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枝分かれした道をいぶ鬼の言う通りに右へしばらく進むと、森を抜ける。辺りを見渡すと少し開けた場所があり、目の前には絶壁の壁が立ちはだかっていた。それは見上げきれないほどの崖。自分はそんな崖の下にいたのだ。りんはなくなってしまった道に困惑した。
「道を間違えた?」
森へ戻ろうとするりん。踵を返すと抜けてきた森の方から見知った人物が現れた。それは刀を持ったふぶ鬼の姿。彼はりんをみて静かに刀を構えた。
「春鬼、来たな。もう一回勝負しよう。真剣勝負だ」
「・・・」
ふぶ鬼のその構えは朝見たような形だけの構えではなかった。すらりとした刀が月光に反射する。
ふぶ鬼はいつか春鬼に勝ちたいという気持ちがあった。これを逃してしまえば、もしかしたらもう勝負ができないかもしれないと彼は悟ったのだ。りんは仲間と真剣勝負を行うことに躊躇した。
「やめよう。危険だ」
「なんだよ。いっとくけど研修初日みたいなことにはならないぜ」
ふぶ鬼は決心しているのか退こうとしない。本気でりんと戦うまで前に進ませないつもりだと理解し、りんも構える。お互い真剣で戦う勝負だ。怪我を承知でりんはふぶ鬼と戦うことにした。
「ふぶ鬼、いくぞ!」
間合いを一気に詰めて上から打ち込む。それをふぶ鬼は下から受ける。そのまま横に回り胸に向かって剣先を向けた。りんも負けじとそれを払い除ける。ふぶ鬼の動きは初日のものとはまるで違っていたことに驚き、改めて取り持つように間合いをとる。
「・・・やるじゃないか」
「このままじゃ、しぶ鬼には会えないかもね」
ふぶ鬼の言葉にりんは気が引き締まる。自分はしぶ鬼にはしっかり話したいことがあるのだ。ここでうっかり怪我をしたとなればそれもできなくなってしまう。
次はふぶ鬼が再び小手めがけて剣先を向けるそれを受けて互いに刀をせめぎあう。りんは後ずさりその剣を振り払った。ふぶ鬼がそれに怯んだ瞬間、一瞬の隙をついてりんはふぶ鬼の眉間めがけて刀を突こうとして寸前で止めた。全く身動きがとれなくなったのはふぶ鬼。彼の敗北であった。
「・・・だぁー、負けちゃった・・・」
くそう、と彼は呟いてその場にへたりこむ。刀を手放し、かしゃりという音を起てた。
りんも緊張を解いて大きく息をついた。前回とは違い、格段に動きが鋭くなっていたふぶ鬼にもう少しで斬られる所であったとひやひやしていたのだ。
「この先の岩壁に小さな洞窟がある。そこを通れば忍術学園は目の前だ」
「・・・いいの?このまま行っても」
「だって僕の負けだもん。やるだけのことはやったよ。行けって。あいつが待ってるから」
その言葉にりんは頷く。刀を置き、彼女はその洞窟があるところまで走った。すぐにその穴は見つかった。
入ろうと屈んだ時、ふぶ鬼が言う。
「また勝負しよう!じゃぁな!」
振り向くとふぶ鬼が手を振っていた。りんはそれをしっかりと聞き入れ洞窟の中へ入っていった。
屈まないと通れないぐらいの狭い穴。恐る恐る壁に手をつきながらくぐっていく。真夜中なのでほぼなにも見えない。しかしそれでも進んでいくとびゅうと向こう側から夜風が吹き抜けてくるのがわかった。
「みえた・・・」
月光に照らされた地面がほのかに見える。小走りで抜けるとそこは林だった。りんは辺りを見回す。敵の気配はないようだ。ドクタケはここの道はみんな知らないらしい。一歩前に進むと林から忍者姿のしぶ鬼がやってきた。彼はいつものサングラスをはずして素顔のままで、にこりと笑顔を見せていた。
「や。待ってたぜ」
話したかった人物にようやく会えたりん。りんは彼の顔を見て、いままでずっと伝えたかった気持ちが込み上げてきてしまい、その場に崩れるように屈みこんで顔を上げなかった。
「わ、どうしたんだよ。顔をあげなって」
「しぶ鬼・・・私、ずっとしぶ鬼に、皆に謝りたかったんだ」
しぶ鬼がりんのそばまでやってきてそのまま彼女のとなりに座る。夜空を見上げると月が照らしていた。
しぶ鬼はりんの言葉になにを?と優しく訪ねた。
「私はドクタケになるためにここに来たんじゃない。任務だったんだ。ドクタケに戦をさせないようにすれば私は忍者として認められるんだって・・・そのためだけに来たんだ」
ぽたり、とりんの瞳から滴が零れ落ちる。それはひとつぶ、ひとつぶ、地面に落ちては染み込んでいった。
彼に懺悔をするように、りんは頭を下げたまま、語り続ける。
