けた手を見て、顔をあげてまっすぐ平太を見た。その言葉は自分の非力さに嘆く平太の内心を見透かしたようだった。

「え・・・?ぼくが?でも、なにもできないし。今だって相手にしがみつくことしか、できなくて情けないよ」
「そんなことないもん。川村堂の為に飛び込んでくれたんだもの。私にとって一番大切な所を守ってくれたのは平太くんだよ。情けなくなんかないよ・・・」

そういってすみれは包帯をとりだし手際よく巻いていく。平太の両手には包帯が巻かれている形になった。
平太とすみれの間に沈黙が流れる。お互い、言いたいことをどう言おうか悩んでいるみたいだった。源四郎が桶を持ち上げ、二人に言った。

「僕が後片付けをしておくよ。平太くんはすみれに会いに来たんだろう?すみれ、今日は手伝いはいいからあとは自由にしてくれ」
「は、はい・・・」

源四郎はそのまま川村堂の中へと戻っていく。残った二人は視線を交わし、ぎこちなくみじろいだ。切り出したのはすみれの方だった。

「あ、あの・・・私も平太くんに用事があって学園に行ったんだけど入れ違いになっちゃったみたいなの。孫次郎くんたちに聞いたら川村堂に言ったって聞いたから」
「え?じゃあ、わざわざ戻ってきてくれたの?」
「うん」

平太は自分を追いかけきたすみれに、胸が高鳴ったがなぜすみれが平太に会いに来たのか考えた。きっと、源四郎に聞いた話を伝えにきたのだろう。すみれは立ち上がり、平太に歩けるかと聞いてきた。

「歩ける?怪我してるから無理は言わないけど」
「うん。歩けるよ。大丈夫」
「じゃあ、ちょっとお散歩しよう?」

二人はそのまま川村堂を出てゆっくりと歩き始める。平太はなんとかすみれにしおりを渡す時期を考えていたが、すみれも言いにくいことにうまく話が切り出せず二人は無言で歩いていた。顔をあげるとそこには落城跡の城、瑠璃城が見えた。


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