「皆のためじゃない。自分の任務のために・・・助けるふりをして皆を利用していた。研修が終われば姿を消すつもりだった。ごめん・・・しぶ鬼がいった通り、私は勝手な奴だ・・・」
そこまでいい終えて、うずくまっているとしぶ鬼がそっとりんの肩を寄せた。
「なにいってんの。そんな下手な嘘」
「ちがうっ、嘘じゃないんだ・・・」
「じゃあ泣かないでよ。そこまで割りきってるならなんで泣くんだよ」
そんなことは知っている。ドクタケ忍術教室の皆は嘘をついている自分にたいして心から接してくれる。里でずっと冷たく孤独だった自分に仲間だと、友達だと言ってくれていた。りんはそれが嬉しかったのだ。
「春鬼はみんなのこと、好きでいてくれたんだろ?わかるよそんなこと。皆は春鬼が思ってる以上に、お前のことわかってるんだぜ」
初めてりんは顔をあげる。月の光に照らされた優しいしぶ鬼の表情だけが、りんの目に映る。
「僕の方もさ、春鬼に言いたいことあってずっと待ってたんだ」
「・・・私に言いたいこと?」
ふう、彼はなぜか深く深呼吸した。そしてえいやとばかりに口をひらく。
「春鬼、僕の相棒になってくれ!」
顔を赤くして声をあげるしぶ鬼にりんはきょとんとする。相棒とはおそらく仲間のことだろう。改めて言うのはなぜだろうとりんは首をかしげる。
「相棒って・・・仲間のこと?」
そう訪ねると彼は違うと首を振る。
「僕のパートナーになってってこと!ほ、ほら、僕たち男同士だろ?好きとかとはちょっとちがうんじゃないかなって・・・」
「好き?」
りんの問いかけにますます彼は顔を赤らめる。そして自棄になってしぶ鬼は言い切った。
「そーだよ!春鬼のことすきなの!僕が春鬼の一番じゃなきゃいやなんだよっ!」
「えぇ!?そうだったの!?」
初めてしぶ鬼の気持ちをしったりんは驚く。今まで彼女は人に好かれたことなどはなく、ましてや自分が誰かに好かれるような人物ではないと思っていたのでしぶ鬼の言葉にとても驚いてしまった。
「な、なんで今そんなこと言うかなぁ・・・」
「僕だって朝しったんだから!お前と喧嘩して・・・もやもやして。だってこのまま別れたら僕たち友達のままで終わっちゃうだろ。そんなのやだから・・・だから」
春鬼、としぶ鬼は肩をそのまま自分に引き寄せて腕を首に回す。しぶ鬼のぬくもりが伝わってりんの気持ちは穏やかになっていった。はじめて人に抱き締められたりん。不思議と嫌な気持ちはなくて、むしろずっとこのままだったらいいのに、と名残惜しさを感じるほどだった。きっと自分もしぶ鬼が好きなのだろう。
「また会おう。僕、絶対君を探しに行くから。今のドクタケを変えるぐらい強くなって・・・春鬼とまた一緒に暮らすんだ」
「いいの?私なんかで」
「そうじゃなきゃ、意味がないだろ」
それをきいてまた涙が溢れてくる。悲しさや後悔からくる涙ではなく、自分を心から受け入れてくれるしぶ鬼の言葉に、自然と気持ちが高まり涙が出てきたのだ。
彼はそっとりんから離れていつものように笑う。
「言ったよね。ぼくが大名なら春鬼は軍師だって」
「うん・・・」
「春鬼はこのままこの林をまっすぐ出て。そこには魔界之小路先生が待ってる。あとは先生が君を安全なところに送るはずだから」
その言葉を聞いてりんは姿勢を正す。このまま自分が逃げてしまったとわかればきっとしぶ鬼達はりんを逃がしてしまったと思われるかもしれない。自分のせいで疑いをかけられるのは嫌だと思ったりんは懐から小刀を取り出した。
「?」
それをりんは髷にあてて思いきり切り裂く。長い髪がざくりと切れた。それを見てしぶ鬼は目を見開く。
「春鬼!」
「たった今、春鬼は死んだってことにしよう」
残ったのは彼女が切った長い髪。それを自分の紐で小さく束ね、しぶ鬼に渡した。
「私は、りん。しぶ鬼、これを八方斎に渡して」
「・・・わかった」
りんは立ち上がる。しぶ鬼も同じく立ち上がり、春鬼の髪を懐に入れた。りんはしぶ鬼の顔を見て、初めて素顔で笑う。
「待ってるから」
「うん。必ず迎えにいく」
その言葉を最後にりんは林の奥へと駆けていく。その姿を見えなくなるまでしぶ鬼は見つめていた。彼女が無事に里に帰れるよう、しぶ鬼はずっと変わらない白い月を見上げて祈った。
「ん?私はって・・・あれ?・・・女の子・・・?」
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